思い出と秘密基地

砂上楼閣

第1話

…………。


例年と比べて遅い梅雨明けから、数えて3回目の土曜日。


初夏と言える時期は過ぎ、本格的な夏が訪れていた。


日本の夏特有のじっとりとまとわりつくような暑さに辟易としつつ、野外に出れば逃げることも出来ない気候にうんざりする。


なぜ人は家の中だけで一生を完結することが出来ないのか。


ネット通販などがどんどん便利になってはきているが、それでも完全に引きこもって一生を終えるのは無理だ。


我慢するのではなく、ひたすら心を無にするしかない。


などと愚痴をこぼしてみたが、別段外に出るのは嫌いではない。


むしろ外は好きな方だ。


四季の移ろいは単純に見るのも好きだし、わざわざ遠出して堪能するのもやぶさかではない。


夏になれば暑さを呪い、冬になれば寒さに嘆く、それが人と言う生き物だ。


例え春や秋でも花粉だなんだ、虫がなんだと愚痴をこぼすのだから、人間とは本当に度し難い。


一人で食べる食事はカップ麺ですら作るのが億劫なのに、なんだかんだ理由さえあれば観光地やら遊園地には何時間かかろうが向かってしまう愚かな生き物なのだ。


…………。


なんて取り留めのないことを考えているうちに、電車は実家の最寄駅へと到着した。


なんて事はない。


休日を利用して地元へと帰ってきた、それだけだ。


強いて言うならば、今日はなんて事のない土曜日で、そして実家に帰る予定はないということ。


電車に揺られること、ほんの2時間程度。


帰ろうと思えば日帰りで帰れる実家に元旦やお盆くらいしか顔を出さないのは、いつでも帰れるからだろうか。


いつでも帰れるから、行こうと思えばすぐだから、特にやる事はないから、理由とも言えないそんな思考。


何かきっかけがなければ、こんな半端な時期に、ほんの少し先にあるお盆まで地元へと帰ってくる事はなかったな違いない。


自分の面倒で、物臭で、捻くれた性格は、誰よりも理解している。


…………。


それは友人からだった。


学生時代に比較的仲の良かった友達の一人。


卒業後、社会人になったらたまのメールのやり取り以外、ほとんど繋がりのない、その程度の仲だ。


当時の友達で作ったSNSのグループ。


時間が経ち、疎遠になりつつも、わざわざ削除したり退会するのも気が咎めて、気付けば存在そのものを忘れていた、そんなグループ。


地元に残ったその中の一人が、情報を発信したのがきっかけだ。


内容は至ってシンプル。


通っていた小学校が廃校になったらしい。


近々取り壊しになるので、それまでに一度懐かしの校舎に集合し、同窓会と洒落込まないか、そんな内容だった。


…………。


蝉の鳴き声と容赦のない日差しを意識して心からシャットアウトして駅から歩く事しばらく。


なんの変哲もない学校の敷地内に立っていた。


比較的田舎なだけあって、立ち入り禁止の看板すらなく、それどころか門に施錠すらされていない。


見上げた校舎は懐かしいような、そうでないような。


4階建ての校舎は、周りに建物がないここら辺ではそこそこに大きな建物のはずだが、心なしか小さくなったようだった。


周りにあるのは雑木林と広々とした田んぼだけ。


校舎にも当然ながら人気はなく、まるで世界に一人だけ取り残されたような、よく出来た映画のセットに迷い込んだような、そんな気がした。


そう、そう一人。


周りには誰もいない。


これから人がやってくる予定は聞いていないし、そもそも知らないし分からない。


何せ同窓会の日程はまだまだ先の話だ。


近々と言いつつ、取り壊しの工事が始まるのは数ヶ月も後の話だ。


…………。


誰もいない、取り残されたような学校の敷地内を散策する。


不用心な土地柄でも、さすがに校舎などはしっかりと施錠されていたので、本当に適当に歩き回るだけ。


学校の敷地、それも小学校のとなればそんなに広くはない。


ぐるっとフェンス越しに外周を歩くだけでも20分もいらない。


ゆっくりと歩いていても30分もしないで校舎周りは見て回れてしまった。


校舎も、校庭も、遊具も、花壇も、小さな倉庫も、何もかも。


懐かしいな、そう言えばこんなのもあったなという感想以上の何も出てこない。


懐かしむ事はできるが、感慨深くはない。


思い出はあるが、そこまで感動するほどでもない。


色褪せてしまったのは記憶にある思い出か、はたまた己の感受性か。


来て見れば、さほどでもなし富士の山、だったか。


……少し違うか。


さて、来たばかりと言っていいが、やることが無くなってしまった。


やはりこう言うのは一人で来るものではない。


踵を返して、同じ道を辿って、家に帰ろうか。


…………。


ふと、記憶の片隅に触れた気がした。


それは暑さから木陰へと避難した時だった。


場所は校舎とプールの間にある渡り廊下から少し外れた、雑木林。


この奥に、そう、何かがあった。


子供の頃の記憶。


断片的な思い出を頼りに雑木林を進む。


そこにあったのは小さなプレハブ小屋。


ここが目的地?


いいや、違う。


脇道にそれる。


そこには小さな獣道のような道があって、その突き当たり。


そこにあった。


いいや、あったはず。


ちょうど木々の枝に囲まれて、周りから見えなくなっている場所。


大人となった今は入りにくいが、身をかがめて、しゃがむような姿勢でそこに入る。


何もない。


そこはただ、木々に囲まれただけの空間。


しかし、校舎やら何やらには感じなかった感動が込み上げてくるのを感じた。


建物があふわけではない。


他と違った何かが置かれているわけでもない。


けれど、これが、こここそが、わざわざ出向いてまで来たかった思い出の場所だった。


…………。


何年も前の思い出。


みんなで落ちている物や家にある物を寄せ集めて秘密基地を作るのが流行っていた。


作っては大人に見つかり、時にゴミとして片付けられ、時にバレたから自分たちで立ち去っては新しい秘密基地を作るを繰り返す、ただそれだけの遊び。


何をするでもなく、ガラクタで作った雨風も防げないような空間で、体のあちこちを外にはみ出させながら、下らないことをお喋りしていた。


そんな何か面白いエピソードがあったわけでもない記憶。


長くても半月、短ければ完成する事なく消えていた秘密基地。


ここはそんな秘密基地の一つだった。


何も特別な事はなかった。


何か思い出に残るものもなかった。


今ここに何もないように、作っては片付けられる秘密基地の一つでしかなかったが、学校に作った秘密基地はこの場所の一つだけだった。


こんな何もない、どこにもない、思い出すこともなかった記憶のために、わざわざ来たのだと分かった。


ただ、それだけだ。


…………。


どれだけそこにしゃがんでいただろう。


思い出すほどの思い出はなかった。


ただこの場所だけは覚えていた。


当時あった秘密基地の残骸は何一つとして残ってはいなかった。


帰ろう。


ゆっくりと後ずさるように、しゃがんだまま後ろに下がる。


ふと、足元の感触が違うことに気がついた。


見れば、それは土から少しだけのぞいてるシートの端だった。


枯葉が積み重なり、腐葉土となって覆い隠す。


それでもそこにシートはあった。


なんとなく、このためだけにここに来たんだなと思った。

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