第24話 


 螺厭が起動した緊急停止スイッチによって忍びの郷の全動力が停止してから僅か三分。奪い返したガジェットを装備した五人の忍者が目にも留まらぬ速度で山を駆け下りてくる。


 郷の監視を任された傭兵もほぼ制圧され、残った敵は攻め込んできた紅を迎え撃つべく集まっている。


 リーダーの弾が色々あって茫然自失としている中、傭兵達はもはや作戦は失敗に終わった事を悟っていた。しかし散々から前報酬だけでは赤字な上、追手は世界最高の諜報機関忍者。このまま離脱しても間違いなく全滅は目に見えている。


 なら依頼人でありスポンサーの弾とその息子、そしてせめて人質としてくノ一を連れて離脱するのが最善。


「悪く思うな。俺達が無事に離脱出来るまでは大人しく着いてきてもらうぞ」

「このまま帰った方が、多分可能性高いと思うけどね」


 傭兵達が銃を構えてゆっくりと紅の方へと近寄り始める。足元に転がる螺厭を踏みつけて後ろに下がらせつつ最後のクナイを構え、敵の数を数える紅。


 しかし次の瞬間、駆け付けた忍者達の攻撃が傭兵達を吹き飛ばした。


「紅!!」

「お父さん!!」


 聞こえてきた声に紅の顔がパァッと明るくなる。紅の父、蒼が紅に一番近くに迫っていた傭兵を蹴り飛ばし、着地して紅に駆け寄ってきた。


 一週間くらい会えなかった顔に紅の胸が温かいもので一杯になる。目に涙が浮かび、自然と足が走りだした。そして蒼の腕の中に飛び込み力の限りと抱きついた。


「良かった。良かった…」


 頭の上から聞こえて来る父の安堵の声を耳にして、紅はようやく心の底から安心出来た。大丈夫なんだと自分に言い聞かせる必要も無い。全体重を父の胸に預け紅は涙を流した。


 その光景を見て螺厭が地面に腰をかけて小さくため息を吐いた。紅が安心しきった顔をしているのを見れば、この顔の為に頑張った甲斐は確かにあったと満足だった。ただ紅のことが少し羨ましかった。


「結局、俺達はあんな関係を築けなかったな。ま、どっちが悪いかって聞かれりゃ…トントンって事で」


 今にして思えば確かにこっちも大人気なかったよ。口には出さなかったもののその思いを込めつつ、螺厭は足元に転がる幾つかの武器を拾う。そして再開を喜ぶ紅達を背に姿を消した親父の行く末を頭の中でシュミレートしながらゆっくりと歩き出した。



 ドサリ、と音を立てて追手の忍者の死体が地面に崩れ落ちる。いっさい血の付いていない超高周波忍者ブレードのスイッチを切りつつ、弾は地面に広がっていく血の水溜りを踏まない様に大股で歩きながら忍者の死体を近くの崖から蹴り落とした。


 辺り一面、血の臭いで土と草木の臭いがかき消されてあらゆる生命の気配が遠のいていく。ここにいるのは死人のみ。歩みを止めない弾もまた、死人と同じ様なものだった。


 失敗した。忍びの郷への復讐は果たせず、志を同じくする同士は皆失い、雇っていた傭兵ももう頼れない。日本政府との交渉のチャンスも失った。挙げ句の果てが、まさか全てを邪魔したのが息子とは。


 知らない間に狡賢くなったものだ。今更ながらもここまでやられれば、どこか清々しい気持ちにもなる。いやならないな。あのドヤ顔を思い出すと、我が息子ながらちと腹立つ。


 弾は苦笑いしながら懐から小型デバイスを取り出してスイッチを入れると、どこからとも無く投げられた手榴弾が空中で静止し、そのまま崖の方に弾かれて行った。


「あらら。まーだガジェット持ってたのか」

「当たり前だ。非常事態に備えて、可能な限りのガジェットは持って来ている。お前だってそうだろ。使ったこともない銃火器なんて持って」


 森の奥から姿を現したのはアサルトライフルをおっかなびっくり両手で抱える螺厭だった。立ち止まって銃口を弾に向け構えるが、どう見ても素人臭さを隠しきれていない。形だけは何とか出来ているあたり、アクション映画などの影響だろうか。


 考えてみれば螺厭が普段どんな事をして過ごしていたか、知ろうともしなかった自分自身に呆れるが、かと言ってここで螺厭相手に引く気は無い。


「ここで大人しく捕まっといてくれない?あんまり往生際悪い親父を持つ息子の気持ち考えてくれよ。哀しくて泣いちゃうかも、だぞ」

「心にも無い事を」

「バレたか。ま、バレるよな」

「腐っても父親だからな」

「最初っから腐るなよな」

「違いない」


 次の瞬間螺厭がアサルトライフルの引き金を引き、銃口が火を吹きデタラメに銃弾が弾と弾の周囲にばら撒かれた。弾は即座に飛び退いて木の影に隠れて銃弾の嵐から流れた。幸い、銃弾の殆どは空中や地面に吸い込まれて弾の隠れる木の幹に当たったのはニ、三発くらいのもの。


 螺厭は弾切れしたライフルをしばらく弄り、弾倉が外れた途端にちょっとびっくりした様子を隠しきれていなかった。


 時間稼ぎのつもりだろうが、ここで螺厭を無視して逃げるのは、まぁ、無い。今更親父として、など言えるはずもないが、ここで螺厭を無視して逃げれば間違いなく何処までも追いかけて来る。そしていつかまた弾の前に現れて、弾の計画を阻止してしまうだろう。


 それも悪くはないが、そんな事で螺厭の人生を浪費させる訳にはいかない。そうはさせない為にも、ここで親子対決に決着はつけておかなければ。


 次の銃声がまた聞こえて来た。しかし今度は連射による数撃ちではなく単発の狙った撃ち方だった。しかしそれはそれで着弾音がしないので、まるで狙えていない。


「銃はやめておけ!いくらお前が鍛えて居ても、素人に扱えるもんじゃない!」


 そう言って少し顔を出すと、弾の隠れる木の幹に着弾して思わず顔を引っ込めた。


「あ、当たったぁ」


 完全にまぐれ当たりだった。


「お前なぁ…」


 思わず頭を抱えたくなる弾だったが、次の瞬間またしても弾の隠れている木周辺にアサルトライフルの銃弾の嵐が迫って来た。螺厭は大体この辺に置けば当たる、と分かった角度を維持しながらとりあえず引き金を引きまくった。


「無駄に覚えの良い奴め…誰に似たんだ!」

「多分親父の血だよー」


 今度はスムーズに弾倉を交換する螺厭。弾はその隙に木の幹を垂直に駆け上がり、枝から枝を駆け抜けて一気に接近していく。そして螺厭の頭上に辿り着き、飛び降りようとしたその時だった。


 螺厭の足元にピンの抜けた手榴弾が落ちた。まもなく起爆する。


「お前なぁ!!」


 咄嗟に超電磁ワイヤーを伸ばして螺厭を引っ張り爆風の外へと投げ飛ばす。そして弾も飛び上がるが、螺厭を逃す時間分爆風から距離を取りきれず木の枝の上から振り落とされてしまった。


「いやぁ、助かったよ。ありがとな、親父」

「性格悪いぞ!!」

「血の繋がりって恐ろしいよなぁ」


 地面に転がる弾目掛けてまたしてもアサルトライフルを連射する螺厭。先程手榴弾を崖下に弾いた忍者ガジェット、アンチ害敵磁石を起動しながら地面を転がるように逃げる。銃弾や手榴弾くらいなら当たらないように磁力で反発させられるが、ライフル弾となれば100%では無い。だが螺厭の腕もあってか何とか無傷で岩陰に隠れる事に成功した弾は、肩で息をしながら充電の切れたアンチ害的磁石を投げ捨てた。


「くっ…なんて卑怯な奴だ!!」

「お互い様さぁ。死んだら母さんに謝るからさ、目を瞑ってくれよ」

「俺には!?俺には一切謝る気ない訳だな!!」

「当たり前だろ」


 最後の弾倉を交換し、もう一度手榴弾を投げる。弾の隠れる岩が吹き飛びライフルを構える螺厭。しかし岩のあった場所に弾は居らず、螺厭は思わず振り返る。背後、頭上、両脇。どちらを見ても弾は居ない。気配も無い。


 逃げたとは思わなかった。何処かから弾は螺厭の様子を伺っている。


 爆風で乱れて居た風が止み、森の奥から来る冷たく寂しい孤独の空気が肌をひりつかせる。何処かに弾が隠れている筈。それは頭では分かっているのに、まるでこの森の奥でたった1人で彷徨っている様な孤独感が螺厭を襲う。


 これが本気の、忍者としての親父の実力。


 ゴクリと唾を飲み込み、ライフル銃を抱える腕に力が篭る。しかしその瞬間を狙い、超電磁ワイヤーが頭上から伸びてライフルが引き寄せられてしまう。ライフルから手を離せなかった螺厭は一緒身体が浮かび、手を離した瞬間背中から地面に落下してしまった。


 うっ、と肺から空気が抜けて目を瞑ってしまう螺厭。このままだと不味い。その一心で転がるが、すぐ側の地面に突き刺さったクナイから伸びた超電磁ワイヤーが螺厭の右足首に巻き付き、螺厭は地面に釘付けになってしまった。


「終わりだ。全く、手こずらせてくれたな」


 不意になんの前触れもなく現れた弾が立てなくなった螺厭の懐から最後の手榴弾を取り上げると、届かない場所に投げ捨ててしまった。


「ま、勝てないよなぁ。俺じゃ」

「当たり前だ。さっきも言っただろう。腐っても父親だってな」


 そう言いつつ弾は近くの木を背もたれに地面に座り込んだ。


「お前が俺を、嫌って居た事は分かって居たよ。いや、未亜さんが死んだ時からずっと、恨んでいたんだろ?未亜さんの死の原因を作ったのは俺だし、死に目に間に合わなかった事も含めて、俺はお前と顔を合わせるのが怖かったんだ」

「…確かに、親父の事を恨んでたさ。でもだからって、ここまでの事はしないさ」

「そう、なのか?」

「そうさ。ただ、どんどん変わっていく親父の事を、天国の母さんに見せたくなかった。それだけだったんだ。この計画を止めようって思ったキッカケは」

「そうか…なら、今は違うんだな」


 弾に言われて、螺厭は一瞬口を開きかけて止めた。頭に浮かぶのはあの雨の中で、偶然を装い見つけた彼女の姿。


 元々は一般社会で動いている忍者を見つけて親父の情報を全部教えて、それ以上は瑠璃子さんにサポートをお任せするつもりだった。まさか郷から逃げて来た女の子が警察に追われて居て、他の忍者は頼れない状況と知って計画はおじゃんかと諦めつつあった。


 だけど彼女と出会って、本気で郷を取り戻したいと願う姿に心が震えた。助けたいと思ってしまった。何か出来る事がある、と言う事実に胸が高鳴った。


 でもそんな事言えるはずが無い。紅本人にも、目の前の親父にも、そして、自分自身にも。そんな小っ恥ずかしい事。


「あの子か?まさか、お前の初恋が忍者とはなぁ…障害は多いぞ?」

「訳知り顔で頷くなよ、気持ち悪い。あんたに俺の何が分かるんだよ」

「分かるさ、俺はお前の親父だ。螺厭、初恋の相手だからといって余り入れ込まない方が良いぞ。俺の時代も、郷の外の人間に恋した忍者は何人か居たが、全員諦める結果に終わったからな」

「うるせ。とっとと捕まれ、ダメ親父」


 螺厭に促されるままに弾は手甲を外し、両手を上に上げた。闇に紛れて姿を現した忍者達が周囲を取り囲み弾にクナイや手甲を構えて居た。


 顔を隠した大人の忍者が螺厭の足元に巻き付かれた超電磁ワイヤーを解除し、螺厭が足首をさすりながら立ち上がると周囲を取り囲む忍者達の後ろに居た紅がジッと螺厭を見つめていた。


 小さく頷き、口の動きだけでお疲れ様と紅が伝えて来た。それを見てようやく、螺厭は戦いは終わった事を実感し思わずその場に座り込むのだった。


 そして紅は赤く染まった顔を隠しつつ、父の蒼に連れられてその場を離れていく。


 忍びの郷に夜明けの綺麗な光が差し込み、戦いの終わりを告げた。


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