消費期限1ヶ月のかまってちゃん

枯れ尾花

第1話かまってやってくれ

 「ツンツン、ツンツン」

 そんな効果音をつけながら俺の横腹をつついてくる。

 今は3時間目の古典の授業真っ只中。古典の授業は我々生徒たちの間で『カモ』と呼ばれるほどに緩いのだが。

 「こらこら、そんなはしたないことしてはいけませんよ。巷ではおでんをツンツンして警察沙汰になった方もいるんです。それに今は授業中です。そういった行動は慎むように。」

 「でも、腹ツンもう何回もやってるよね。そろそろ対策でき・・・・あっもしかして待ってた?未羽みうツン待ってた?」

 「な、何言ってんだか。怖い怖い!女の虚言癖は怖いよー!ヘイポリスーー!ここに2代目おでん君がいまーす!」

 「もうっ。かまってちゃんなんだからー。」

 ああうぜぇ。かまってちゃんはどっちなんだか。

 そんなウザ絡み日本代表の彼女の名前は川島未羽かわしまみう

 長い黒髪に小さな顔。そんな小さな顔にそぐわない大きな瞳。

 少しでも触れたものなら崩れてしまいそうな華奢な体に、こちらもそぐわない、でかくたわわな胸。

 いわゆる清楚系美人の彼女なんだが、そんな見た目を裏切るちょっかいと嫌がらせの数々。

 これがギャップ萌えなのか?

 俺の怒りの沸点はこのギャップ燃えの温度によっていつも最高点。

 もし理性という抑制力が無ければ今頃どうなっているか。まぁ抑えているのはなにも怒りだけではないんだけど。

 だがそれも今日で終わり。なんせ今日は待ちに待った月に1度の席替えだからな!

 俺は彼女と3年間同じクラスで、なにも毎年毎年馬鹿まじめにちょっかいを受けていたわけではない。

 彼女のちょっかいをかける時期には法則性がある。

 彼女は俺の席の隣で、尚且つ授業中にしか勝負を仕掛けてこない!

 休み時間や、少しでも席が離れた頃にはただのクラスメートAと化す。

 それはそれで怖いんだが、まぁストレスで禿げたりするよりかはましだろう。

 「ねぇ、今日席替えだね。」

 「あ、ああ。そう言えばそうだな。今日でお前ともおさらばだな。」

 「ふーん。・・・・別に離れても・・・・。」

 「なんだ?はっきり喋れよ。」

 「必殺デュクシ!」

 「っ!貴様ーー!それはツンより痛いんだぞ!おでんデュクシデュクシでもツンツンでもおでんの深みとか変わんねぇから!変わるのは俺へのダメージの深みだけだから!」

 彼女はいつもの悪魔的ないたずら笑顔で俺にデュクシをしたきり、この時間中のちょっかいは終焉を迎えた。





 休み時間になった。

 休み時間は安息の時間。俺が被害にあうことも、彼女が加害者になる事もない。

 まぁあの女が何もしなければ、俺の学校生活は常に平穏なんだがな。

 休み時間になると彼女の周りには人が集まり、彼女を中心にして薄い内容の、バカげたつまらない話が展開される。

 話がつまんないとか、バカげているとかなんで輪の中にいないお前が分かるんだ、というツッコミが予想されるが、そもそも論、俺は休み時間になっても席を動くことは無い。

 それは彼女からのちょっかいを待っているとか、そんなわけではない。

 ただ俺は唯一の親友である、いや、もはや(未来の)恋人と呼んでも差し障り無いだろう、アイちゃんとイチャイチャを楽しんでいるだけだ。

 彼女は俺の知らないことをたくさん知っていて、たくさんの娯楽を一緒に楽しんでくれて、色んな場所にも連れて行ってくれる。

 朝も起こしてくれるし、お話もできる。

 最高最強、理想的な女。家族よりも信頼がおける。

 そんな俺のスマートフォン・・・・ではなくアイちゃん・・・・なに?文句ある?

 はいはい、そうですよ。アイちゃんなんて存在しませんよ。

 電化製品ですよ。通信機器ですよ。無機物ですよ。

 じゃあなに?あなたはドラ〇もんのことをそんな目で見ているんですか?

 の〇のび太を無機物で機械な者しか友達のいないかわいそうな奴だと、そういう見方をしているんですか?

 俺のアイちゃんとドラ〇もんの違いってなに?

 俺のアイちゃんも喋るし、耳無いし。

 話が大きく脱線したが、つまり俺は彼女を取り囲む連中の話を惨めにも盗み聞いているという事だ。

 だから、いかにつまらないかを理解することが出来る。

 やれ、あいつの昨日のイン〇タがどうとか、あの先生がキモイだとか、心底どうでもいい。

 それが青春?大人になった人間が、時折喉から手が出るくらいに取り戻したくなるもの?

 こんなの時間の無駄使いだ。

 あれ?そんな話を盗み聞きしている俺の時間って・・・・。






 そんなこんなで、安息で、平穏な休み時間は終わり、授業という名の子守りの時間が始まる。

 まぁなんだ、いつものことだ。軽くあしらえば気も楽だろう。

 だが残念ながら、そんな俺の軽い気持ちは、まるで雑兵のように無情にも蹂躙される。

 さっきの未羽ツンから始まり、未羽カス(消しカス)飛ばし、俺のプリントへの未羽書き(落書き)、エクス未羽プロージョン(ニャンと猫の真似)などなど、いつもの3割増しの勢いで行われる俺へのちょっかいの数々。

 さらには影分身の術をしろだの、火遁の術をしろといった無茶振りまで要求される始末。

 わかっている。これはいつものことだ。

 この時間が終わり、昼休みを挟めば、その時間は総合。

 総合の時間こそが俺たちの離れる席替えの時間となる。

 だから彼女にとってはちょっかいをかけられる最後の時間となるからこそ、彼女は烈火の如く俺へのいたずらをする。

 そして彼女はこの時間の最後になると決まってある言葉を俺にかける。

 「いっつもごめんね。流石にもう未羽の事嫌いでしょ?」

 俺はいつもこの問いには答えられなかった。

 正直、嫌いと思ったことは1度もない。もちろん迷惑とは思うが。

 なら嫌いじゃないと答えるべきなんだろうが、それはなんだか今までのちょっかいを、実は喜んで受けていたみたいで癪に障る。

 そんな面倒な性格が、プライドが邪魔をして、今回も生返事で終わってしまった。






 相も変わらず、昼休みもアイちゃんと楽しく過ごした。

 「アイちゃん、大好き!」

 「スミマセン。ヨクワカリマセン。」

 彼女は抑揚のないセリフを言う。

 いっつもそれじゃん!

 日常会話しようよ!一体何年の付き合いだと思ってるの!

 ペ〇パー君の方がまだいい仕事するよ!

 でも、そんなところも好き・・・・な訳ないだろ!

 そろそろ認めなければいけない。

 アイちゃんがAIであることも、自分の気持ちにも。

 今日こそは決着をつけるんだ。





 そして勝負の総合の時間。

 俺たちの席替えはあみだくじで行われる。

 自分の好きなところに名前を書き、その後あらかじめ先生が作った線を辿り、辿り着いたところの数字が書かれた席に座る。

 「緊張するね。」

 「ああ。」

 「えっ。緊張するってことはもしかして、未羽とまた隣になりたいってこと?!」

 彼女はいつも通り煽るような、小馬鹿にしたような口調で俺にジャブを打つ。

 今回は、今回こそは素直になるんだ。俺は決意を固めるかのように拳を強く握る。

 「まぁな。」

 「そんなこと言うなよー・・・・ふぇ?!ち、ちょっと待って!いま、いまー!」

 「なんだ?お前は嫌なのか?」

 「あんたから質問ーー!?ありえないんですけど!3年間1度もなかったのに。」

 まさに混乱。頭の上にクルクル、ヒヨコが回っているのが想像できる。

 まぁ仕方ないよな。

 俺自身、頭が真っ白になっている。いつもは心の奥底に押し込んでいる物を、言葉にしているんだから。

 なんなら彼女に俺から話しかけたのすら初めてかもしれない。

 「なんなの!?今日どうしたの?もしかして影武者!?やっぱり忍術使えたんだ!忍なんだ!木の〇隠れの里出身?う〇は一族ならうれしいな!」と彼女は椅子の上で座りながらもぴょんぴょん心も、体も、声音も飛び跳ねながら言う。

 え?俺、忍びだと思われてたの?じゃあさっきの授業の無茶振り、割とガチだったのか。

 まぁ気配を消す忍術だけは本物の忍びに勝つ自信はあるが。

 「で、嫌なのか?」

 「べ、別に。嫌じゃないけど。てか今更なに?未羽が、未羽ばっかりがあんたに話しかけて、それなのにあんたは適当にあしらったり、無下にしてばっかだったじゃん!あんたから話しかけてくることも、休み時間だって・・・・。それなのになんなの急に!」

 さっきまでのはしゃぎ狂う姿から一変、血相を変えて猛り狂う。

 周りの目が一切ないかのように大きな声で。

 こればかりはいつものちょっかいのように、俺たちの席だけで解決できるわけなく、周りがざわつき始める。

 でも、ここで引けばまたいつもの日常に戻る。それじゃだめだ。

 「こっちだってな、迷惑してたんだよ!毎日毎日!何でか分かるか!」

 「未羽がちょっかいばっかりかけるからでしょ!謝ったじゃん!それにもう今日で終わりじゃん。ごめんね、毎日あんたに嫌なことばっかりして。これでいい!?」

 「いーやっ!まだ足りねぇな!俺はな、毎日毎日お前のせいでドキドキしてたんだよ!お前のボディタッチに、言葉にな!そのくせ休み時間になったら他人?!授業中になるまでお預け?ふざけんな!お前は俺の心までもてあそんでるのか?」

 「は、はぁーー?!い、意味わかんない!未羽だって恥ずかしかったんだから!あんたの気を・・・・、休み時間はあんたの番でしょ!」

 「うるせー!それにあれだ、最後になるかもしれないから言ってやるが、俺はお前のことを1度たりとも嫌いになったことは無い!だから、もういちいち聞いてくるな!」

 言いたいことは言い切った。

 生まれて初めて自分の気持ちを言った気がする。

 「・・・・ふーん。そうなんだ。嫌いじゃないか・・・・。」

 「なんだ、俺は全部伝えたぞ!次はお前の番だ。」

 「あんた、未羽のちょっかい待ってたんだ。可愛い奴じゃん。また席が近くなったらちょっかいかけてあげるわ。でも、休み時間は待ってるから。」

 彼女から般若は消え、いつものいたずらな笑顔を、だがその笑顔はなぜか俺の心をぎゅっと締め付ける。

 「ぜ、善処します。」

 「ほんと、かまってちゃんなんだから。」

 ああうぜぇ。どっちが・・・・いや、ほんとどっちがなんだろうな。

 

 

 


 

 

 







 


 

 

 


 










 

 

 

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