いつでも、ひたむきに

 殆どの親族が名のある錚々たる一族において、自分だけは昔から出来損ないだった。頭も悪く機転も利かず、図体だけはデカい癖に戦闘の才能も無く、何の取り柄もない、人間の失敗作だと散々馬鹿にされて育ってきた。


 家族は自分をいないものとして扱ったが、一族のブランドに傷が付く事だけは許せなかったらしく、進学先は予め全て決められていた。


 生徒を世界へ送り出し貢献させるギルド学園は、厄介者を家から遠ざけるのには都合が良かった。自分の意見などは、聞いてもらえる筈もなかった。


「で? それで自分より弱い人達を虐げることで鬱憤を晴らしていたと」


「憎かったんだ……なんでお前らはって。金も権力も無い癖に楽しそうで、なんで俺だけがって……!」


 いつもの威勢はどこへやら。倉庫の隅に、伸びてしまった取り巻きの男達と一緒に座らされたゲーリーは俯き加減にそう答えた。その顔はボコボコに腫れあがっていて見るに堪えない。


 それもそのはず。一発だけでは許せなかったのか、馬乗りになって顔面を殴り続けるユリナを慌てて引き止めた。ハッとなってマリのもとへ駆け寄っていったが、あのユリナがマリを想ってここまで感情を露わにする様子を目の当たりにして、ミリカは一種の感銘すら覚えた。


「マリ~もう大丈夫だよ~。ごめんねー、あたしてっきり、迷子にでもなったのかと」


「頭と腹を殴られたのね。リオ、回復魔法をお願い」


「あぁ、じゃあ代わりに先生と先輩達を呼びに行ってくれ」


「わかった!」


 頷き、セラカは朝日色の頭を撫でてから倉庫を飛び出していった。同種族の彼女に対する眼差しは、姉が妹を見守るかのよう。


 しかし、もう助かったというのにマリはまだ嗚咽を漏らしながらガタガタと震えていて、それだけでこの男に対する憤りが最高潮に達するに充分だった。


「あなたの境遇は可哀想だと思うけれど、他人に危害を加えた時点で同情の余地なんてないから。甘えてるだけだからそれ」


 目の前で仁王立ちになっているミリカを、ゲーリーは怯えたような目つきで見上げた。腹から出る凛とした声は棘に覆われていた。


「自分が辛い思いをしてきたからって、他人には何をしてもいいの? というか、何ならあんたよりも辛い環境で生まれ育った人なんて沢山いるのに、みんな真っ当に、懸命に生きてるの。それなのにあんたは何? 一度でも明日の食べ物に困った日がある? 着る服を買えなくてひもじい思いをした事がある?」


 最初は悔しそうに、次に悲しそうに。やがてどこにもぶつけようのない感情を持て余し、徐々に表情から色が消えていった。そんなゲーリーと、なおも捲し立てるミリカを交互に見ていたマリは立ち上がった。


「結局、言い訳してるだけなのよ。親が家がって、環境や他人のせいにして逃げて」


「もういいの!」


 宥めるようにミリカの肩を掴んだ。縄は既にシェーネルに解いてもらった。


「……マリちゃん?」


「ありがとうミリカちゃん……ミリカちゃんの言ってることは正しい。けど、正しさだけじゃやりきれない時も、あると思うの」


 まだ恐怖は消えないが、勇気を振り絞ってそちらのほうへ歩み寄ると、ゲーリーは何も言わずマリを見上げてきた。


「あの……辛かった気持ち、解ります。他人の不幸が自分の苦しみを帳消しにしてくれるわけじゃないから。ただ、誰かにわかってほしかったんですよね」


 その言葉に、彼の顔は堪えきれない涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。もう、他種族に対する攻撃性や恨み、憎しみも感じられなかった。まるで憑き物が落ちたかのように。


「今までしてきた事は許されない事だと思うけれど、まだまだやり直せます。私達は種族は違えど、後悔して反省して、それを繰り返して解り合っていくものだと思うから」


「俺を……こんな、何の取り柄もない俺が、やり直せるはずがねぇ……!」


「取り柄はこれから見つけていくの」


 マリの小さな手が、ゲーリーの硬くて大きな手をとる。大丈夫、ありのままの貴方を受け入れてくれる人がきっといる。と、他の人が言えばただの薄っぺらい綺麗事にしか聞こえないのに、マリの言葉には一言一言が思いやりに満ちていた。


 全てを包み込む、一途な優しさ。


 それこそが彼女の真価なのだと悟った。


「あぁ、そうだ。貴方のその大きな体は、とてもいい所だと思う!」


 ぱっと輝いたマリの笑顔をみて、彼の瞳に光が戻った。

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