第4話 誘拐宣告と居候
「ええと、話を整理させてもらっていいですか」
「どうぞ」
「……鳶丸さんは私を拐いに異世界から来たっていう事で合ってますか?」
「まあ、そうだね」
「あの、助けてもらっておいて言いづらいんですけど、すごく困ります……」
お役に立てなくてすみません。と、テーブルに打ちつけそうなほど勢いよく頭を下げる蛍と、「あらあら」と困り顔の満代、そしてその向かいに涼しい顔で座る鳶丸。
事情を知らない者が見れば、なんとも不思議な絵面だろう。
時刻は21:00、拘束した強盗を警察に引き渡し、事情聴取などを終えたあとのことであった。
咄嗟のことで、また、助けてもらったこともあったので警察には鳶丸のことを遠縁の親戚が偶然遊びに来ていたということで誤魔化したものの、さて貴方は一体誰でしょうと聞いた答えが「異世界からお前を連れに来た」というものだから驚きだ。
そのあとに何度詳しい事情を聞いても理解はひとつもできなかった。
「コスプレか何かかなと思ったんですけど、それはそういう装束なんですか?」
「随分ハイカラで素敵ねぇ」
「へぇ、ばぁさんは見る目がある。これは隣国の城からくすねて来た緋色の鉱石を加工したもので希少価値が高いうえに魔力もこもってる代物でね」
「あらあら綺麗だわぁ」
「そうだろう、こっちは我が主に頂いた金細工の腕輪だ。装飾が細かいだろ?大陸の中でも随一の鍛冶屋を雇ってるんだ」
困惑する蛍を他所に、装飾品を褒められて機嫌を良くした鳶丸は現代にはない地名や国の名前などを出しながら懇切丁寧に説明を始めた。
それらに対して目を輝かせる満代の反応は、鳶丸にとって気持ちの良いもので、どんどん饒舌になっていくのであった。
「という訳さ、まあすぐに信じてくれとは言わないが俺の故郷とこの世界と少しは違うってこと理解してくれたら良いんだけどね」
「あの、お話の通りだと鳶丸さんは命じられてこっちに来たっていうことでしたけど、貴方にとっては異世界になりますよね。……怖くはないんですか?」
「怖い?なにが」
「いや、だって知らない世界だったら私は怖いです。戻れないかもしれないし」
「俺はどこでも生きていける自信があるし。何より俺より強い奴なんてそうそういないだろうから別に問題ではないね」
「そういうものなんですか……すごいなぁ」
「まあ戻れないとなると主に会えないから少し困るけど、これがある」
懐から取り出したのは、藤色の巻物。鳶丸が魔力を注いでこちらに来た時からそれは再び何をしても開くことはなく、沈黙を貫いている。
しかし、巻物自体から変わらず力は感じるので術が発動しないことはないだろうと鳶丸は確信していた。
「唯一の問題は、俺の魔力が尽きたことかな」
「さっき言っていたその、来る時に巻物に沢山魔力を注いでしまったからずっと動けなかったっていうやつですか」
「そうそう、こいつ俺の中からゴッソリ持っていったものだからもう帰る力もないの」
「へぇ……」
「だから力が戻るまで、ここにいさせてよ」
「えっ、いや、困りますそんな」
ぶんぶんと力一杯頭を振って拒否の意を示す蛍に口を尖らせる鳶丸は、今度は満代の方に向き合って「ばぁさん、頼むよ」と両手を合わせる。
しばらく黙って二人のやりとりを聞いていた満代は、にこりと蛍に向き合った。
「蛍ちゃん、困ってるのだから助けてあげましょう」
「えっ……!おばあちゃんまでそんなこと」
「だってホラ、私たち女二人で今日みたいなことがあったら怖いじゃない。鳶丸ちゃん強いし頼りになるわよ」
「だってこの人、私のこと拐おうとしてるんだよ?」
「ふふふ、きっと大丈夫よぉ」
「おばーちゃーん!」
「じゃあ早速お布団の支度でもしましょうかね、蛍ちゃん頼んでもいいかしら?」
にっこりと微笑む祖母の姿にそれ以上の反論も出来ず、根負けした蛍は客間へ布団の支度をしに向かう。
それを見送った満代は、嬉しそうに鳶丸へと視線を合わせた。
「あの子がこんなに他所の人とお話するの、とっても珍しいのよ。私嬉しくなっちゃって」
「そうなの?」
「ええ、少し人と距離を取りがちでお話するのが得意ではないのよね」
「さっきの男たちには立ち向かおうとしてたみたいだったけど」
「すっごく頑張ってくれたのよ、私やこの家のために。優しい子なのよ、とても」
優しく目を細める満代の姿に、もし自分にも親がいたらこんな感じなのだろうかと考えがよぎる。
まぁでもいないのだから分かりようがない、自分には代わりに主がいる。そして主の御子息である馬鹿大将……もとい泰雅の願いを叶えるためにここに来たのだ。
たとえ泣かれようとも自分は揺るがずに蛍を向こうに連れて行き、泰雅に献上する。それが鳶丸へ与えられた仕事なのだから。
ダメと言われればどこかの森にでも潜んで魔力の回復を待つつもりだったが、事情を話したにも関わらずこうもアッサリと滞在を許されたものだから驚きはしたが渡りに船というもの。
ありがたく利用させてもらおう。
「あの、布団の用意が出来ました」
「ありがとな蛍、しばらく世話になるよ」
「おばあちゃんの決めたことですから……」
「ほほほ、そしたら私はおじいさんの使っていた寝巻きなど探してきましょうねぇ」
「あーおばあちゃん私も一緒に探すから!二人きりにしないで!」
「なにじゃあ俺も手伝おう」
「貴方は来ないで大丈夫です……!」
かくして、鳶丸はこの日をもって麻倉家の居候となるのであった。
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