はじまり

 いつもと変わらぬ放課後の風景……のようで、今日は少し、様子が違っているらしい。


 リオ、セラカ、シェーネル、マリの4人が任務を終えて学園に帰って来たのだが、門を通れない。


「なんの騒ぎだ?」


 リオが声を掛けると、騒然としていた人だかりがサッと避け、その中心にいた人物とのご対面となった。


「「あーーッ!!」」


 リオとセラカの大声もそのはず。退学処分を食らっておきながら学園に侵入し、マリを攫った非道な男、ゲーリー。何の目的か、再び学園を訪れていたらしい。


「お、お前! 何しに来やがった!」


「きゃあ!」


 この期に及んでまた仕返しでもしに来たのかと、咄嗟に警戒態勢をとるが、マリの悲鳴は恐怖とは少し声色が違う。


「け、怪我をしてる! 大丈夫!?」


 腹に深々と何かが刺さっており、庶民家庭でよく使われている一般的な包丁だった。


 しかもよく見てみれば、顔はユリナに制裁を受けた時よりも青痣が目立っているし、矢なんかも刺さっているし、どこかの家の料理を皿ごと頭から被っていて……。


「いやいやいや、怪我ってレベルじゃねーぞ。何があったんだ?」


「はわわわ、ヒール、ヒールを!」


「へへへ……」


 真っ青になりながらも回復魔法を施すマリに触れられ、ゲーリーは何故か顔を赤らめる。彼が唐突に差し出した一輪の花を目の前に、マリは疑問符を頭に浮かべながらゲーリーを見上げた。


「これは?」


「俺、謝ってきた。全部の家に。許してくれなかった家もあったけど」


 今まで危害を加えてきた生徒や市民の家々。もちろん、別の街へ行ってしまったシェーネルの友人のところにも謝罪し、許されなかった数だけその身に報復を受けた。


 そして最後に残ったのが、ここにいるシェーネルとマリという事だろう。


「やり直すことにしたんだ。本当にすまなかった」


 マリは嬉しそうに花を受け取り、後ろを振り返る。憑き物が落ちたかのように清々しい表情に嘘はないと確信していた。


「シェーネルちゃん」


「私は根に持つような小さい器じゃないわ」


 そう言って肩をすくめる、彼女なりの赦免だった。


「ただ言っておくけど、反省したからといって過去のやらかしが無かった事になるわけじゃないのよ。それを忘れない事ね」


 念を押されて僅かに怯んだようではあったが、「わ、わかった!」と。やり過ぎと思われるくらい背筋をピシッと正す姿に、思わずマリは笑い声が漏れてしまう。


「こんなに早く行動に移して謝ってまわるなんて、みんなが出来ることじゃないわ、誠実な人なのね。私、貴方を応援してる!」


 手を握られ、青痣だらけだった顔が一瞬で真っ赤になり、頭頂から蒸気が噴き出した。あぁ、あいつはマリの事が好きなんだなと確信したリオ。


 よく分からないがハッピーエンド的な雰囲気を察した野次馬たちが、拍手喝采で2人を見守る。だが、感極まったゲーリーがマリをお姫様抱っこし始めた瞬間、拍手のうち何割かがブーイングへと変わった。男子達の間でマリの人気は根強いらしく、ちゃっかりリオも加わっていた。


「てめー! 離れろよ!」


「まあまあ、いいじゃないのー! まるーく収まったって事で」


「まるで美女と野獣ね、案外お似合いかもしれないわ」


「そんなわけあるか!! 変なこと言うなよシェーネル!」


 喜怒哀楽の入り混じった喧騒には気付かず、高くなった視点にマリは無邪気にはしゃぐ。


 曇りのない晴天の青空は、心機一転のゲーリーの心を表しているかのようだった。





「中央区144-45と114-46の間の裏路地だそうだ。私達が昨夜通ったのもその辺りだな」


「既に死んでいたんですか?」


「首を掻き切られて即死。私もさっき見てきたが、血の海だった」


 汚職、横領、収賄を繰り返していたのが明るみになり、行方をくらましていた管理局副長のバリーが、変わり果てた姿で発見されたのは今朝のこと。

 校門でマリ達がわちゃわちゃしている頃、生徒会ではそんな悲惨な事件の報告が上がっていた。


「かなりの数の恨みを買っていただろうから、いつかはこうなると思っていたよ」


「もしかしたら昨夜は私達が気付けたかもしれないと思うと、素通りしてしまった事が悔やまれますね」


 常に柔らかな笑みを湛えているエアートも、この時ばかりは神妙な顔つきだ。


「まぁ、仕方ないですよ。あの辺は夜になると真っ暗ですから」


「そういえば、ミリカはあの夜、街灯が切れた路地の前で一瞬立ち止まったように見えたが。何か見てないか?」


 カレンの問いは確認の意味合いが強い。決して疑いを向けられているわけではないのに、ユリナは思わず、横にいるミリカを振り向いていた。


「……何も」


「そうか。まぁ時間が定かではないからな」


「あれだけの流血があれば匂いで気付くはずですし、あの時点ではまだ何も起こっていなかったのかもしれませんね」


 エアートがいつもの微笑みを取り戻し、席を立つ。給湯室に行くのかと思いきや、入口の扉を開けっ放してニコニコしながら何かを待ち始めた。


「ゲーリーはどうなりますか?」


 ユリナが聞いたのは、殺されたバリーが彼の父親だからだ。


「親を亡くした心痛は計り知れないが、一人立ちできる年齢に達しているし、生活が劇的に変わることはないだろう」


「ただいまーー!!!」


「ただ今戻りました!」


 ちょうどその時、西の森のハーピー退治に向かっていた一年生勢が帰ってくる。校門の前で心を入れ替えたゲーリーに会ったとの話を聞き、ミリカはこっそり、彼の父親が死んだことを「伝えたほうがいいかな?」と伺うが、ユリナもカレンも、「後でにしよう」と言った。


「射影オーブが完成してる!」


 セラカがまず飛びついたのが、今しがたミリカが完成させたばかりの魔導具だった。魔力の供給を受けたオーブは、自らふわりと宙に浮き、自立行動をとる。まるで自我が芽生えたようにあたりを見渡し、ヒトの姿を捉えると興味津々にまわりを飛び回った。


「ミリカちゃん凄い! 私達があんなに組み立てに苦戦していたのに、もう出来ちゃったの?」


「こう見えて私、ものづくり系は得意なんだ」


「洞窟を簡単に進んでいったかと思えば手先は器用だし、一体どんな方向性なんだよお前は」


 やがて二年生の2人も到着し、満を持して完成した射影オーブの性能は如何程かと全員が壁際に並び始める。


 マリヤ、ロークス、アーミアが生徒会室に入ると、瞳をキラキラさせた生徒達に引っ張られて撮影に参加させられた。


「先生! マリヤ先生こっち! 私の隣ね」


「カレン、そんなに興奮してどうしたの。貴女らしくない」


「ミリカのおかげで写真が撮れるようになったんですよ」


「ロークス先生も一緒に写りましょうよ!」


「断る。エーゼン、俺は馴れ合いをするつもりは……」


「エーゼンじゃなくてミリカって呼んでくださいよ。いいからいいから!」


「なっ、引っ張るな……!」


「私、写真なんてはじめてです! 私も入っちゃってもいいんでしょうか?」


「何言ってんだよ、当たり前だろアーミア」


 そうこうしているうちに、射影オーブのぎょろっとした目玉がパチッと瞬きをして、その風景を一枚の紙に閉じ込めた。


 直前で3名追加しようとしたものだから絵面はぐだぐだで、引っ張られたり、ぶつかってバランスを崩したり、それを見て笑ったり、ちゃっかり一人だけポーズを決めていたり。


 集合写真としては失敗作かもしれないが、彼等らしいといえばらしい。最初の一枚。


 この先も続いて行く人生の中で、ほんの数年。けれど大切な、かけがえのない学園での暮らし。


 そこで出会った仲間達との思い出。





 彼らの物語は、この一枚から始まったのだ。

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