一方その頃─④ 魔女子さんとピクシーさん。

 一方その頃。


 この世界で最弱と呼ばれる森では今日もいつもと変わらぬ日常が流れていました。今日のお仕事に向かう途中のしろうさぎさんの元へ一人の小さな訪問者は一匹の小さなピクシーを肩に乗せやって来ます。


「あぁっ! ぬしぬしぃー、おはよう!!」

「こら、魔女子。あんたねぇ、いつになったらこいつに敬語使えるように戻る訳? って、よ。うさぎ!」


「ふふ。大丈夫だよ気にしないで。おはようございます。魔女子さん、ピクシーさん」


 そう答えるしろうさぎさんに向かいすかさず指を差すとピクシーさんは彼女に苦言を呈します。


「あのね、うさぎ。あんたがそうやっていつもこの子を甘やかしてるからダメになるの」

「あ、いや、そのぉ、別に甘やかしている訳じゃあ………」

「──うんうん」


「……はぁ。あんたもだいぶ毒されてる口ね。甘いわ、全っ然甘い。っていうか、全くわかってない。それに、なに? 噂によればなんだか最近あんたこの子のオモチャにされているらしいじゃないの?」

「え? わ、私がオモチャ!?」

「──うんうん」


「その証拠にこの子あんたに対してどんどん敬語を使わなくなってきてるでしょうが」

「あ、だからそれは別に私気にしてないから……」

「──うんうん」


「あんたが良くても、私が駄目なの!! 私がこの子の躾け役をしているんだから、しっかりするところはしっかりしてもらわないと私の面子に関わるのよ。子供はね、周りの大人達の影響を受けて育つもんなのよ」

「──うんうん」


「……って、さっきから横で、うんうん、うんうん、うっさいわねぇ。アンタの話をしてんの、魔女子!! ちゃんと聞いてた?」

「──うんうん」

「じゃあ、これからどうしなきゃいけないのか言ってみなさい」

「うん!!」


「……はぁ、駄目だわ。全然、聞いちゃいないわ……」


 そう言うとピクシーさんは少し考えて、そして閃きます。


「あ、そうか……うさぎ。わかったわ」

「へ? わかった?」

「もう一度、この子にあんたの凄さを見せてやれば良いのよ」

「私の、凄さ?」

「そう。あんたが何故この森のぬしと呼ばれているのか、その由縁たる姿をこの子に見せてやればいい。そうすれば勝手にこの子はそれを理解して、納得した上でしっかりとあんたに接するようになる筈だもの」

「そ、そんな急にそんな事言われても……私のソレは何かきっかけがないと引き出せないってこの前……」


 そうです。それは最近わかった事だったのですが、しろうさぎさんの使う『ことば』という力には何かしら制約がかかっているようで、何かきっかけがあって初めてその効果を発揮するそんな力だったのでした。


 その言葉を聞いたピクシーさんは言います。


「うん、だから今日はこの子もあんたの仕事場に連れて行くわ。あんたは黙って気にせずいつも通り仕事をしてくれていればそれで良いから。ほんと、これは我ながらに妙案ね……なんでもっと早くこの事に気づかなかったのかしら……ぶつぶつ……」


 そうして本日のお悩み相談が始まると最後のお悩み相談相手としてやって来たのはゴム紐でぐるぐる巻きにされたリリパットちゃんです。


「──ですので、この場合はですね……」


 そう言うとしろうさぎさんは手元の本を開きそこにある文字を読み上げます。


「成長は与えられるものではなく、自らの手で勝ち取るものである。ですね」

「み、自らの手で?」

「そうです。だからリリパットちゃんのその全身の筋肉痛は成長の兆しの痛みなんです。自らの手で成長を勝ち取りにいっている証拠です。それにこの前会った時より断然動けるようになってるなぁって私は思います」

「わ、私、成長してる!?」

「そうです。その痛みがあたりまえに戻った時、リリパットちゃんは成長を実感する筈です」

「わ、わかりました。ホントこんちくしょうですけど、ここまで来たら私最後まで私頑張ります!! それでスタミナいっぱいつけちゃいますから!!」

「はい。その意気です」

「はい!! ありがとうございます、ぬし!!」


 そう言うと笑顔でドスン、ドスンと地響きを鳴らしながらその場を去って行くリリパットちゃん。その光景を邪魔にならない場所で見ていたピクシーさんは魔女子さんに尋ねます。


「どう、魔女子?」

「ほわ〜……」


 いつもと違うしろうさぎさんの姿に開いた口が塞がらない魔女子さん。


「ふふふ。まさに目から鱗って感じみたいね」

「……ピクシーちゃん。ぬしのあの『ことば』って何? 魔法?」

「魔法? うーん、そうねぇ、魔法かぁ。確かに、あの力は魔法みたいなもんよね……ぶつぶつ……」


 ピクシーさんは一匹ぶつぶつと呟くと魔女子さんに向かって言います。


「そうね、あれは魔法よ。この森のぬしだけが使える特別な魔法。誰かの悩みを救ったり、誰かの心を救ったり、何かを変えたりする事の出来る『ことば』の魔法」

「うわぁ……ぬしって本当にとーっても凄いうさぎさんだったんだぁ……」

「そうよ、やっとわかったみたいね。よし、それじゃあ、それがわかったんだから仕事を終えたあいつを労ってきてあげなさい」

「う、うん!!」


 その言葉に魔女子さんは笑顔で答えると駆け出します。


 ──タタタタタ……


ぬしぃ、お仕事お疲れ様!! 『ことば』の魔法、すっごいね!!」

「あ、魔女子さん。お疲れ様です。それは嬉しいです。ありがとうございます」

「うんうん!! なんかね、ぬしと話すとみんなすーっごく明るい顔になるんだよ!!」

「そうなんですか? じゃあ、今日もお仕事して良かったかな」

「うんうん!! 良かった良かっただよ!!」


 何も変わらないその状況を見たピクシーさんが堪らずツッコミを入れます。


「──って、ちょいちょい、おい、魔女子。アンタねぇ、全然変わってないじゃない!?」


「えぇ!? どういうこと? そんな事ないもん。私もっとぬしの事好きになったもん。ぬしも私と同じ魔法使いだってわかったもん!!」

「いや、そういう事言ってんじゃなくて……」

「まぁまぁ、ピクシーさん。良いじゃないですか喋り方くらい大目に見てあげ──」

「うっさい、黙れ、うさぎ!! だから、あんたがそうやって甘い事言うからってさっきも言ったでしょ!!」


「ぶーぶー。私ちゃんと話し方、真似して勉強してるもんっ!!」

「あぁっ!? 真似ぇ!? 魔女子、アンタ一体誰の真似してるっていうのよ!?」


「うん。それはね、ピクシーちゃん!!」


「……あっ」

「……あっ」


 調停者アナスタシアとくろうさぎさんのクロエがこの世界の『違和感』を退治した頃。

 この森では頬を膨らませ不服な表情を浮かべる魔女子さんの姿があって。

 その目の前にはそれに負けないくらいに酷く落ち込むピクシーさんの姿があったのでした──

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