田辺聖子先生の『とりかえばや物語』 男装の麗人沼

 人生で初めて官能小説ちっくな本に出くわしたのは中学校の図書館だった。


 少年少女古典文学の全集に田辺聖子先生訳の『とりかえばや物語』があったのだ。


 男装の姫君の春風と女装の若君の秋月の異母兄弟の物語で、平安時代後期の作者未詳の有名な作品だ。


 作品のタイトルの「とりかえばや」は「とりかえたい」という意味で、男装の娘と女装の息子が逆だったらいいのにという父親の心情を端的に表したもの。


 姫君の春風はとても男勝りで頭もよく、男装をして宮廷に出仕し、帝の誉れも高い青年貴族として大活躍。


 同じく今をときめくプレイボーイの夏雲と男友達として友人関係になる。


 ある日、夏雲は春風のことを女性のように美しい男だと思い、我慢できなくなって押し倒してしまう。


 このシーンに超キュンキュン!!


 図書館で読んでらんねぇ……と思い、その日は部活が終わると走って帰って読んだ。


 少年少女向けなので当然性描写は少なめだけど、展開に超ドキドキ!


 女性であることを知られてしまった春風は、夏雲にこの事実を世間に暴露されるのが怖くて、その後もずるずると体の関係を持たされた結果、妊娠してしまい、失踪して夏雲の囲い者になってしまう。


 子供を産んで女性として生きることを決意した春風だったが、実際に夏雲と生活をしてみると、彼は自分だけを愛しているのではなく、たまにしか来ない。


 平安時代は一夫多妻制で通い婚が一般的。


 男社会で華々しく活躍してきた彼女にはこの生活は耐えがたく、子供を産み落とすと、赤子を置いて実家に逃げ帰る。


 夏雲は春風が子供と自分を捨てていなくなった哀しみに暮れ、自分の浮気心を後悔するがどうにもならない。


 夏雲の元から逃げた春風と女装していた若君の秋月は入れ替わり、若君と姫君の本来あるべき姿に戻る。


 夏雲は春風が宮中に戻ってきたのだと思い声をかけるが、それは秋月でうっすら髭も生えていて別人なのに驚く。


 春風は女性として宮仕えを始めると帝の目にとまる。


 帝はこんなに美しい姫である娘をどうして春風の父親は帝のお妃候補として推薦してくれないのだ? と内心不満に思っていたが、春風を抱いた帝は、彼女が恋の経験者であることが分かって、通わせた男がいたから体裁が悪いと思って遠慮したのだろうと考える。


 でも、そんなことで春風の魅力が失せるわけでもなく、帝は春風を妃に迎える。


 それでも心の中で、春風の相手は一体誰だったのだろう? と気にしていた帝。


 時は流れて、春風と夏雲との間にできた息子の夏空が、春風の近くまで来る。


 夏空は、帝との間にできた春風の子供と友達になったのだ。


 春風は、自分の子供なのに夏空だけが身分が違うことに心を痛める。


 それでも「あなたは私の子なの」とは言えない立場の春風は、こっそり夏空に「あなたのお母様のことはよく知っています。これからもここにいらっしゃい」と言うのだ。


 それを影から見ていた帝は、春風の最初の男は夏雲だったのだと知るというストーリー。


 このお話はコバルト文庫で氷室冴子先生が『ざ・ちぇんじ』というタイトルでパロディを書いて、その本を原作にして山内直美先生が漫画化しているので、有名かもしれない。


 氷室冴子先生の書いた『ざ・ちぇんじ』もとても面白く、少女向けライトノベルなので、春風の強姦されるシーンや妊娠はなく、キスで妊娠したと思い込むという可愛らしいストーリーになっている。


 田辺聖子先生の『とりかえばや物語』が面白かったので、原文の『とりかえばや物語』も読んでみたいとトライしてみたが、登場人物が役職名で書かれているため、出世したり、状況が変わるたびに主人公たちの名前が変わっていくという分かりにくさがあり、田辺聖子先生訳のあえて登場人物に仮の名前を付けるという読み手への配慮と面白さに改めて感動したのであった。


 男装の麗人がイケメンプレイボーイに押し倒される展開に胸キュンな古典文学。


 女性主人公が宮中で活躍後に囲い者になってしまう展開のこの物語は女の世界の生きにくさのような部分も描かれていて、この時代にジェンダー論的なことをブッこんでると思うのと同時に、これは平安時代の官能小説だったのだろうかと読み返してはドキドキするのであった。

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