異世界レンカノ♂

衣江犬羽

この異世界でオレは、誰かの彼女になる。

「リオちゃん⋯⋯やっぱりキミを忘れられないんだよ! 一生幸せにするから⋯⋯だから、私と付き合ってくれよ!」

「ごめんなさい、仕事ですので⋯⋯」


 飲食店から出た後オレは告白され、それを即刻断った。

 相手はオークのおっさん。こいつと会うのは三回目だ。

 オレの二倍はあるデカい緑のハゲでデブ。

 同じオークの雌に振られた事がきっかけでオレをレンタルした。

 しかし今日のデートの終わりに時間外で告白してきた為、無事NGリスト報告。


 ホンットに何も判っとらん、結局お前が満たされたいだけじゃねえか⋯⋯そら振られるわな。それにオレがレンカノだって自覚全然ねえだろあのハゲデブ。


 つーかレンカノだから会えてる前提なのに、脈なんて存在しないってのは分からないもんかね⋯⋯。


 心の中で散々毒を吐き散らしながら、事務所兼オレの家に帰った。


 この仕事を終えたら、後は次の週まで休むだけ。

 週が明けたら仕事を取る為に端末を確認、オレを借りたい奴に連絡が来ていればそれを受けて、条件に合った服装やメイクをし、その日オレはその男の彼女になる。


 そういうサイクルの元で、オレはこの異世界を生きる事にした。

 そう、異世界に来てから女の子になったオレは、レンタル彼女として働くことで、日々を過ごしている。


     ✳︎

 始まりはもちろん現実世界から。


 小林れお、二十六歳。社会の歯車として稼働するだけのサラリーマン男性。

 顔立ちは職場の中だと中の下、これといった特徴も無しの男、それがオレの元の姿。


 異世界転生のきっかけは上司に付き合わされた三件目の飲みの後。

 吐き気に耐えられず飲み屋を離れ、一人でゲロゲロと吐いていたオレの目の前にロリババアと思わしき半裸の自称神様が現れて、こいつがオレを勇者として異世界に送ったんだ。


「あー、面倒だからお前にするぞ」


「向こうで会う事があったら絶対に殴っておろろろろ!!!!」と吐き叫びながら、オレは無事異世界へと放り出される形で転生した。


 でも転生した時には既に、オレの下にある物が無くて、上には無い物が付いていた。


 身長も縮んでて、髪も金髪サラサラのロングヘア。

 声を発する度に、自分でも可愛いと感じてしまう、美少女の声。

 訳もわからず街を歩けば、汚そうな男がオレに色目を送ってくる。


 それに勇者という名目で転生したのに、恩恵も無ければ誰一人としてオレを知る奴らは居なかった。

 そうしてオレは迷子になり涙目になっていると、見兼ねたのかまたオレの前に半裸ロリババア神が姿を表した。


「すまん、色々手違いが起きてお前を女にしてしまった、ぺろっ」

 二発たんこぶを作った後、オレはこの女の子の姿だけは気に入ってたから、取り敢えず勇者の資格だけは取って欲しいとお願いし、それを叶えてもらった。


 そんなこんなな事情があったが、晴れてオレは美少女の姿で、この異世界を満喫する事が⋯⋯。


 叶わなかった。

 この異世界ライフを堪能するにしても、まず冒険者ですら無い、親族も居ない、家も無い。

 美少女の身体しか残ってないしそしてなにより──

 

 お金が無い! 

 金! 金が無ければ行動も起こせない! 

 とうとうオレはまた路頭に迷い込んでしまい、空腹にも耐え切れず、最終的に街の片隅で気絶。


 異世界美少女ライフ初日を、そこで終えてしまう形になった。


 そして、目が覚めた時には怪しい部屋の、怪しいベッドの上。

 更に何故か全裸だった。


 照明も匂いもエロく感じるその部屋の中、オレが一心不乱に服を探していると、今度はガタイの良いおばさんが勢い良く部屋に入ってきたんだ。


 ガタイの良いおばさんは慌てて布団にくるまって困惑しているオレに対して開口一番、書類を片手に言い放ったんだ。


「お前には『女』が足りていない!」

「⋯⋯へっ?」

 

 帰りたい気持ちを我慢しながらおばさんの話を聞いてみると、まあ要はレンタル彼女として働いてくれって事だった。

 

 なんでオレがそんな事⋯⋯と思ったけど、このまま帰っても身寄りも無いし、良い機会だし女の子の気持ちを味わってみるのも悪くないよなとも思ったから、オレは書類にサインをし、レンタル彼女、レンカノの一員となった。


 路頭に迷って死ぬくらいなら、オレは『女』として足掻いて見せてやる!

 

 それから一年、元男のオレは女として一週間に一回、異世界の男共の彼女になり続けた、という事である。


     ✳︎


 オークの男のレンタルから一週間後。


 今回の男は人間と変わんないノーマルな種族。

 端末に記載された情報をいつも通り確認すると、


 年齢は二〇代。

 希望時間は三時間。

 要望は、妹のような可愛らしい容姿でデートしてみたいです。との事。


 これらの情報をインプットした上で、オレは身なりを客の要望に沿った見た目にしていく。

 妹系だったら⋯⋯現実ならツインテは受けるけど、流石に攻め過ぎ。

 シンプルにストレートで、服は可愛らしくフリルやガーリーテイストなのが、異世界でもちゃんと通用する。スカート丈は短めで、これは攻めていくか。


 無論メイクにも手は抜かない。仕事である以上変幻自在であるべし、だ。

 

 しっかりと準備を整えたら、相手の指定した待ち合わせ場所まで行く。


 既に相手の男がそこで待っていたら、

「ごめんなさーい! お待たせしてしまいましたか? 初めましてコルトスさんっ、私がリオです⋯⋯っ! 今日はよろしくっ」

 めちゃくちゃ時間通りだけど、相手が先に来ていたならこの反応をしておくのが良い。

「あ、き、君がリオちゃん? 可愛い⋯⋯。ううん、全然大丈夫だよ。今日はよろしくね、リオちゃんっ」

 一緒になったら、後は客の予定に従いながら、オレのリサーチで得た情報を元にデートをする。


 それと、迷いなくオレから手を握ってやるのも忘れない。その時の嬉しそうな笑顔も絶やさない。

 身体も密着気味で、初対面で起こるパーソナルスペース維持現象が起きる前に、初手で一発グンッと縮めさせる。


 もちろん客によって態度も変えるが、この男ならそれが通用しそうだな。

「希望を書いといて良かったよ〜、理想に近くて、ハハッ⋯⋯なんだか、アガッちゃうな⋯⋯」

「えへへ、ありがとうございますっ」

 それにしても⋯⋯うーん、端正な顔、ルックスも悪くない。ファッションも男目線から判断して、悪くないな。

 良い匂いもするし肌も綺麗、腕もガッシリしてる。靴も新品を履いているのが見て取れる。

「あ、あんまり見つめられると⋯⋯照れちゃうよ、リオちゃん」

 悪くねえな⋯⋯外側はイケメンじゃん。まあレンカノしてるんだけどなこいつ。

「えへへ⋯⋯コルトスさん、見た目よりも筋肉質だから、ついっ」


 いつも通り今回は三時間、客とデートを楽しんだ。

「ど、どう、かな? このお店、外見は可愛いし、料理も美味しいのか食べられるんだよ」

「わーっ! 可愛いお店っ! 絶対料理も可愛いよねー!」

 二週間前に来たなあ、ここ。


「いつも一人だったから、こうして二人でゲームで遊べるの、嬉しいな〜」

「うんっ! 私もコルトスさんとゲーム出来るの、すっごい嬉しい! 折角だから、もっと色んなのやってみよ? ね?」

 なんだかんだ、ここのゲーセンも全種類やっちまってるな⋯⋯。

 一年の重みを感じさせちゃ駄目だ、手加減して客を勝たせてやらないとな。


 この後も複数の店を巡ったり、食べ歩いたりして、三時間が経過した。

「あっ、もうこんな時間⋯⋯。コルトスさんともっと、お話したかったですぅ」

「ほ、ほんとう!? じゃ、じゃあまた次、レンタルしても、良いかな⋯⋯?」

「もっちろん! コルトスさんとまた出会えるなんて、とっても素敵!」


 これだけは本音。リピートを増やす事がなにより大事だからだ。

 収入も安定するし、オレも『女』として磨きが掛かる。

 ただしリピートを重ねるにつれ、男って奴は、隠していた牙を徐々に表していく。

 先週のオークみたいに実際に関係を持ちたいと言ってくる奴が、実は大半。

 

 いつも店を通して会う奴も、急にホテルでの待ち合わせを指定してきたり⋯⋯。

 どこかの商会の偉そうな爺さんに借りられた時は、二人きりになった瞬間唇を奪おうとしてきた。


 レンカノを頼む男ってのは結構、ゲスい奴が多い。

 だからたとえ身綺麗なイケメンであっても、それは変わらない。

 身分上あんまり考えちゃいけないが、こうまで繰り返しそんなケースに出くわすと、目の前のこいつも実は⋯⋯とつい勘ぐってしまう。


     ✳︎


 今日のレンカノはこれでおしまい。非常にシンプルだったな、上出来だろう。


 事務所に戻りがてら、さっそく端末から今日の報告を──

 ん? 端末に新しい通知が来てる。

 

 そのレンタル依頼を見て、オレは驚いた。


 レンタル相手は、なんと女性。

 内容を見るに、これは同性を好む人からのレンタル依頼。


 女からなんて初だ⋯⋯オレに⋯⋯オレに出来るのか? 務まるのか? 本物の『女』の相手⋯⋯っ!?

 

 

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異世界レンカノ♂ 衣江犬羽 @koromoe_inuha

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