宇宙人の落とし物

望月 栞

宇宙人の落とし物

 地球のそばを通る宇宙船の中は慌ただしかった。船内にいる彼らの話す言葉をわかりやすく言うと、次のようなものだった。

「どうしよう」

「落としてしまったのか?」

「急いで探さなくては!」

「落ちたのはどの辺りだったか……」

 彼らは窓から地球を見下ろした。


 深夜、海に向かってはるか上空から何かが落ちてくる。重力に引っ張られ、真っ逆さまに海へ落下し、大きな水しぶきが上がる。その「何か」は、そのまま近くの海岸へ泳いでいく。

 岸へ上がると、空を見上げた。宇宙船は全く見えず、代わりにいくつかの星が煌いている。周囲を見わたし、岸から離れるように歩いていくと、酔っ払いの男が道の端で寝ていた。「何か」は、男に近付くと全く同じ姿に擬態した。さらに、男の頭にしばらく手を置いた後、ふぅーっと息を吐いた。

「これがこの星の生き物の姿か。言葉もわかったし、とりあえずは何とかなるが、どうしたら帰れるのか……」

 再び空を仰ぎ、途方に暮れた。この「何か」は、酔っ払い男の姿と名前「伊吹昭夫」を借りて、人間が多くいる場所を目指した。

 とうとう日の出の時間が過ぎて朝になると、伊吹はショッピングモールへ辿りついた。人間の姿もよく見かけるようになり、特にショッピングモールには出勤して開店の準備を始める人が次々と来た。

 この場所がどういうところなのかわからない伊吹は、近くのベンチに座ってしばらく様子を伺うことにした。ショッピングモールが開店し、カップルや家族連れなどの人の出入りが多く見られるようになると、伊吹もショッピングモールの中へ入った。

「同じような生物がたくさんいるな」

 周囲をキョロキョロしながらレストラン街やアパレル、雑貨などの店の前を通り過ぎていく。

「何だ、あれは?」

 伊吹はエスカレーターを見つけると立ち止まった。それに乗った人間がゆっくり上の階や下の階へ移動している様子を観察し、伊吹も真似して上の階へ向かう。

 ここは広いが、何のための場所なんだ?

 伊吹は様々な店があるなかで人間の行動を観察しつつも、イマイチ掴み切れなかった。本物の伊吹からもう少し情報を読み取っておけば違ったかもしれないと、ニセ伊吹は後悔した。

「物にあふれているが……よくわからんな」

 一通り見た後にショッピングモールを出ると、すぐそばの店のショーウィンドウに展示された柴犬のマスコットのキーホルダーが目にとまった。その用途の意味もわからず首を傾げていると、突然地面が揺れた。

「ん? 何だ?」

 その揺れはしだいに大きくなり、びっくりした伊吹は防衛反応として目の前の柴犬のキーホルダーに擬態化した。周囲の人間が地震で騒いでいる中、伊吹はキーホルダーのままじっとしていた。

 やがて、地震が収まると周囲の喧騒も沈静化してきた。

 もう大丈夫なのか?

 人間の姿に戻ろうかと思ったとき、一人の中年の女が伊吹をじっと見ていることに気付いた。その人間が伊吹に近付いてくる。

 何だ、何故こっちへ来る……!?

 中年女は伊吹を持ち上げ、ショッピングモールの中へ入っていく。

 おい、何をする気だ? どうするつもりなんだ!

 中年女は入り口近くのインフォメーションに立ち寄り、案内係の若い女に声を掛けた。

「すみません、入り口の外にこれが落ちていたんですけど」

 そう告げて、伊吹が扮したキーホルダーを差し出す。

「ありがとうございます。落し物センターにてお預かりいたします」

 案内係が伊吹を受け取ると、中年女は去っていった。案内係は落し物に関する書類を手書きで記すと隣にいる眼鏡の女に

「これ、届けてきます」

 と言った。伊吹には、何が何だかわからなかった。

 これはどういう状況だ? まさか、私のことがバレたわけではないよな?

 そのまま、案内係の手によって落し物センターへと運ばれた。


 伊吹はしばらくの間、同じようなキーホルダーやハンカチなどの落し物と一緒に置かれていた。ここから脱出したいと考えていたが、引き出しの中の狭い空間にいるために人間の姿になれないまま、方法が思いつかずにいた。

「すみません、入り口そばの雑貨屋さんのキーホルダーを娘が落としてしまって、ここに届いていないですか? お店の方にはないようなので」

 親子連れが落し物センターの男性スタッフに訊く。この声は伊吹の耳にも届いた。

「どういったキーホルダーでしょうか?」

「柴犬のマスコットがついたものです」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 スタッフが落し物として預かっている品々から伊吹を見つけると、それを親子の元へ持っていった。

「こちらは違いますか?」

「あ、これだよ! お母さん」

 伊吹を見た少女は叫んだ。

「では、こちらに署名をお願い致します」

 母親はスタッフに言われて書類に名前を書き込む。それを確認すると、スタッフは伊吹を少女にわたした。

「ありがとうございます。ひより、もう落とさないようにね」

「うん」

 ひよりと呼ばれた少女は右手で母親と手を繋ぎ、左手で伊吹をぎゅっと持った。

 どういうことなんだ、どうしてこの小さい生物が私を手にしているんだ!?

 伊吹は犬のキーホルダー姿のまま親子の家へ連れて行かれた。ひよりにブンブン振り回されて目が回る。その状態でひよりが持つショルダーバッグに取り付けられると、ひよりはそのバッグを床にポイッと投げ出して部屋を出ていった。伊吹はその拍子に床に叩きつけられる。

 くそっ、乱暴な生物め! 何故、私がこんなことに……。

 伊吹はどうにか抜け出そうと考えたが、ほとんど近くにひよりがいたために動くことも他の物に擬態化することも出来なかった。

「ママ、パパは次いつ帰ってくるの?」

 ひよりは伊吹を握りながらじっと見つめ、独り言のように母親に訊いた。

「来週よ。あともう少しだから、良い子にして待ってないとね。せっかくパパがくれたキーホルダーも、もうなくしちゃダメよ」

「うん」

 さっきまで伊吹を振り回すほど元気だった様子と違い、寂しそうに頷いたひよりの姿に伊吹は少なからず驚いた。

 

 その夜、伊吹は家の外に自分の仲間の気配を感じた。すぐそばに眠るひよりと母親が起きないよう、物音立てずに伊吹の姿になった。そのまま部屋を出て、リビングへ向かう。ベランダへ続く窓を開けると、人間の男の姿に擬態化した仲間がいた。伊吹はホッと安堵した。

「迎えに来たぞ」

「すまない、どうしたものかと途方に暮れていたんだ」

「この星の生物は明るい時間帯だと動き回る者が多かったからな。こちらとしても今までなかなか動けなかったんだ」

 見上げると、伊吹が乗っていた宇宙船が上空に月と同じくらいの大きさで見えた。それだけ近付いていれば、問題なく船に戻れる。

「この星の生物に認知されぬよう、すでに宇宙船の周りにフィルターをかけてある。我々にしか見えていないから問題ない状態だ。さぁ、今のうちに帰ろう」

 頷いて一歩踏み出したが、伊吹は立ち止まった。

「どうした?」

「帰る前にやっておきたいことがある。すぐに済むから、少し待っててくれ」

 伊吹はベランダに置かれていたお菓子の缶に目をとめると、それを開けた。中には様々な色の洗濯ばさみが入っている。その中から黄色のものを取り出し、手の平の洗濯ばさみを数秒間見つめた。一瞬、伊吹の目が赤く光ると、洗濯ばさみは柴犬のキーホルダーに変化した。

「何だ、それは?」

「私がしばらく擬態化していた姿だ」

 伊吹はそれを持って寝室へ戻り、ぐっすり眠るひよりのそばに置いた。寝室から出ると、怪訝な顔をした仲間が尋ねた。

「一体、何をしているんだ?」

「詳しいことはわからない。だが、あの小さい生物にはあれが必要らしい」

「そうだとしても、君がそんなことするなんて奇妙なことだ」

 仲間に指摘され、伊吹は視線を逸らした。

「……そうだな。自分でもそう思うが、こうしておいた方がいいような気がする」

 伊吹の様子に仲間は興味深そうに見つめたが、やがてやんわり笑って言った。

「そうか。まぁ、我々のことが知られなければ、別にかまわないが」

「それなら大丈夫。用は済んだ。行こう」

 伊吹はベランダからひよりの家を出ていった。仲間と共に空に浮かび、宇宙船へと戻っていった。


 -fin-

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