4章

屋上へ

 ユーファスが頼まれた書類を受け取って生徒会室に戻る途中、後ろから全速力で追ってきた後輩に追突されかねない勢いで呼び止められた。


「先輩!!!!」


「うおっ、エーゼン?」


「マリちゃん見ませんでしたか!?」


 ミリカとユリナが訪ねた教員室にマリヤはおらず、彼女を探して歩いていると尋常ではない様子のリオ達と再会したのだが、いくら探してもマリの姿がないのだという。


 生徒会室にも行ってないそうだ。


「いや、俺も見てないな……でも、なにもそこまで慌てなくても」


「ゲーリーの取り巻き達が学園から姿を消してなければ、私もただの迷子だと思ったんですけど」


「それは流石に考え過ぎじゃないか? あいつは退学処分になっただろ?」


 ユリナが状況を説明する。


「ロークス先生が、退学してからの彼の動向を監視してたんです。でも、昨日から行方が分からなくなったと」


「それで、取り巻きの一人が校内でうろついてるのをカレン先輩が見つけてくれて、とっ捕まえて問い詰めたんです、そしたら」


 早い話が逆恨みだ。一番気の弱そうで攫いやすいマリを狙って憂さ晴らしをしようとする、そのやり口の汚さには心底吐き気がする。


 男はカレンとシェーネルによる拷問スレスレのお灸を据えるとあっさりその事を吐いた。だが、そいつは下っ端も下っ端で、どこに彼等がいるのかまでは知らないという。


「それは本当か?」


 ミリカは頷いた。


「もしかしたら外に連れ出されたのかも分からないですけど、とりあえず私達はこの学園で探してみます」


「分かった。俺はアルトと、学園周辺を探してみる」


 ミリカはユリナと頷き合い、来た方と反対方向へ駆けて行った。廊下を走ってはいけないというルールは、この緊急時においては目を瞑る事にする。……が、ひとつ思い出した事がある。


「あ、エーゼン!」


「……ッ、はいっ?」


 急ブレーキで、ややドリフトしながら止まったミリカが振り返る。


「あー……おでこ、大丈夫か? 随分いい音がしたけど」


「え? あぁ! あれくらい全然平気ですよ! 私、石頭なんで」


「そ、そうか。でも、あまり無理しないでくれ、後輩を守るのは俺の務めだ」


「あはっ、ありがとうございます」


 傷を確かめる為に前髪を掬い上げたユーファスの指先の感覚を思い出して、くすぐったい気持ちになった。今もこうして呼び止めてまで心配してくれるのだから、律義で思いやりのある人だと思う。


 再び走り出そうとして、「あっ」


「それから、私のことはエーゼンじゃなくて、ミリカでいいですよ、先輩っ」


 ウィンクを残して走り去る背中を、ユーファスは書類の束を抱えて立ち尽くしたまま「お、おう……」と、頬をやや赤く染めながら見送っていた。





「あ、セラカ! リオ! シェーネル!」


「いたか?」


「ううん、どこにもいない。先輩達は外を探してくれてるって」


 3人とも合流し学園中を探すが、この広い旧レイオーク城。どこに何の部屋があるのかさえ、入学して間もないミリカ達に把握は困難だった。


「人を攫ったゲーリーが行きそうな場所ってどこだろう?」


「わかるわけねーだろ!」


 しかしミリカにはその心当たりがあった。


「ねぇ、シェーネルが連れていかれそうになったとき、あいつ『屋上の小塔』って言ってなかった?」


「え、えぇ……」


「言ってたような……」


 ユリナもシェーネルも、ミリカに聞かれてはじめて思い出したのだ。よくそんな些細な一言まで覚えているものだと思った。


「けど、どの小塔だよ? 20はあるぜ」


「片っ端から潰していくしかないでしょ!」


 言い終わるが早いが、ミリカは駆け出した。


 もとは敵の奇襲から城を守るために建てられたという、小さな窓がくり抜かれただけの石造りの小さな塔。今では掃除道具を収納していたり、素行の悪い生徒がサボる際に使っていたりする事があるが、屋上にはそれが二十余り建っている。


 行手を阻む男達は皆、手に物騒なものを掲げており、下卑た笑いを溢しながら近付いてくる。


「どうするんだ? 学園内での戦闘は禁止」


「仕方ないわよね、先に喧嘩を売ってきたのは向こうだもの。これは正当防衛よ。《霹靂嵐テンペスト》!!」


 リオの言葉を遮り、シェーネルの詠唱が呼び起こしたのは場違いすぎる雷雨と暴風。屋上だけ天気が変わったかのよう。人に向かって使っていい魔法じゃないだろう、という突っ込みはもう遅い。


「いっくよー!」


「リオ、援護お願い」


 呆れるリオに合図をして、セラカが地面を蹴り、続いてユリナも駆け出した。


 リオが放った瑠璃鎧プロテクションが2人を追って弧を描いた。





 両手足を縛られ、自由を奪われた女生徒は怯え切った表情で目に涙を溜めている。


「こんな、見るからにグズで役立たずそうな獣人族が学園にいられるのに、俺が退学なんざ、ありえねぇんだよ」


 ゲーリーが余裕なさげに膝を小刻みに上下させながら、マリを睨み付けていた。木箱が無造作に積まれた埃臭い倉庫の床に転がされ、恐怖のあまり声も出せず、ただ震えているしかない小鳥のような存在は、余計にゲーリーを苛立たせた。


「あの目敏い連中、余計なもん見つけやがって……今時密輸なんざ誰でもやってんだ!」


 ガタッ と音を立てて立ち上がると同時に、マリの肩が大きくビクついた。


「ひっ……こ、来ないで……」


「ゲーリーさん。この女、チビだけど声はそそりますぜ」


 男がそう言うと、ゲーリーは醜い笑みを浮かべる。取り巻きの男達もケラケラと笑い、自分の身に迫る危機を悟ったマリは絶望した。


「そうこなくっちゃなぁ。獣人族なんていうバケモノでも女は女だ。済んだらお前らにも回してやるよ」


 男達の口笛と歓声が、無情にもゲーリーを煽る。じりじり近付いて来る大男から、自由の利かない手足で懸命に後退りながら、マリは彼の瞳にも絶望を見た気がした。


「いや……」


「せいぜい俺を……楽しませてくれよなぁ!?」


「いやあああ!!!」


 マリの服に手が掛かった瞬間、倉庫の扉が内側から蹴破られ、驚いたゲーリーが振り返る。


 雄叫びを上げながら振り上げられたユリナとセラカの拳が、ゲーリーの顔面に吸い込まれるように直撃していた。

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