修学旅行②

 休憩がてら甘味処で甘いものを思い切り食べると、また色々な場所を巡った。京都名物のお菓子や食べ物を食べたり、お土産を買ったり、舞妓体験している子達を見て自分たちもしたいと話していたけど結局しなかったり。

 明日は先生達が決めた必ず回らなければいけないお寺や歴史ある名所に行くから、それ以外をたくさん楽しんだ。因みにその間も、美澄さんはまるでカメラマンのように私と咲良の写真を撮り続けていた。

 あっという間に一日は過ぎ、消灯時間になるまで一つの部屋に八人が集まる。そのままのんびり話していると、不意に私と遥香ちゃんが同じ小学校に通っていたことが話題に上がった。


「えーっ、遥香と東条さん同じ小学校だったんだ!?」


 新木さんと草川さんは大袈裟なぐらいに驚いて私と遥香ちゃんを交互に見る。


「うん。途中で私が県外に引っ越すことになって転校しちゃったんだけど、それまでは同じクラスだったよ」


「すごくない?だって偶然だったんでしょ、遥香がここに来たの」


 新木さんはまるで自分のことのように興奮した様子で言う。


「偶然だけど……でも、嬉しかったな。菜瑠美ちゃんとまた同じクラスで」


 遥香ちゃんは新木さん達に向けていた視線を私に向けて、微笑んだ。


「私も。遥香ちゃんにまた会えて良かったよ」


 わだかまりも消えて、改めてちゃんと友達という関係になれたことを再確認できた気がして嬉しい。


「ね、東条さん。小学生の時の遥香ってどんな感じだった?今と変わらない?」


 草川さんに聞かれて、私は少し考えてしまう。小学生の頃から理想というフィルターを通して遥香ちゃんを見てきた私が言って良いことなのかどうか分からない。

 でもきっと、遥香ちゃん自身が変わったわけじゃないから、この答えで良いはずだ。


「変わってないよ。小学生の頃から、優しいところ全然変わってない」


「菜瑠美ちゃんだって優しかったよ!」


 早口で言い返されてしまったから、もしかしたら気に障ってしまったのかもしれないと思ったけれど、様子を窺えば遥香ちゃんは気恥ずかしそうにしていた。ほっと胸をなで下ろしていると、やがて話題は恋愛の話になっていく。

 草川さんがものすごい勢いで恋人の愚痴を話し出して呆気にとられていたら、何故か他の人の恋愛事情に話題が転じて私は少し焦った。自分に話が振られたら、何を話せば良いか分からない。

 新木さんが面倒そうに「私は、まあ普通かな」と流すと沙綾はさらっと私と雪穂ですらまだ聞いたことがないことを口にした。


「私は今、告白の返事を待ってるところかな」


 言った後、遥香ちゃんの方をちらっと見る。遥香ちゃんは少し顔を赤くした後、恥ずかしそうにうつむいた。新木さん達は気づいていないみたいだけど、もしかしなくてもその反応から察するに沙綾の告白した相手って――。

 そんなことを考えている間に、新木さんは咲良と美澄さんの方を見て言った。


「西ノ宮さんと美澄さんは?今好きな人とかいる?二人からももっと話聞きたい」


 私は聞きたいような聞きたくないような気持ちで咲良を見た。

 みんなの視線が咲良と美澄さんに集まる。固唾を呑んで見守っていると、美澄さんが勢いよく手を挙げて言った。


「私、今は推しペアを見守るだけで十分なんです」


 その言葉を聞いて、今日のバスを降りた後のことや他にも咲良と私が並ぶと必ずスマホのレンズを向けてきた美澄さんの様子が思い出される。推しペアとは、もしかしなくても私達のことなのかもしれない。

 その私の考えを決定づけるかのように美澄さんが私を見た。そして、何故かガッツポーズをする。


「えー、もったいない。美澄さん、絶対眼鏡外したら美人なのに」


 草川さんは、美澄さんから話を聞けなかったからか拗ねるような表情をして言った。しばらく納得いかなさそうにしていたけれど、すぐに切り替えて咲良の方を見る。


「じゃあ、西ノ宮さんはどう?」


 自分が聞かれたわけでもないのに心臓がどくんと跳ねる。咲良は少しの間をおいた後、言った。


「好きな人、いるよ」


「えー、意外。西ノ宮さんってそういうことに興味なさそうに見えてた」


 新木さんは目を丸くさせて驚いている。草川さんが興味津々と言った様子で咲良に質問する。


「西ノ宮さんが好きな人、どんな人?あ、答えたくなかったら別にいいよ」


「私を、雨から助けてくれた人」


 咲良と少し距離があるのに、やけにはっきりと……目の前で言われた感覚がして心臓の音がうるさくなる。咲良の方を見ることが出来ない。

 自惚れでなければ、雨から助けてくれた人って……。

 脳裏に咲良と初めて会った時のことと、雨の日咲良の家まで走ったあの日が思い浮かぶ。


「へ~。何か、ヒーローっぽいね」


「うん。私の、ヒーローだよ」


 自分のことだと仮定して聞いていると、段々身体が熱くなってきた。まだ確定したわけじゃないんだから自惚れるな、自分。そう自身に言い聞かせてポーカーフェイスを保つのに必死になっていると、草川さんの視線がこちらを向く。


「じゃ、東条さんは――」


 その時、丁度良いタイミングで新木さんが立ち上がる。


「あ!やばい……そろそろ先生に班全員います的な報告しに行かなくちゃだ」


 新木さんが代表して行ってくれて、消灯時間も近いから他のみんなはそれぞれ自分の部屋へ戻っていく。ここは私と沙綾と雪穂三人の部屋だけど、沙綾は何故か隣の部屋なのに遥香ちゃんを送っていくと言って出て行った。雪穂は自動販売機でお茶を買ってくるみたいで、部屋には私と座ったままの咲良だけが残る。

 二人きりになった途端、咲良は私の側に来て胸を手で押さえながら言った。


「菜瑠美。私、変かも」


「変?」


「遥香さんが、菜瑠美の小学校の頃の話、してたとき……なんか、この辺りがもやもや、した」


 不思議そうに首を傾げる咲良。


「それって――」


 それって、もしかして嫉妬……と続けようとして口をつぐむ。咲良自身分かっていないみたいだし、確信できない段階では言えない。


「私も、小学校の頃の菜瑠美、知りたかったのに……って。やっぱり、変……だよね」 


「変じゃないよ」


 今なら、言えるかもしれない。

 沙綾も雪穂も、まだ帰ってこないだろうし、むしろこの修学旅行中だと今しかチャンスはないのではないか。


「咲良、あのね……」


 一旦息をつくと、こちらを見た咲良と目が合う。咲良の瞳を見つめながら、心臓がうるさいほどに高鳴った。


「私、咲良のことが――」


言いかけたところで、いきなり扉が開く。


「菜瑠美、ドライヤー……って、ごめん……なんかお取り込み中だった?」


 沙綾は私達の様子を見て申し訳無さそうな表情で動きを止めた。


「い、いや別に何もないよ」


 言いながら慌てて咲良から離れると、咲良は分かりやすく悲しそうな表情をして胸が痛くなる。沙綾に聞こえないぐらいの小声で「また明日も側にいるから」と言えば、咲良はすぐに表情を明るくした。

 その後、私も隣の部屋へ咲良を送っていくと、扉を開ける前咲良はふと立ち止まって言う。


「菜瑠美。さっき、沙綾さんが来る前、何言おうとしてたの?」


「それは……また今度言うね」


 私が苦笑しながら言うと、咲良は不思議そうにしながら美澄さんの待つ部屋へ入っていった。

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