勇者パーティーの新天地

青水

勇者パーティーの新天地

 長きにわたる俺たちの旅が今ようやく終わろうとしている。

 俺たちの前に立ちはだかる強大な敵――魔王サタニスは、満身創痍で今にも倒れそうだ。しかし、それは俺たちも同じだ。勝つか負けるかの瀬戸際。決して油断慢心はせず、気力を振り絞って最後の攻撃に出る。


「――〈スピリット・プロテクション〉」


 聖女イリスが精霊の加護を付与してくれ、


「〈ファイアー・アロー〉〈アイス・シャワー〉〈サンダー・スネーク〉!」


 賢者シェルルが攻撃魔法を同時複数展開し、


「うおうりゃあああああああ――っ!」


 拳聖エイミが魔王の鎧を粉砕し、


「これで……終わりだあああああっ!」


 そして、俺――勇者エルドが、魔王に止めの一撃を放った。


 聖剣は魔を浄化する聖なる光を噴出させた。魔王を飲み込むほどの膨大な量だった。俺たちにとっては害のない柔らかで温かい光だが、奴にとっては自らをたやすく消し去ることができる絶望の光なのだ。


「おのれ、おのれおのれおのれ人族共があああああああ……」


 断末魔の叫びは段々と小さくなっていき、やがて消えた。

 光が消えた後、魔王の姿もまた消えていた。


「やった……のか?」


 俺が誰にともなく尋ねると、


「ええ。私たちの勝利だわ」


 イリスが冷静に答えた。

 その瞬間、俺は一気に力が抜けて、地面に仰向けに倒れこんだ。どっと疲れが押し寄せると同時に、達成感というか興奮に包まれる。


「ようやく、俺たちの旅が終わったんだな……」

「そうだね。長くて大変な道中だったけど……案外、楽しかったね」

「さ、早く王都に戻って王様から褒美貰うわよっ!」


 シェルルとエイミが俺の腕を掴んで、引っ張り起こしてくれた。

 情けないことに勇者の俺が一番疲れ切っている。三人の仲間たちに支えられて、俺は魔王城を後にした――。


 ◇


 俺たちはすぐに王都に戻った。

 てっきり歓迎のパレードでも催されるものだと思っていたのだが、街は案外静かだった。王都に到着してすぐに、俺たちは迎えの馬車に乗せられて王宮へと向かった。馬車の客車には俺たち四人だけ。御者の兵士は寡黙に馬を走らせている。


「パレードは後でやるのかしら?」


 エイミは窓から外の様子を眺めながら言った。


「僕たちが魔王を討伐したことが、まだ伝わってないのかな?」


 シェルルは首を傾げる。


「そうね……」


 イリスは伏し目がちに思案している。


「? どうしたんだ?」

「いえ……なんだか嫌な予感がするような……」

「嫌な予感?」

「いえ……気のせい、だと思うわ」


 俺を安心させるように、イリスは微笑んだ。

 しかし、どうも気にかかる。イリスの『嫌な予感』というのは、昔から大抵的中するのだ。それは、『聖女』の彼女が生まれたときから持つ鋭い直感。

 それだけではない。俺自身も――そして、おそらくエイミやシェルルも――また、嫌な予感が胸にわだかまっている。

 なんだろう……?


 もやもやした気分でいると、馬車が止まって御者に降りるようにと言われた。俺たちは馬車から降り、兵士の先導のもと、王宮をひたひた歩いた。王宮内ですれ違う人々は、俺たちに感謝の声をかけてくれたのだが、その声はどこか控えめのように感じられた。

 自分で言うのもなんだが、俺たちは魔王を倒した英雄なのだ。もっと感謝してくれてもいいと思うんだが……。はて?


「なんかさー、おかしくない?」


 エイミが声を潜めて尋ねてくる。


「おかしい」

「おかしいよね」

「おかしいわね」


 全員の意見が見事に一致する。

 だが、何がどうおかしいのかまではわからない。

 国王の待つ部屋の前に到着する。兵士が扉を開けると、俺たちは中に入った。奥の王座には国王が偉そうに座っていて、王妃や王子や王女といった王族の方々も勢ぞろい。ついでに、大貴族や大臣なんかもいる。

 俺たちは国王の御前で平伏した。


「よくぞ戻ってきた」


 国王が言った。何もしてないくせに偉そうだな。


「おぬしらが戻ってきたということは、魔王を討伐することに成功したわけだな?」

「はい。魔王サタニスはこの世界から消え去りました」

「そうか。ご苦労」


 形だけの軽い労いの言葉。


「あのっ……国王様」


 エイミがいささか緊張したように口を開いた。


「なんだ?」

「褒美のことなんですけど……」

「ああ、そうだな。魔王を倒したおぬしらには褒美をやらなくてはな」


 国王がすっと右手を挙げると、広い部屋の壁際にいた兵士たちが素早く駆けてきて、俺たちを四方から取り囲んだ。槍や剣といった武器の刃先をこちらに向けている。


「なっ……これはどういうことですかっ!?」

「おぬしらに魔王を討伐した褒美として、名誉の死を進呈しよう」


 国王は嘲笑いながら、冷えきった声でそう言った。


「はっ!? 冗談きついわよっ!」

「え? え? どういうこと?」

「……私たちを亡き者にして、手柄を横取りするつもりなのね」


 イリスの推測に、国王は頷いた。


「そういうことだ」

「どういうことだっ!?」


 俺は声を荒げた。


「魔王を倒した私たちは国民からすると英雄なわけ。英雄――それはつまり、尊崇の対象。この国の長たる王族の方々からすれば、私たちは自分たちの地位を脅かす目の上のたんこぶなのよ。だから、脅威となる前に排除しておこう、というわけ。そのついでに手柄を横取りして、王族の地位をさらに盤石にしようというつもりなのかしらね?」

「その通り」


 国王は満足げに頷いた。顔には醜い笑みが貼り付いている。


「貴様らはもう用済みなのだ! だから……死ねえっ!」


 国王が俺たちを殺すように命令を下す。

 俺たちはどうするか、アイコンタクトを取り合う。

 兵士を殺すか、殺さず逃走するか――。

 できれば殺しは避けたい。俺たちは勇者パーティーなんだ。兵士を殺せば、ただの人殺しに転落してしまう。

 なんとか逃げ出そうと動き出した瞬間――。


「お待ちください!」


 誰かが叫んだ。

 ――王女だった。

 確か国王は娘を溺愛していたはずだ。溺愛されるにふさわしい美人だ。国王は不承不承兵士を止めて「なんだ?」と娘に聞いた。


「彼らは魔王を討伐した英雄なんですよ。そのような方々を殺すなんて……とんでもないっ!」

「しかしだな、こいつらを今殺しておかなければ、後々我々を脅かすことになるかもしれぬぞ」

「そんなことにはなりません」

「ならないとどうして言える?」

「とにかく、ならないんですっ!」


 自分の意見に反対する王女に、国王はため息をついた。どうやって娘を納得させるか悩んでいるのだろう。


「お父様の行いは人道に反しています!」


 そこまで言った。

 兵士たちも国王の命令だから従っているものの、本心では俺たちを殺すことに賛同してなさそうだ。王女の言葉に揺らいでいる様子だ。

 やがて――。


「……仕方ない。こいつらを殺すのはやめよう」

「ありがとうございます」 


 王女は言った。


「その代わり、貴様らにはこの国から出て行ってもらう!」

「そんな……」

「これ以上は譲らぬぞ」


 ただ出て行くのではない。永久追放ということだろう。王国のために頑張ってきたというのに、その結果がこの仕打ちか……。


「わかりました」俺は頷いた。「俺たちは王国から出て行きます」

「そうか――」

「ただ、一つだけお願いがあります」

「なんだ?」

「聖剣をいただけませんか?」


 聖剣は選ばれし者にしか扱えない武器だ。そして、俺はその聖剣に選ばれたことによって勇者となった。俺にとって聖剣は相棒みたいな存在だ。

 国王はいくらか悩んでいたが、


「よかろう」


 と、言った。

 魔王は滅びたのだから、聖剣なぞもう必要ない、と考えたのだろう。俺もそう思う。だから、貰えないかと頼んだのだ。


「聖剣は勇者エルド、貴様にやろう」

「ありがとうございます」


 俺の礼を、国王は無視した。


「さあ、さっさと王国から出て行くのだっ! 言っておくが、永久追放処分だからな、二度と王国に足を踏み入れてはならぬぞ」


 それだけ言うと、もう俺たちに興味をなくしたようだ。

 俺たちは兵士たちに連れられて王宮を後にした。

 そうして、俺たちは王国から追放されたのだった――。


 ◇


 王国にいられない――追放された――俺たちは、隣国である共和国へと向かった。共和国では俺たち勇者パーティーの存在は知られていたが、顔や名前は知られてなかった。なので、俺たちはのんびりと気楽に生活することができた。


「はぁ、ほんっと最悪よね」エイミが愚痴る。「魔王を倒したのに褒美はもらえないし、殺されそうになるし……」

「王女様が助けてくれて助かったよね」シェルルは言った。「彼女がいなかったら、僕たちは今頃どうなっていたことか……」


 黙って殺される――なんて御免だから、もちろん抵抗はしただろう。その拍子に、誰かを殺してしまったら、国中に指名手配されていたかもしれない。

 ゾッとするな。


「私たち、これからどうやって生きていきましょう?」イリスは言った。

「まあ、俺たちに向いてるのは冒険者だろうな」

「そうよね。あたしたちだったら、すぐにS級パーティーになれるんじゃない?」

「でも、そんなに目立ったら、王国から何を言われるか……」


 シェルルは弱気だった。


「大丈夫だって。ここは共和国よ。王国の連中があたしたちに手出しするなんてできないわよっ!」

「よし。それじゃ、冒険者ギルドに行って、冒険者登録してくるか」


 その後、俺たちは冒険者としてすぐに名をあげていった。あっという間にS級へと登り詰め、俺たちの名は共和国中に轟いた。


 ◇


 一方その頃、王国では――。


「なんだとっ!? 魔王が復活しただとっ!?」


 国王は部下から『魔王が復活を果たした』という知らせを聞いた。詳しくはわからないが、その情報自体は間違いないとのこと。どのような経緯で復活をしたのかはわからないが、そんなことはどうでもよかった。

 大切なのは、『魔王が復活した』――そのことだけだ。


「クソッ! 勇者どもめ! 復活できないように殺しておけよっ!」 


 苛立ちからか、国王の口調がいつもよりさらに荒っぽい。

 魔王が復活したことも問題なのだが、一番問題なのはその復活した魔王が王国の侵略を企てていることだ。

 王国と魔国は互いに領土を狙い合っていた。どうやら、魔国は世界征服を企んでいるわけではなく、王国のみを欲しているという噂だ。初めにちょっかいをかけてきたのは王国で、その王国が鬱陶しかったのだろう。


「どうするどうする……?」


 魔王を殺すためには聖剣が必要で、しかしその聖剣は勇者エルドにあげてしまった。仮に聖剣があったところで、この国には聖剣を扱えるような人間はいない。

 とすると――。


「なんとかして、勇者パーティーを連れ戻すしかない」

「ですが、彼らは今共和国にいるのですよ?」大臣は言った。

「そんなことはわかっている。誰か使いを共和国に送ろう」

「……誰をですか?」

「そうだな……」


 国王が良さそうな人材について考えていると――。

 すっと王女が手を挙げた。


「私が行きますっ!」

「駄目だ」

「いえ、私が行きますっ!」


 王女はひかなかった。

 勇者パーティーを連れ戻すためには、ある程度地位のある人物を使いにやったほうがいいとは思う。王女は、国王が勇者パーティーを殺そうとしたときに、それに反対した。だから、彼らから反感を買ってはいないだろう。むしろ、王女には感謝しているはずだ。その王女から『どうか王国に戻ってきてほしい』と言われたら?

 ――きっと戻ってくるに違いない。


「……よかろう」

「ありがとうございますっ!」


 王女はすぐに幾人かの護衛を連れて、共和国へと旅立った。


 ――がしかし。

 いつまで経っても王女は戻ってこなかった。


 痺れを切らした国王がさらなる使いを送ろうとしたとき、最悪のニュースが彼の耳に入ってきた。


「魔国が攻めてきました」

「なにっ!?」

「こちらも軍を出して応戦していますが……あまりもちそうにありません」

「……」


 国王は深くため息をついた。

 王国は自分の国だ。国を見捨てて逃げれば、自分は一国の王ではなくなってしまう。それだけは避けたい。


「私自ら勇者パーティーの元へと向かおう」

「国王様がっ!?」

「そうしなければ、奴らは王国に戻ってくるまい。それに、娘のことも気がかりだしな……」


 というわけで、国王は兵士を引き連れて共和国へと向かったのだった。


 ◇


 数か月前。

 俺たちのパーティーに仲間が加わった。


 王女――いや、元王女セシリアだ。彼女は俺たちを王国に呼び戻すために共和国へとやってきたらしい。――というのは表向きで、実際は王国から逃げ出したかったのだとか。護衛を途中で撒いて、一人で俺たちのパーティーハウスへとやってきて、「私をパーティーに入れてください」と言ったのだ。


 断るのも何だったので了承した。

 セシリアは回復魔法が得意で、聖女のイリスと役割がいささか被っているような気もしないでもないが、回復役が二人いるのは心強い。

 冒険者ギルドに登録されたパーティーの内、S級パーティーは五つ存在するが、俺たちは史上初めてのSS級パーティーとなった。


 SS級パーティーとしての最初の仕事をこなしてパーティーハウスに帰還すると、なんと国王が護衛と共に門の前にいるではないか。


「お父様……」

「セシリア、お前……勇者パーティーの仲間になったのかっ!?」


 娘に掴みかかろうとした国王を、俺は止めた。


「この裏切り――いや」


 震える声をむりやり落ち着かせると、国王は話を切り出した。


「なあ、お前たち。王国に戻ってこないか?」


 魔王が復活したことはセシリアから聞いている。復活しないように殺すことができなかった俺たちにその責任はある。だがしかし、俺たちはもう王国の人間ではない。それに、聞くところによると、魔王は世界征服を企んでいるわけではないらしい。王国のみを欲しているのならば、俺としては別に構わない。

 魔王が超がつくほど善良だとは思わないが、かといって国王もなかなか残忍な人間だ。国の長が国王から魔王にすげ変わったところで、悲しいことにさほど変わらない。

 だから――。


「いまさら『戻ってきてくれ』なんて言われましてもね……」


 俺がそう言うと、国王は怒鳴り散らした。罵詈雑言のオンパレードだ。とてもではないが、醜くて聞いていられない。


「もういいっ! 貴様らのような奴らには頼らん! セシリア、お前ももう赤の他人だ!」


 顔を真っ赤にして吐き捨てると、国王は護衛を引き連れてどこかへと去っていった。


 ◇


 その後、王国は魔国に侵略されて滅びた。

 国王がどうなったのかはわからない。処刑されたのか、どこかに逃げたのか……。しかし、生きていたとしても、幸せな生活を送れているとはとても思えない。

 元王国は国王が統治していたときよりも、ほんの少しだけ治安が良くなったらしい。魔王が長になったほうが良い暮らしができるなんて、国王はよほど無能であくどい人間だったに違いない。


 俺たちはSS級パーティーのさらに上――SSS級パーティーに昇格した。共和国のみならず、世界中にその名を轟かすパーティーとなったのだ。

 今日も俺たちは難関クエストを五人でこなす。

 もしも、魔王が世界征服を企んでいるようだったら、今度こそ俺たちが奴を滅殺する。しかし、今のところはそういった様子は見られない。


 世界はそれなりに平和だ。

 この平和が続く限り、俺が勇者に戻ることはないだろう――。



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勇者パーティーの新天地 青水 @Aomizu

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