特別編・その後
美澄さんの楽しみ[美澄]
去年よりも楽しかった修学旅行。それはきっと、西ノ宮さんと東条さんの二人を間近で見守ることが出来たからだ。
いつも二人は西ノ宮さんの家で過ごすことが多い。私はそれを、できれば二人の邪魔をしないように垣間見たいのだけど、私がいる時点で二人きりではなくなってしまう。それが嫌で、二人が誘ってくれた時もあるけれど断っていた。
私は自分自身がどういう人物に好意を持つのか分かっていない。ただ、女性同士が仲良く……もっと言えばイチャイチャしているのを眺めるのが好き。
だから、西ノ宮さんと東条さんの二人を見守るのは私にとって至福の時なのだ。
「美澄さん、もしかして私が引っ越しについて聞いた時から色々察してたりする?」
晴れて恋人になったらしい二人を祝福していると、東条さんが何気なく聞いてくる。
「まあ、はい……普通にこの時期の引っ越しなんて珍し過ぎますし、東条さんにも私にも何も言わずに……なんて、ないと思ったんです。だから、大方予想はついていました」
「確かに……」
良い結果になったから良かったものの、西ノ宮さんに聞いてからも東条さんに黙っていたわけだから、ここは謝るべきだ。
「違うんだろうなって分かってて東条さんに何も言わなくてすみません。勘違いしたままの方が良い方向に物事が運びそうだなと思ったので、そのままにしてしまいました」
「いやいや、気になって聞いただけだから謝らなくて大丈夫。それに、元々美澄さんに背中を押してもらったから言おうって決心できたわけで……だから、ありがとう美澄さん」
東条さんは本当に心から思っていることしか言わない、素直な人だ。表情や行動にも思っているだろうことが、いつも如実に表れているし。
だからか、ありがとうと言われて余計に嬉しかった。二人の関係の進展に大きく関われたことだし、誇らしくも感じる。
西ノ宮さんが音信不通になってしまうあの日も、私がそれとなく情報を言っただけで東条さんはすぐに飛び出していった。
「それにしても……東条さん、西ノ宮さんのことになると本当に周りが見えなくなりますよね」
「そ、そうなのかな」
「そうですよ。それだけ、西ノ宮さんのことを大切に思っているんだなって伝わってきます」
西ノ宮さんの方を見ると、明らかに嬉しそうな表情になっている。決して表には出さないけれど、私は心の中で頬が緩みっぱなしだった。
普段あまり表情を変えることがない西ノ宮さんが、東条さんのことになると笑顔になりやすい。それはきっと二人の関係が良いからこそで、その瞬間を見る度嬉しく思う。
「では、私はこれで。この後、用事があるんです」
「またね、美澄」
「美澄さん、またね」
二人に手を振り返してから、足取り軽く校舎を出る。
これから、私は本屋に大事な用事があった。今日は私が好きなシリーズの新刊が出る日。女性同士の焦れったい関係性を描いた日常漫画だ。
楽しみなせいかあっという間に本屋に着き、目当ての本棚の前に立つと深呼吸する。それから手に取って表紙を眺めていると、急に話しかけられた。
「あの、あなたもこのシリーズ好きなんですか?」
声の主を見ると、近くの高校の制服を着た女の子だった。
「は、はい……」
私がほんの少しだけ警戒しながら返事をすると、彼女ははっとした様子ですぐに頭を下げる。
「あっ、すみません!周りで同じ趣味の人いなくて……それで、歳が近そうだし制服もお兄ちゃんの彼女が通っている高校のだったんで、つい話しかけちゃいました」
本当に申し訳なさそうにする彼女に、私の中にあった小さな警戒心は一瞬にして無くなった。多分……いや、絶対良い人なのだろうと思う。
「いえ、実は私も同じ趣味の友達いないんです……友達自体少ないんですけど。だから、声かけてもらって有り難いです」
「わー良かったー!だったらあの、良かったら連絡先交換しませんか?……って、こんな初対面の人間から聞かれてもって感じですよね……」
スマホを手にして弾けるような笑顔の後、すぐにしゅんとした様子になる。表情がくるくる変わって可愛らしい。まだ数分ほどしか経っていないだろうに、既にいろんな表情を見させてもらった気がする。
「大丈夫ですよ。私、あまりこういうの慣れてないんで、どうぞ」
スマホを差し出すと、途端にぱっと嬉しそうな表情で私を見た。
「いいんですか!?なら……えっと、こうしてこうして……っと」
流れるような速さで操作を済ませると、あっという間に私のスマホが手元に戻ってきた。新しい友達の欄に恐らく彼女の名前が表示されている。ローマ字でsuzu。
「すずさん、であってますか?」
「はい、漢字だと鈴の音の鈴って書きます!美澄さん、よろしくです」
「よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をする鈴さんに私も同じように返す。
「今度、ゆっくり出来る場所で語りましょうよ!」
同じ趣味の人と出会えてよっぽど嬉しいのか、彼女の笑顔を見ていると犬が尻尾を振って嬉しそうにしているイメージ映像が浮かぶ。そんな私も、この偶然の出会いに少なからず今までと違うものを感じていた。
だからなのかもしれない。私は人生で初めて、面と向かって誰かにあの言葉を口にしようと思った。
「……私も初対面の人間から言われてもって感じのこと、言っても良いですか?」
「ふぇ……?あっ、はい、良いですよ!」
一瞬首を傾げたものの、すぐに元の調子で頷いてくれる。
「鈴さん、とても可愛いですね」
「え、えええ!?えっと、あの……」
一瞬ひかれたのではないかと思ったけれど、鈴さんの頬は赤くなっていた。さっきの私の素直な感想に照れてくれているみたいだ。
「すみません、変な意味じゃなくて小動物みたいで可愛らしいな……と思って。そのまま言ってみたんです」
「そ、そんなそんな、可愛いなんて何回も言わなくて良いです……照れちゃいます……」
手で顔を覆いながら言う鈴さんに、私は思わず微笑んでしまう。西ノ宮さん達の時は心の中だけで我慢できていたのに……不思議だ。
「今度、楽しみですね」
鈴さんが落ち着くのを待ってから話しかけると、すぐに笑顔が返ってくる。
「はい、すっごく楽しみにしてます!」
それから、まだしばらく他も見る予定だという鈴さんと別れると、一人レジに向かった。
いつも大事に抱えて行く本が、今日はもっと大切に感じる。鈴さんと感想を語り合う日が楽しみだ。
最近の私の楽しみは、本と西ノ宮さん達を見守ることぐらいだった。また一つ、楽しみが増えた。何よりも優先したい予定だ。この本の話をするときも、鈴さんの表情は、またくるくる変化するのだろうか。
想像しただけで可愛らしくて、私は帰り道で一人、笑みが溢れてしまうのだった。
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