シナリオ58

~エンディング~


「ねえねえ、お兄様っ! あの洋館はどうだった?」


 『村の倉庫』では人一倍アグリに対してキツかった最年長の女の子がテケテケと近づいて来た。エンディングらしい満面の笑みをたたえながら。


(この子、役者だな……将来大物になるかも……)


「お兄様? 君、この子にまでなんかしたの? 本当にGMから消されるよ?」


「ちがうから! この子には何もしていない!」


「だよね~! お兄様って人質の私たちを放置してエログッズを回収してたし……そもそもって感じ?」


「なんてこと言うのさ!」


 シルヴィからの白い視線はともかく、この女の子はアグリの洋館での武勇伝に関心がある様子だった。

 アグリとしても、吟遊詩人のごとく語り聞かせたい気分だったが、子供相手では少し困難か。倫理的に、ネトゲのコンプライアンス的にも。


 ゴスロリ男の娘の姿でSMショーのアシスタントを行い精神力が減ってコスプレ変身がバレそうになったからエロフィギア(邪心像)を使ってふんどし一丁になって洋館から逃げだした、などととても教えられない……。


(改めて行動履歴を振り返ると、俺ってスゴイな……色々な意味で……)


 と思ったら、この女の子の方がもっと


「お兄様! 洋館でボンテージオークとエンカウントしたんだよね? ステージ上でヤオヤ攻撃とかされた? どうだった? 人生観とか変わった?」


 アグリは(何を言ってんだ……このNPC……)と聞き流す。


「人生観? ヤオヤってどういう特殊攻撃?」

 という質問はシルヴィから。トップゲーマーは未確認情報に関して好奇心旺盛なのだ。


「う~ん、私もよく知らない。オークの上位種の必殺スキルかな?」


(ヤオヤの詳細、ぜったい知ってるだろ! おまえNPCの分際で腐女子だろ!)


 アグリもボンテージオークのアシスタントをやったので詳細を知っていた。

 今思い返せば、アグリがゴスロリメイドの男の娘に変身した時も異様なほど興奮していた。

 そして、その男の娘の姿で洋館へ行くよう勧めやがったのだ。


「なんだか凄そう……私も気を付けないと……」


「おねいさんは大丈夫と思うよ? だって男性にしか通じない技……」


「それ以上、教えちゃダメ!」


 この話題を続けると、本当にGM様に消されてしまいかねない。


「とにかく! 普通にクエストクリアを喜ぼうよ! 頑張ったんだからね!」


  ☼


 シルヴィと今回の緊急クエストを思い返していると……。


『CONGRATULATIONS!』と金色のテロップが視界を過った。

 どうやら、山の稜線――クエストの境界線を越えたようだ。


 引率していた子供四人も「ありがとう!」「またね~」「レレレのレ!」「お兄様、次こそはぜひヤオヤの話を聞かせてくださいな!」と笑顔で消滅していった。


 アグリとシルヴィは心地よい気分を保ったまま、山をテクテク下り始める。

 残すは、プレイヤーギルドに戻って、シーラさんに土産話みやげばなしをして、報酬を堪能するだけ。ゴブリンレッドから教わった年貢対策も早々に講じなければならないか。


「君って本当にこの世界でボッチなんだね……NPC相手にクエの自慢話とか、ゴブリンに税金対策を教わるとか……仲間も臨時雇用のモンスターだけなの?」


「いいじゃん! ゲームの楽しみ方は人それぞれだし!」


 そう反論したものの、一流ゲーマーが集うMMORPGでこの状況は少し辛い。

(次のクエストこそはネトゲ友達を……)とひそかに誓うのだった。


 そんなアグリにイヌが唸り声をあげた。「グルル……」と不満気な様子で。


(やっぱり覚えていたか……)


 アイテムストレージから『ニードルエルクの肉(一キロ)』を取り出した。


「シャチョーとの話は聞いていたよな? お前たちもこの領地から離れろよ。ここはブラックだけの不毛な地。頑張っても何も得られないぞ」


 アグリには山鳥タクミの記憶――社畜時代のしたたかさが染みついている。その反面、虚栄心を満たす言動も自然と出てしまうのだ。後々、余計なお世話だったと後悔すると知りながらも。


「お帰りはあちらです」と、アグリの進行方向と反対――ロットネスト王国と逆方面を指し示す。

 イヌはお肉を口にくわえ、満足そうに去って行った。


「お前との共闘は二度目だったな……」


 しかし、羽トカゲの反応は違った。

 おそらく子供だから理解できていない、もしくは好感度レベルの違いか。お肉を四肢で大事そうに抱きかかえたまま、パタパタとついて来る。


「こっちじゃないって!」「あっち!」「シッシ!」と追い払っても無駄だった。

 一時的に距離は開くものの、しばらくすると背後や上空を飛んでいた。


 情報収集の意味も込めてシルヴィに聞いてみた。

「お持ち帰りは?」と。


 シルヴィは予想通り首を横に振った。

 職種『モンスターテイマー』、もしくはそれと類似したスキルを有していないと、城壁内へ立ち入れない規則があるらしい。

 当然、『農夫』アグリでは、一生かかっても習得不可能なスキルだ。


 アグリとシルヴィの会話が聞こえたのか、羽トカゲはジィーっと無言でアグリを見つめる。

 まるで飼い主に見捨てられ、悲しみに暮れるチワワのようなウルウルの瞳で。


「消費者金融のイメージキャラみたいな表情するなよな!」


 心を鬼にして突っぱねる。

 飼えないものは飼えない。アパート(ロットネスト王国内)がペット不可なら仕方がない。

 元社畜の羽トカゲもアグリの指摘に思うところがあったのか、ついに諦めてくれた。


  ☼


 アグリとシルヴィは再びテクテク歩き出す。


 アグリはシルヴィのことを良く知らない。『しろがねの盾』というエリートパーティに所属している事実を、話に聞いただけ。

 緊急クエストの受注パーティ一覧にも、『アグリ(仮)』と記されている。

 ロットネスト王国へ到着すれば、アグリはソロプレイヤーへと戻る。

 こうして二人だけでクエスト攻略する機会など、もう二度と訪れないだろう。


 アグリはずっと『レベル一・農夫』、ソロプレイヤーとして活動して来た。

 だから今更、ソロが不安というわけではない。

 しかし、物寂しさを感じないわけではない。


「あのエルフ娘が新規プレイヤーに……いつか再会できるといいな……」


 アグリの隣にあのエルフ娘が並び立つ姿を妄想してみた。

 農民と幼児体型のエルフ。デコボココンビには違いない。

 でも、シルヴィと一緒にいるよりはいくらかマシに見える。

 シルヴィといると、城門を通過するだけで「奴隷」とか「情夫」とか言われるし。


「君って、ああいうタイプが好みなの? ロリコンなの?」


「好きとか一言も言ってないって! どうして俺の周囲の女性は、いつもいつも俺のことをヘンタイ呼ばわりするんだよ! それにあのエルフっ娘は二十歳! 自称だけどさ!」


 というか、クエストのに口を挟むのも止めて欲しい。

 せっかくエンディング的な雰囲気を作っていたのに……。


「君だってわたしの扱い酷いよね? 城門のことは謝ったじゃない!」


「周囲の視線だって! みんなが俺をどう見ているかが重要なの!」


「自業自得じゃないの? 身に覚えあるでしょ?」


「………………」


【THE END】

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