卒業式

@ajisawa-0410

第1話

「はぁ。終わりたくないなぁ」

 明日はもう、卒業式だ。

 今日で先輩との時間は終わる。卒業式の後の、静かな時間。窓の外からは喧噪が聞こえる。

 先輩が一年過ごした教室で。

 僕は、そっと白い花びらを撫でた。



 先輩と出会ったのは、一年前、春休みの、前。


 普段は活動なんて全くない名ばかりの部活に所属していた僕は、半年ぶりの招集を見て、部室に行った。

 僕が部室に着いたときには既に5人全員先輩たちはいた。

 先輩たちは春休みが明ければもう受験生になってしまうから、最後に部員全員で集まることになっていた。

 僕の代は全然部員がいなくて、僕を含めてたった二人だった。一つ上の、先輩たちの代は六人所属していた。


『お久しぶりです』

『あ、久しぶり!』

『マジでなんか懐かしい!』

 先輩たちは笑顔で迎え入れてくれた。その後、同じ学年の部員が来て、全員揃ったと思って僕は喋るのをやめた。だけど、なかなか司会役の部長が話し始めない。

『まだ始めないんですか?』

『まだ揃ってないからねー』

『顧問の先生なら、さっき職員室に行ったとき見たので、僕が呼んできましょうか?』

『あー違う違う。一回も来てないんだけど、もう一人部員いてさ。ずっと学校休んでるから、会ったことないと思うんだけど。声掛けたら来るって言ってたからさ』

『そうなんですか』

 初めて知った。


 それから数分の内に、先輩が、入ってきた。

 どこか儚い雰囲気の、けれど相反するような明るい笑顔の先輩。

『遅れたー。ごめん』

『よし、じゃあ来たし始めるか』

 えへへ、と先輩が笑う。

『あ、後輩くん?初めまして!』

『あ、は、はぁ……。初めまして』

 握手をすると、そのままブンブンと手を振られる。変な人だな、というのが第一印象。



 それから特に先輩と深く関わることはなかった。部活を引退してしまっているのもそうだし、先輩が学校に来ないのもあって。なんで学校に来ないとか、少し気にはなったけれど、その時聞く機会はなかった。


 それからひと月ほどした、学校の帰り、雨が降っていた。

『あ、いいところに!ね、傘ある?』

『ありますけど……』

『一緒に入っていい?あのね、久しぶりに学校来てさ、置き傘してると思ったらなくて。朝は降ってなかったし』

『どうぞ……』

 という、なんとも強引な、もとい偶然の出来事が起こってから、たまに先輩と喋るようになった。



 それから少しして、また先輩の姿を見なくなった。


 またそれから数カ月すると、毎日のように先輩は放課後になると部室に来るようになった。


『先輩、受験勉強しなくてもいいんですか?』

『うん』

『そうなんですね』

『そ。私はそんなことより、もっと楽しく時間を使いたいの。ここから卒業まであっという間だよ?部活も行きたいし。あ、運動もしたい。それから学校帰りに駅のカフェに寄り道して、カラオケで歌いまくったり』

『……』

『それから、友達とおそろいのアクセサリーを買いたい。あとね、メイクうまくなりたいな。それから、彼氏とか作って、二人で電車で音楽聞いたりとか』

『……』

『やりたいことがいっぱいあるんだ。卒業なんてしたくないよ。まだ、ここから、いなくなりたくない』

『…………』

『なーんてね。卒業までに、全部達成するよ。未練がましく居たくはないしね』



 先輩が一年過ごした、窓際の席に座った。


 それから、机を見る。



 一輪の白い菊。



「あ。私、胸につける卒業式のお花もらってない」

「今ですか」

「うん、今。花見て思い出した。その花でいいからちょっとつけてよ」

「茎千切るのなんか可哀そうじゃないですか?」

「えー、私の方が可哀そうでしょー?」

「はいはい。つけますよ」



 先輩と出会って数カ月した頃に先輩は学校に来なくなった。

 それから、先輩は一度も学校に来ていない。


 違う。来れなかった。

 病気だった。


 たまたま聞いた。


――――なんか、三年生の生徒、一人、死んだらしいよ。


 信じなかった。

 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 だけどそれは事実だった。


 紛れもない、事実だった。


 久しぶりに行った部室にいる先輩を見て、何故かすとんとその事実が腑に落ちた。

 先輩は死んだらしい。と。



「先輩。卒業おめでとうございます」

「高校生活なんて、あっという間だったなー。あーあ、明日からもう学校がないと思うと、寂しいなー」

「じゃあ留年して僕と同学年になります?」

「それは遠慮しとく」

「はは。ですよね」

「なんか、高校生の時期って、同じ場所に留まりたいくせに、未来のことばっかり考えて、なんか、若いって感じする」

「若い人の発言ですかそれが」

「ひどいなー」


 それから先輩は一度伸びをした。


「私は、未来のことばっかり考えてた。大人になったら何しようとか、お金は大丈夫かなとか、結婚できるかなとか。結婚するなら、高身長で料理がうまくて、私に優しくて、私のことが世界で一番好きで、それからー」

「はいはい。わかりましたって」

「聞いてくれればいいのに、最後くらい」

「……」

「そんな目で見ないでって。わかりましたよー、先輩はちゃんと卒業しまーす」

 それから廊下に出て歩いて行った。

「じゃあ、またね」

「はい。――――ご卒業、おめでとうございます」




 それから少しの間、空の飛行機雲をじっと見つめていた。

 あっという間に雲は消えた。気付けば外の喧噪はしなくなっていた。

 少しして廊下に出ると、もう先輩はいなかった。

 一枚、白い花びらが廊下に落ちる。



 そして、先輩は卒業した。

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