第5話 いざ買い物
「おい、起きろ蛍。満代が呼んでる」
「んん〜あとちょっと……ん?」
「お前の部屋は本ばかりだな」
「かっ、勝手に入らないでください!」
明朝、枕元で蛍を見下ろしていた鳶丸は思わぬ大声に気圧されて廊下へと出て行く。
咄嗟に布団に包まった蛍はと言えば、昨日知り合ったばかりの青年(しかもとても見た目が良い)にこんな無防備な寝姿を見られてしまった羞恥心により、顔から火が出るのではないかというほどに真っ赤に染まっていた。
「メシの時間だってよ」
「わ、わかりましたから!自分で行きます!」
昨日見つけた祖父の箪笥に残っていた新品のアロハシャツを着こなしていたことに驚愕しながら、蛍はノロノロと着替えを済ませる。
まさかあのド派手なシャツがあんなにお洒落に着こなせるなんて、やっぱり顔で決まるんだなぁなどと考えながらノロノロと朝の支度を整えて居間に着いた頃には、鳶丸は味噌汁を啜っていた。
「おはようおばあちゃん、……あと、鳶丸さん」
「おー」
「おはよう蛍ちゃん、昨日は大変だったけどよく眠れたかしら」
「うん、ぐっすりだったよ」
「俺が何度声掛けても全然起きなかったしね」
「もっ、もう二度と無断で入らないでください!」
「あらあらすっかり仲良しねぇ」
気付けば祖母のことを満代と呼んで親しげにしている鳶丸に、距離の詰め方が羨ましいなと思う。また彼は室内だというのに、見れば長い三つ編みをキッチリと結って、指輪にネックレス、ピアスといつでも外に出られる格好だ。
黙々と食事を進めながら、蛍は軽く梳かしただけの髪にいつものTシャツと短パンという自分の姿が急に恥ずかしいような気がしてきた。
彼の方が早く起きて、祖母の手伝いもして、身支度もバッチリだったのだから劣等感を抱くのも仕方のないというもの。
明日は自分の方が早く起きてみせる、そう意気込むと最後のご飯をごくりと飲み込んだ。
「ああ、そうだ蛍」
「……なんですか」
「この世界にも髪整える油ってある?」
「え、ワックスのことかな。えっと、うちにはないけど買いに行けば売ってます」
「あそう、じゃあこの後買いに行こ」
「私も連れて行こうとしてます……?」
「当たり前でしょ、知らない世界だよここ」
助けを求めてちらりと祖母を見れば、「あら、そしたらついでに生活用品揃えてきて頂戴」と喜ばれてしまう蛍なのであった。
朝食の片付けも終わって一息ついたあと、渡されたメモに目を通す。基本は来客者用のもので構わないということだったので、買うものは主に鳶丸の服や靴、ワックスや髭剃りなど身の回りのものだ。
支度をしてくると自室に戻った蛍だったが、知り合って間もない男性と二人きりで買い物に行くという事実に落ち着かず、何度も深呼吸を繰り返しては気合を入れ、の繰り返し。
半年前に大学の休学申請を出してから、関わりのある人といえば祖母、祖母の親友と恋人、近所の人くらいなのである。
心に傷を作ったトラブルがあってからというもの、歳の近い人と話したり、出かけたりすることが蛍にとっては何よりも難しいことであった。
「大丈夫、大丈夫……」
よし、と最後に気合を入れて玄関に向かうと、既に支度のできた鳶丸は祖母と、訪ねてきた近所のおばさんと3人で親しげに話しているところだった。
蛍の姿に気付くやいなや「蛍ちゃん元気ー?泥棒が入ったって聞いてビックリしちゃったわよ〜そしたらこんなイケメンがいるんですもの!やーねー!おばちゃんそっちにビックリよぉ!」と捲し立ててくる。
鳶丸は「しばらくお世話になるんで、何かあったら宜しくね小林さん」とシレッと馴染んでいた。
「あはは、えっとじゃあ私たち買い物に行ってくるね」
「あ、そうそう蛍ちゃん。二人でそのままお昼ご飯も食べていらっしゃい。このまま小林さんとうちでお茶しようと思うの」
「おばあちゃんお借りするわね!若者同士楽しんできてちょうだい!」
「えっ」
「ほい、じゃあ行くか蛍」
ぽんと背中を押されて外に出ると、無情にもピシャリとドアが閉まってしまった。
今日もジリジリと照りつける太陽の下、「道どっち?」という呑気な鳶丸の声が少し先から聞こえてくるのであった。
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