第15話「なあ、誰の着物を見てみたい?」


【星野夜空】



 翌日。


「ふぁぁ……わぁ…………ねっむ……」


 にしても……そうか、森香あいつと文化祭デート、か。


 着物姿もさることながら、艶のある髪の毛が揺れて——ってあぁ、やばい。妄想が捗る。


 例えば何がある?


 縁日、メイド喫茶、お化け屋敷、ジェットコースター風トロッコ、迷路……思い当たる展示は何個もある。


 それに、うちの学校ではクラス展示の出し物にも実行委員会から点数が付けられる。


 点数と言っても十点満点で、圧倒的に実行委員の偏見だがそれでも全クラス、豪華景品(聞くところによると、予算は10万円ほどあるらしい)を目指して頑張っているのだ。


 つまり、何を言いたいかというと——高校生とは言え、完成度はすごい。


 それは俺が去年身をもって体験している。先輩たちのあの熱意と言ったら凄まじかった。


 実行委員としても頑張るのはそうだが、クラスの出し物準備だってやる必要がある。


 衣装の着物は手芸部の数人が女子の分は手作りで作るそうだし、男子はクラス予算の6万円のうち3万円で数人分のを買うらしい。


 俺が手伝えるそれ以外の外装やら、メニュー表などやることはたくさんある。


 いやぁ、頑張らないとなぁ……。


「じゃあ、ここ。そこで黄昏れてる星野、当ててみろっ」


「でいと、たのしm……っえ?」


「答えは『デートが楽しみ』だそうだ。ちなみに正解は『時間』だがなっ」


 あ。


 やっちまった。


 先生がそう言うとクラスで大笑いの渦が沸き起こる。

 


「「「「「っははははあっはは!!」」」」」



 そんな笑いの中、恐る恐る森香がいる席へ視線を向けると彼女はノートへひたすら板書していた。


 やっぱり、俺の幼馴染は一味違う、こんな馬鹿みたいに笑うクラスの連中とは違う……ん、だ……?


「っ……ぷふっ」


 あれ?


「ぷぷっ……ぁぁっ、そ、そら……ぷふっ」


 どうやら、俺は裏切られたようだった。


 こちらへ気付かれまいと身体を前に倒し、顔を腕に埋めながら小刻みに揺れていた。心なしか、クスクスと漏れ出る声も聞こえる。


「……っ!」


「まあ、あいつなりの答えなんだろうよ。星野は社会は確か得意だったからいつもの面白みのない答えに嫌気が差して、ひねった意味で『もうすぐ文化祭デートまでだから大切にしないと』と言ってるんだ。お前らも心に刻めなぁ」


 ほんとに、何をうまいことを言ってやがるんだ。


 それよりしっかりと俺のフォローをしてくれ、実は今マジで死にたい!!


 森香の慰めがあってどっこいどっこいだろう。


 先ほどの余韻が消え、すぐにまた笑いが沸き起こる。


 髭ずらの若い先生で女子人気も高いため、クラスの端にいる俺を労わってくれる奴はいないのが悲しい。


「じゃ、ほら、続けるぞ~~」


 ぼやいたあいつを一度睨んだが、余裕があるのかウインクで返される。


 それに勘違いした女子が「キャー」と悲鳴を上げ、俺のことなど無視されていた。




「いやぁ、兄弟……文化祭デートかぁ、進んでんなぁっ」


 授業後、昼休み。


 ニヤニヤしながら弁当を手に持ち俺の前の席に座った腐れ縁こと、椎名翔也しいなしょうや


「……っち」


「んなぁ、そっぽ向くなよぉ~~、俺ら親友だろ~~」


「うっせ、友達でもねえわ」


「ははっ。これはひどい! そしたら友達いなくなっちゃうんじゃないか?」


「……う、うるさい」


「図星やんなぁ!!」


 こいつ……。


 ニヤニヤと悪気のないような雰囲気を出しているようだが、なんならこいつが一番笑っていた。隣の席でもあるから余計に笑い声が聞こえたからな。


 まじでこいつの鼻っぱしをへし折ってやりたい。


「ははっ……そんなに睨むなって、俺だってそこら辺は色々楽しみだぞ?」


「何がだよ」


「いやぁ、俺もな、すっごく可愛い後輩ちゃんと仲良くなってな! まじで可愛いからデート誘ってみたらOKだってな!」


「そうか、良かったな」


「んなぁ、それだけ? ノリが悪いの~~」


 大体、どこで引っ掛けてきたんだよ。


 こちとら、告白したくてもできないし、やれライバルが現れて大変だし、色々考えてるって言うのに翔也ときたらすぐに射止めるから、俺が馬鹿みたいだ。


 まあ、見た目が違うと言われればそこまでだがな。


「ははっ、まあいいか! それでよ、俺たちの着物喫茶だが……夜空は誰が見たいんだ?」


「え?」


「だからよ、俺たちの出し物。シフトももうすぐ決まるだろ? 誰の着物が見たいのかって!」


「……べ、別に、俺はそんなんじゃないし」


 本当に余計なことを聞いてくる腐れ縁だ。


 うるさいとばかりにそっぽを向くと、回り込んできて、


「やっぱり、森香ちゃん?」


「んなっ、そ、そんなわけ……」


「ほほぉ~~ん、分かったぞ、やっぱりな! 俺の予想が確信に変わった」


 ニヤニヤしながら、机を叩く翔也を見て、俺は何もできない。


 余計に鋭いせいで何も言えん。言わずもがな、森香のは凄く見たい。見たいというか写真撮りたい。一生ものにするくらい大切にする自信があるくらいだ。


「な、なにがだ……?」


「いや、なんでもねぇよ。お熱いこった、ていうのが分かっただけだ」


「……っ」


「まぁ、悲しませないように頑張りなぁ~~」


 含みのある笑みを向け、弁当箱を開ける翔也。


 うまそーと嬉しそうに弁当を食べる彼を横目に、俺は黙々と昼食を食べた。








 

 

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