寿司を捧げよ

第4話

「あの、森田さん……でしょうか?」


この透き通るような声――女性客か⁉

整理中の棚に文庫本を置き、俺は精一杯顔面を作って振り返った。


「はい、森田ですが何か?」


そこに居たのは若い猫系の女性だった。

どうしよう、完全に俺のタイプとマッチングしている。


「あ、突然すみません、私……溝口といいます」

「はあ、溝口さん、ご丁寧にどうも」


意識すればする程、そっけなくしてしまうのは俺がDTだからだろうか?

まったく、我ながら25にもなって情けない。

弱気になるな! 笑顔だ笑顔、人間の印象は笑顔で九割は改善できるとどこかで見たぞ!

俺は必死に口角を上げるように意識する。


「僕に何か御用でしょうか?」


精一杯の笑みを向けると、溝口さんが一拍間を置いて切り出した。


「森田さんはエルフの方とお知り合いだとか……」


はぁ……一気に気持ちが萎えるわ。

さっきまでの高揚感はどこに行った?

全身が重い、帰りたい、早退したい、働きたくない。


「まあ、知り合いと言えば知り合いですが」

「実は、その、おりちゃんから紹介してもらって……森田さんに言えば大丈夫だからって」

「は?」


何だその紹介制。

おりちゃんって折笠さんか⁉


「す、すみません、ご迷惑でしたよね?」


上目遣いとか卑怯だぞ……。

でも、どうせこの子も彼氏いるんだろうな、けっ。


「何かお困りでしたら彼氏さんに相談されるとか……」

「……そういう人がいればいいんですけどね。すみませんでしたお仕事中に、じゃあこれで――」


俺は喰い気味に溝口さんの言葉にかぶせた。


「何があったんですか⁉ 僕で良ければ力になります!」



 * * *



「こ、ここにエルフさんが?」


溝口さんの引きつった顔を見る限り、どうも我が家をお気に召していないらしい。

うーん、ちゃんとリフォームしてあるし、水回りも間取りも悪くないんだがなぁ。


「流行の古民家風ってやつです、家賃も安いですから」

「そう……なんですね」

「まあ、どうぞどうぞ」

「はい、ではお邪魔いたします」


我が家に若い女性が出入りするようになるとは感慨深い。(まだ二人目だが)

茶菓子でも用意しておくべきだなと考えつつ、居間の戸を開けた。


「おーい、シル……フィ……⁉」


――部屋の中央に設置された巨大なビニールプール。

その中でアヒル柄の浮き輪に乗り、ぷかぷかと水面を漂うシルフィが居た。


「き、きさま……誰が家の中でプールに入れと言ったぁーーーっ!」

「何だ森田、お前はいつも騒々しいな……」


ポニーテールのシルフィが迷惑そうに俺を睨む。


「てか、このプールどうしたんだよ! 何だこのデカさ、アメリカか⁉ 見てるとイラつくデカさだな、おい!」

「落ち着け……ったく。いいか、日本には四季というものがある。そして、今は『夏』のターンだ。夏は他の季節に比べて気温が高く暑い。特に日本の夏は湿度もあるからな、プールは言わば私が自衛用に用意した清涼結界というわけだ、どうだ? お前も入るか?」

「言いたいことはそれだけか?」

「も、森田さん、落ち着いてください!」


溝口さんのか細い手で腕をそっと掴まれて、俺は我に返った。


「すみません……取り乱してしまって」

「いえ、お気持ちはお察しします、あの、こんな状況で言いにくいんですが……ご紹介していただいても宜しいですか?」

「あ、はい。おい、ク○エルフ、お前に客だ」


シルフィはやれやれと大袈裟にため息を吐く。

そして、面倒くさそうにアヒルの浮き輪から降りると、ざぶざぶと水の中を歩き、濡れたままプールから居間に出た。


どこで買ったのか、ビキニ姿である。

普通の男なら目を奪われるのだろうが、俺には既に耐性がある。

ゆさゆさと揺れる胸よりも、こいつが垂らす水滴の方が気になって仕方が無い。


「ちょ、拭けよ! ラグがびしょびしょになってんだろ!」

「知らんのか、水は揮発きはつするのだぞ? これだから無知勢は……」


駄目だ、こいつを相手にしてると体がもたん。


「溝口さん、こいつがエルフのシルフィです、どうぞ相談でも何でもしてやってください」

「ありがとうございます!」

「おい森田、何だ、この女は?」


俺はシルフィをシカトして茶を淹れに台所へ向かう。

キッチンカウンター越しに二人の様子を伺いつつ茶を淹れる。


「は、初めまして、溝口といいます。噂通り、いえ、それ以上……本当にお綺麗ですね、この世のものとは思えません」


溝口さんは潤んだ瞳でシルフィを見つめている。


「ふん、わかりきったことを……何の用だ? 今週はイベントが多くて忙しい、奈落の牙の長としてメンバーのスケジュール調整もしなければならんのでな」


ケツに食い込んだ水着を直しながらシルフィがソファにボスッと身を預けた。

あいつ……体拭いてねぇ!


「実はシルフィさんに……を見ていただけないかと思いまして」


「「家?」」


俺とシルフィは同時に声を上げた。


「ああ、すみません、お茶どうぞ」


テーブルに茶を置き、俺は溝口さんに座る場所を用意した。


「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」


溝口さんは、小さく会釈をして腰を下ろす。


「それで、家を見て欲しいというのはどういう意味なんですか?」

「はい、実は……私の家、幽霊が出るんです」


「ゆう、れい……?」

「ゴースト系には物理は効かん、殺るなら同じゴースト系を使え。それが定石セオリーというものだ」

「お前は黙ってろ」

「何ぃ⁉ せっかくわれが叡智を授けてやっていると言うのに!」


シルフィをスルーして、俺は溝口さんに訊ねた。


「幽霊って心霊現象ってことですよね? それならこんな役に立たないエルフより、お祓いを頼まれた方が良いのでは……」

「いえ、その……どうしてもシルフィさんに見ていただきたくて」

「……」


溝口さんはモジモジと両指先を絡ませながら顔を赤らめている。


どういうことよ?

これじゃ、まるで恋する乙女じゃん……。


と、その時、ソファにゴロンと横になったシルフィが言った。


「森田ぁー、プールしまっといてくれー」

「……本気で言ってんの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る