第7話

 左腕で女の子を支えて座らせ、小さいスプーンを使って、唇からちょっとずつ水を流し込む。すると意識が無いままでも、女の子は飲んでくれた。

 水とは言ったが、これは魔法で出した水に塩と蜂蜜を混ぜたナンチャッテ経口補水液だ。これもタグに頼って配分を見つけ出した。出てくるタイミングが早かったり遅かったりして困るものの、何にせよこのタグは本当に便利だ。

 ただ、意識が無いから仕方ないとは言え、こんなペースで飲ませて、間に合うだろうか。一刻も早く医者の居るところに移動させるのがベストなんだろうけど、此処、森のど真ん中なんだよね。背負っていくのは何日掛かるか分からないので却下、飛んでいくのもこの子の負担になりそう。他に手段が全く無いわけではないけど、うーん、魔法についてはまだ実験不足で不安がある。どうしようかなぁ。

 そんなことを考えながらちょっと焦ったせいで、女の子の口に運ぼうとした水を一滴、頬に落としてしまった。するとそれに反応したみたいに、女の子が微かに身じろぐ。

「お?」

 スプーンを離し、動きを見守る。まだ目を開けないけど、深呼吸をしたのか、胸が上下に動いた。それから私の腕の中で再び身じろいで、短い息を吐く。目蓋が震えたのは、その後。それが小さな瞬きの繰り返しだと分かったのは、目蓋の向こうの翡翠色の瞳が見えた時。何度も隠れては見えるその色が美しくて、私は何処かわくわくした気持ちで見守っていた。

「――、あ……」

「起きた? 意識ハッキリしてる?」

 半ば瞳の色に見蕩れながら声を掛ける。日本では見慣れない色の瞳。それでも、外国人の女性と会えば見ることはあった。ただこんなに綺麗な顔した子の瞳を、こんなに近くで見ることは流石に覚えが無い。眼福だわー。

 って浸りたいんだけど、やっぱりまだ息が浅いな。またすぐ眠ってしまう気がして、軽く首を傾ける。女の子は私をぼんやり見上げたままで、一度ゆっくりと瞬きをした。

「あな、たは」

「私は通りすがりの旅人だよ。お水飲める?」

「水……」

 スプーンじゃなくてお椀に注いだ水を差し出したら、女の子が震える手でそれを受け取ってくれた。

「ありがとう、ございます。川の音、を聞いて、探して……」

「ああ、確かに音が聞こえるね。そっか、その前に倒れちゃったんだね」

 喉乾いたって思いながら、一生懸命、音を頼りに向かってたんだなぁ。そりゃ辛かっただろうな。私の手でもお椀を支えながら、ゆっくり水を飲ませてあげた。女の子の目からじわりと涙が滲んで、零れて行く。ねえ待って気持ちは分かるけど今の君は脱水状態なので水分を出さないで。慌てて背中を撫でて慰めたら、もっと勢いよく涙が零れて行く。わー、どうしよ。こうなったらもう涙よりたくさん飲んでくれ。一刻も早く。

 お椀一杯分を飲み干した後、女の子がちょっと落ち着いたのを見計らい、もう少し広い場所に移動した。ちょっとの刺激でこんなにハッキリ意識が戻るなら思ったよりも重症じゃないみたいだ。とは言え立ち上がれるほどの体力は無さそうなので、私が背負って運んだんだけど。この子かなり軽いし、私より少し背が低いので短い距離くらいは楽勝。

「よし! じゃあ此処で横になっててね、私は何か食べ物を」

「あの……これは」

 ゆっくり休めるようにと横たわらせたのだけど、女の子が何だかとても困惑した顔でおろおろと周りを見ていた。いやいや寝て? 君さっきまで倒れてたんだから。

「君が寝てるコレのこと? ベッドだよ」

「いえ、そうでは、なくて」

「あ、テントのこと?」

「テント……?」

 よくある三角形のテントじゃないけど、テントだ。シングルベッド入れても狭くないくらい広さがあるし、何なら詰めればベッドも二つ入るし、天井も二メートル近くあるけど、テントだ。

「ベッドが入るほど立派なテントなんて、初めて、見ました」

「あー、そうだね、手に入らなかったから自作したんだ。でも私、地面で寝たくなかったの」

 元の世界でも、キャンプへ行った時などに寝袋を使って寝た経験はあるけど、そんなこと何度も繰り返したくないし、正直疲れが取れない。なので野宿も絶対にベッドで寝ると決め、余裕をもって入れられる大きさのテントを自作した。

「それでその、これ……『収納空間』に?」

「うん」

 女の子が恐る恐る尋ねている『収納空間』とは生活魔法の一つ。攻撃魔法でも回復魔法でもなく、生活を便利にするような魔法。私には聞き馴染みがないけど、この世界では当たり前にある分類みたい。

 そして『収納空間』は、個人個人が持つ魔力空間に物体を収納できる魔法。魔法の鞄みたいなものかな。ただ、小さい容量なら一般人も扱える当たり前の魔法であるものの、テントとかベッドが入ってることは多分、あんまりないと思う。この魔法も空間の規模は魔力に比例するみたいなので、今のところ、容量の底は私にも見えていない。旅に使えそうなもの、既に色々入ってます。

「まあまあ、今は気にしないで。ちょっと魔力が高い旅人なんだ」

 この世界を滅ぼせるくらいにね! とは言わないけれど。

 女の子は困惑しながらも、自らの体調が良くないことを思い出したのか、何度か瞬きを繰り返した後でようやく横になってくれた。私はそれを見守ってから、一度テントの外に出る。この子に食べさせるものを用意しなければならないので。水分についてはさっき飲ませたナンチャッテ経口補水液を傍に置いておいたし、好きに飲んでもらうとして、食べ物はとりあえずミルクリゾットにしますかね。

 早速、私は『収納空間』から鍋やらお玉やら米やらと、必要なものを取り出した。火? そんなもん無尽蔵な魔力で何とかしますって。あ、私もお腹減ってきたな~。一緒にハムを焼こう。

 そうしてリゾットを作る横でハムを焼いていたら、匂いに釣られたのかテントから女の子が顔を出していた。あらやだ可愛い。食べられるならハムも一緒に食べようね。小さく切ってあげるからね。

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