第4話:自分にできること

「……さすがに見逃すってのはできないよな」


 追い出されたとはいえ落ちぶれ貴族の端くれとして育てられたこともあり、正義感は強くないが、ゼロではない。そんな少女のさびしい姿を見て無視することはできない。


「どうかした?」


 優しく、見た目も不潔さもなく、怪しさもなく声をかけてみたつもりだが、知らない人に声を掛けられるのはどの世界でも警戒はされるものだ。


 俺を見てくる視線は、さっきのオヤジとのやり取りでの涙目に、怪しむ感じが加わった。体はビクっとさせたあと震えている。


 服装を見るとあまり良いものとは言えない、質素ではなく薄汚れた感じである。


 これをこのまま良心だったとしても、事情を聴いたり連れまわすと、俺が誘拐しているようにも見られるかもしれない。


 お節介と分かりつつも、買ったばかりのローブを羽織らせ、怪しまれつつもなんとか広場の隅まで連れてきて、話を聞かせてもらえた。


 先ほどは薬草の卸売り業者のオヤジだったようだ。


 納品した金額を聞くと、かなり安く買いたたかれているらしい。1日かけて採ってきた薬草が5ベル。パンを一つ買えるかどうかの金額だ。


 さっき俺が飲んだ回復系ドリンクは30ベルだったが、このこの薬草を使う傷を癒す回復系ドリンクは100ベル以上だった。調剤や加工などの労働力をザックリ単純に計算しても、100ベルの内、原価は30ベル程度だろう。原価的にはあまりおかしくはない。が、売価の100ベルがそもそも安すぎるのだ。消費者は喜ぶが、そのため別のところが圧迫されるのは良くない。


 製造直売なのでもう少し製造原価が上がってても問題ないような気がする。となると、こういう少女が搾取されているという状況なのかもしれない。


「さっきのオヤジに話してこようか?」と伝えても少女は首を横に振る。売り先がそこしかなく、怒らせて取引できなくなると困るという。袖をつかんで懇願されると無理はできない。


「ん? ちょっと熱っぽい?」


 頑張って話をしてくれているからではなく、息が切れている少女のおでこに触れると熱っぽかった。


 少女を抱きかかえ、家の場所を聞き連れて帰った。


 町から少し離れた村にあるみすぼらしい家に、幼い妹との二人暮らしだった。


 心配する幼い妹を落ち着かせて、少女を寝かしつけた。


 ベッドもボロボロで掛布団も薄く、俺の冬用の防寒着を上から重ねて、体を温めさせた。持ってきた10万ベルがこれ以上減っていくようだと売らねばと思ってたが、売らなくて良かった。


 幼い妹に聞くと、元々は両親が薬草を採りに行ってたが、亡くなったので少女が引き継いだとのこと。


 摘んだ薬草をすべて持っていくこともできず、親がいたころと比べ半分しか納品できなくなっていた。さらに交渉ができずナメられて、持って行ったものも安く買いたたかれ、生活が困窮していっていた。


 なんとかならないか考えてみた。「俺が、単純に取引価格を上げてほしいと伝えても、翌日からまた安くされるだろうなぁ」と良いアイデアは出なかった。


 自分たちのために悩んでくれているのを感じていたのか、幼い妹は俺にお茶を差し出してくれた。


「疲れてるように見えちゃったよね……ありがとう」


 こんな子に心配させてしまう姿をしてたのが申し訳なかった。淹れてくれたお茶を飲もうとしたら、香りが広がった。


「青りんご……? いや、こんなところに無いだろうし……」


 気になった俺は、何のお茶か聞いてみた。


「ごめんなさい……あまりもので入れてるお茶なので」


 普段自分たちが飲んでいるお茶が、商品のあまりものから出したものだったので、叱られてると感じてしまったようだ。


 叱っているのではない、興味だよ、と優しく伝えて見せてもらったところ、それは、リラックス作用のあるカモミールだった。


 さっきの薬局みたいな売店を思い出したが、ハーブティーは売っていなかった。この幼い妹もあまりものを申し訳ないように出すってことは、この世界か町には無いものなのかもしれない。


 少女に食べさせるものを買いに出るついでに、ハーブティーを水筒に入れ、町に戻った。


 薬局みたいな売店はまだ営業していた。夕方で人の足はパブに向かうこともあり、こちらには客もおらず閉店作業を進めていた。


「お、さっきの旅人だな? どうした? 回復しなかったとかクレームは受け付けねぇよ」


 また笑えない冗談を言うオヤジ。


「クレームじゃないよ。十分効いてるから。それよりも……」


 と俺は水筒のカモミールティーを飲ませた。すると、「なんだこれは?」と食いついてきた。やはりまだここにはハーブティーは無いようだ。


「これは売れるか?」


「う~ん、香りは良いんだけど、美味しいんだけど……」


 反応はよさそうなのだが、煮え切らない。


「だけど、なんなの?」


「いや、ウチは見ての通り薬の卸がやってる店だから。お茶ってだけではウリにならないんだよね」


 何か効能が欲しいということなのか。それならハーブティーはある。


「これはリラックス効果があるから、薬みたいなもんだよ」


「リラックス効果が……なら、大丈夫か」


 店主は奥にいる卸売りのオーナーである妻を呼び、飲ませてみた。


 匂いが独特で怪しんだが、夫である店主が「おいしい」と勧めるので香りを嗅ぎびっくりして、一口含んだ。


「……これ、薬草かい?」


 さすが薬草を扱う元締めである。すぐに検討は付いたようだ。とはいえ、バレても特に困らないので、素直に「そうだ」と答えた。


「ふ~ん……良いねこれは」


 香りも良いが、女性が好みそうだというのはさすが商売人の直感か。さらにリラックス効果があることを伝えると、さらに気に入ったようだ。


「で、旅人のあんたがこれをどうしたいって言うんだ?」


 相手が欲しがったことで、やっと交渉の場に立てたことが自覚できた。


 そこで薬草を納品している倒れた少女の話をした。オーナーはその少女の両親を古くから知っていて、まだ規模が小さかった商店のために薬草を色々持ってきてもらって教えてもらった恩義があった。


 それゆえに、少女に対してそのような態度をとっていた従業員がいたことに憤慨し恥じた。その従業員を呼び出し事情を聞き、追及すると、利益の一部を自らの懐に収めていたことが分かった。即日その従業員は職を失い警備兵に突き出した。


 すぐにでも詫びに上がりたいと言われたが、寝込んでいるので明日にしてもらうことにした。


 規模が大きくなり見えてないこともあるが、良いものなのに安く売る不要性を伝えた。俺が飲んだドリンクもしっかりと回復できたし、他の町に比べても品は良いと思った。安くすれば客は増えるし喜ぶが、生産者が先細りしていき、結果的にその商品がなくなってしまう可能性がある。商売はいろいろなところが持ちつ持たれつの関係だと伝えたい。また俺は買い取りも最低価格を決めたり、生産者を守ることについて、フェアトレードみたいな説明をした。


 オーナーはその点も反省して改善をすることを約束した。


 翌日、少女は熱も下がり、俺が買ってきた食事もペロっと完食した。若さって羨ましい。


 朝ごはんのあと、落ち着いたあたりに薬卸のオーナーがやってきて、いままでのことを詫びた。少女も主張をしない性格なのか、「これからも末永く取引してもらえたらそれで良いです」と控えめだった。


 俺からすると、もう少しイニシアティブを活かせばいいのにと思って、少しだけしゃしゃり出てみた。


「昨日の薬草のお茶だけど、この子に製造を託すってのはどうかな?」


 加工したものを納品することで、収入が増えるのは良くあること。さらに、運びきれなかったくらいなので薬草が乾燥して軽くなり価値が上がるのは一石二鳥だと思った。


「それ、良いね!」


 オーナーも昨日のお茶が気に入ってたみたいで、「あんた良いこと言うね」と俺の背中をバンバン叩いて喜んだ。


 少女は自分が寝込んでる間に何があったか知って焦るが、オーナーと俺(中身はオジサン)が勝手に話を進めていき、作ったハーブティーの売買契約の話になった。


「私、売れるようなものが作れるかどうかわからないです……」


 そもそも余ってた薬草を乾燥させただけのものだったので、商品の価値があるとは信じられなかった。


 それに対して、俺は知っている知識で体に良いものなので、商品になりうることを伝えた。さらに良くするには花だけ乾燥させることを進めると、幼い妹も「それなら私も手伝えるよ!」ということなので、話は成立した。


 価格の話になったときに、もう一つ提案をした。


「このお茶だけど、たぶん子供でも飲めると思うよ」


 この世界のカモミールティーがどうなのか調べないとわからないけど、おそらく大丈夫の可能性が高い。そのことも伝えた。


「それ、かなり良いね。これ、ヒットの予感がするわね」


 と予定していた価格の倍を提示してきた。もちろんそれは喜ばしいことだが、少女がプレッシャーを感じ始めていたので、少女のできる範囲でという条件をつけた。


 この世界に契約書があるのは前に訪れた町で知っていたので、双方納得の形で条件をまとめた。




 さらに翌日まで、少女が完全に回復する様子を見て、俺は町を旅立った。たぶん、この後困ることはないと思う。

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