懐かない猫の体温。

t-sino

同情されるのは苦手だ。

第1話

 自分が一番、自分のことを嫌いだ。


 

色素の薄い髪は生まれつきだし、イヤーカフもリストバンドも好きでやっていることで。

 

 しかし、派手な外見に反して中身は無口な面白みに欠ける女子高生。そのギャップが周囲の人が違和感を感じる原因になるのだろうと思うけど、性格も外見も修正できない。

 


 そのせいか私はいつのまにか周りに馴染めない子になっていた。何歳から馴染めなくなったのかを具体的に覚えていないけど、突然のことではない。

 徐々に、徐々に、年齢を重ねて私は他者との関わりを減らしていった。それは自然なことかも知れないけれど少し寂しいことだ、と思う。






 

「ねえねぇ、一組の矢神サンだよね。大丈夫?」


 だからあの時貴方が声をかけてくれたこと、本当は私すごく嬉しかったんだ。自分みたいな人にわざわざ近づいてきてくれる人はすごく心が綺麗なんだろうと思う。


 「…ああ。大丈夫、だから、ほっといてくれ。」



 けれど、もしそれが私が体が弱いことを知っているが故の同情だったら、尚のこと虚しくなるだけだ。結局、私から人が離れていくんじゃない。私が他人を寄せ付けないだけだってことを、本当は自分が一番よく知っている。








「あ、…あの時の。」


 桜がきれいに咲く、春。私も無事新学期を迎え、中学三年生に進級した。

 登校してクラス表を見ると、あの時助けてくれた彼女と今年は同じクラスのようだった。出席番号が近いわけでもないのに彼女の名前だけはたぶんどこのクラスにあってもスッと目に飛び込んでくる。いつも人に囲まれていて運動ができて他人に優しい、女子達の王子様のような存在らしい。

 そこまで目立っていれば私のような他人と話さない生徒でも、噂は耳に入る。

 





 出席番号の関係でど真ん中の席に座っているのに誰にも話しかけないし、話しかけられることもない私はやっぱり浮いている。まるで陸の孤島だった。まぁ、周りの人がみんな交流している様子も自分が一人でいる現実も、見なければないのと同じだ。

 そういうわけで私は鞄から今読んでいる小説を取り出して続きを読み始めた。


 読んでいたのはミステリー小説だったのだが丁度探偵が真相を解明し、解決編に入ろういうところで声をかけられた。



「何読んでるの?」 


いつのまにか、横に誰かが立っていた。視界の端に移るスカートからその誰かが女子だとわかる。せっかく声をかけてくれているので無下にもできないが、話すのは苦手なので不快にさせないだろうか。

 取り敢えず話しかけてくれた人の方を向こうと思って顔を上げ、目に映った顔は先ほどから存在を意識していた式波さんだった。

 

 式波柊しきなみしゅう。中等部三年一組もとい、特進クラスの所属。去年どこのクラスに属していたのかまでは私にはわからない。中二の二学期にこの学校に転校してきた。運動ができて特進クラス所属ということから勉強もできるようだ。おまけに他人にやさしい。

 

 そんな、明らかに自分とは縁のない相手に声をかけられて、少し驚く。

 でも、せっかく話しかけてくれているのだから取り敢えず返さなきゃと、


「……。結城遥のミッドナイト・ダストだ。」


私が答えると式波さんはにこりと笑みを深めて、


「それ、私も知ってる。名作だよね、映画化してるやつ。」


と返してくれた。話すということに慣れている、余裕を感じさせる微笑みだった。自分が滑稽に見えて、少し情けない。


 それにしてもなんだか、式波さんに違和感を感じる。話した回数は2回目のはずだが前に話した時とは何かが違うような気がする。式波さんの方をじっと見ながら違和感の原因を探っていると、式波さんは


「ん?」


といって少し笑い、首を傾げた。自分にも何が違うのかはわからない。


「いや…何でもない。」


 取り敢えず一連の会話を終えて一杯一杯になった私はまた小説へと目を落とした。本当はもう少し会話をする努力をした方が良いのだろう、と思う。でもそれが出来ない。


 

 しかし、緊張して目も向けられなくなった私に対して、明らかに式波さんはこっちを見ているし、なんならしゃがみ込んでいる。

 しかも気のせいかクラスの人々の視線まで浴びている気がする。

 何となく気まずい空気感に耐えられなくなって、


「どうかしたのか?」


と尋ねると


「……はっ。ごめん。私今ボーッとしてた。こんなとこにずっとしゃがみ込んでたら迷惑だよね。」


と言って去って行ってしまった。その背中に、


「別に迷惑では、ないが。」


と返したが聞こえているのかどうかは謎だ。


 でも、迷惑でないのは本当でお話ができるなら少しくらいなら話してみたい。みんながみんな自分のことを異質に思っているわけではないのだと、あの時分かったから。




 


 まあ何にしても、式波さんのことを完璧超人だと思っていた印象に関しては少し改善する必要があるかもしれない。正確には優しい、良い人っぽいけど変な人だ。








「頂きます。」


自己紹介やら新学年になったらされる恒例のお話とかオリエンテーション的なものを終えて、今は昼休みだ。小さな声であいさつをし、通学のルート上にあるコンビニエンスストアで買ったサンドイッチの包装をはがす。

 マスクを下にずらしてから一口サンドイッチを齧った。自分でご飯を用意しなくてはならない日は、ほぼこのサンドイッチを食べている。コンビニにあるサンドイッチの中で一番安いBLTサンド。

 BLTの意味がつい最近までわからなかったが、ここ最近ようやく商品名の下に小さく書かれた説明を見つけてわかった。

 私は普段から、食事に大きな意味を見出す方ではないからそのような知識にとても無頓着だ。それを最近センパイに指摘されてから色々なことへの常識を知ることができるように努力はしているがそもそも何をするべきかわからなくてそれをセンパイに言ったら笑われたのは記憶に新しい。




   

ガタリ。


不意に前の席の人の椅子を誰かが引いた。席の主は四時間目が終わった瞬間彼女の友人と共に食堂に走って行ったから、誰か別の生徒だ。パッと顔を上げると、また式波さんだった。


「やぁ、私もここでご飯を食べていい?」


どうしてこんなに構ってくるのか。他にも貴方を構う人がたくさんいるでしょうに。不思議な気はしたが迷惑ではない。


「…どうぞ。」


「ありがとう。」


道理で王子と慕われるわけだ、と思わせるような爽やかなスマイルで私に接して来る彼女の心が分からない。愛想良く、しかしこちらを気遣うように話しかけてくる彼女になんとか相槌をうちながら食べるサンドイッチは、緊張からか味がよく分からなかった。






「コホッコホコホッ」


また、いつもの。でも、今来るのは少し予想外だ。溜息を吐きたくなるのを我慢して、とりあえずマスクを引き上げた。咳はどうにも止まらず、収めるための薬と飲み物を出すために鞄を探る。


「大丈夫?」


向かいから心底心配そうな表情を浮かべて覗き込んでくる式波さん。中々目当てのものを見つけられない私をみて、


「咳しながらじゃ、探しづらいでしょう?代わりに鞄の中探してもいいかな?」


と提案してきた。私にはみられて困るものもないし、この辛い状況を一刻も脱却したい。

申し訳なさなどを一切忘れて、私は首を縦に振った。

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