第10話
スーパーで買い物を終えた九重と絹衣。
飆灯九重が一人暮らしをしているワンルームのアパートにて。
「おじゃまします」
「ちょ、すかしっ屁は黙ってやれよぉ」
「おならじゃない! おじゃま! 言わせないでそんなこと」
九重に続き、絹衣は白いブーツを脱ごうと、玄関でしゃがみ込む。
「んっ」
十中八九、無意識だろうし、狙って出しているわけではないのだろうが、彼女の小さな口から漏れ出る吐息が九重の緊張感をかき立てる。
(人生で初めて女子を家に連れ込んじまったが、俺ぁこのぐらいで緊張なんかしねえぞ、うん。俺にぁ童貞捨てる前にやらなきゃいけねえことがあるからなぁ)
そう思案し、無言でシュッシュシュッシュとファブ○―ズを振りまく。振りまきすぎる。
それを見た絹衣はしゃがんだまま後ろを振り返り、からかうように口角をゆがめる。
「あなた、もしかして緊張しているの? 異性が初めて家に来てそわそわしているの?」
「ち、ちげえよ。女子を家に招くのが初めてだから、俺の陰キャ臭を消してんだよ」
「それのどの辺りが違うの?」
スーパーの時から、いや、実はラメダリにいた時から九重の純情ハートはブルブルと震えていたのだ。
年下ではないものの、絹衣は今まで見てきた女性の中で最も美人と言っても差支えがないのである。端正のとれた顔立ちで、言葉遣いや立ち振る舞い(暴力的なのを除いて)から凛とした印象を抱くのだが、不意に見せる表情の変化はどこまでも素直で、どこかあどけなさも感じてしまうほど。
だからこそ童貞を捨てることに憧れを抱きつつ、同時に童貞を捨てられない宿命を背負っている九重にとって、今回の絹衣による自宅訪問はここ最近でいちばんのピンチと言っても過言ではないかもしれない。
「……んっ」
ようやく片方のブーツが脱ぎ終わり、もう片方に手をつけるが、再び艶めかしい声音が鳴る。艶めかしいと思うのは九重の過剰な印象だが。
「お前、その『んっ』てのやめろよ。お前みたいな美人がやると男はすぐ勘違いしちまうんだから」
「なっ! び、美人って言うな! じゃなくて、変な妄想しないでよ、変態!」
目をあわあわさせながら罵倒。手近にあった九重の靴を掴んで投げようとするが、他人の家で他人の物を投げるのは失礼だと思ったのか、彼女は九重がさっき使っていたファブ○ーズに持ち替え、彼に向けて容赦なく発射する。
「バ○ス」
「うわ、目が……目がぁああぁぁぁ!?」
「や、絶対目に当たらない距離だから。わたしが炎上するようなこと言うのやめてくれる?」
九重は両手で目の辺りを抑えるも、指の隙間から彼女の様子を窺う。ちょうどその時、彼女の白いニーハイとスカートの間――いわゆる絶対領域がチラッと見えて、不覚にも彼の性癖デッキが火を噴きかけていた。
絹衣はブーツを脱ぎ終わると、すぐさま九重のあご目がけて蹴りを入れた。が、九重は身体を後方に反り、ギリギリで躱した。
「おいおい、今のをお前の上司に食らわしたのかよ、とんでもねえな。マジもんの殺意を感じたぞ」
「……」
「おい、無言がいちばん怖えよ、俺のゴールド○ジャーがヒュンってしたわ。
恥じらいと何かを混ぜたような視線で、ボソリ。
「エロいこと考えるの禁止」
耳まで真っ赤にしてスタスタと九重より先に洋室へ足を運んでいく。
(そのお願いは難易度高すぎないっすか)
己の貞操を守りきるため、九重は改めて気合いを入れ直した。
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