幕間 腹黒撫子と謎メガネ

「驚きましたね」

 観客席からどよめきが聞こえる。

 私の――、天明てんめい愛恋あこの声も、そのどよめきの一部であった。

 今目の前で行われている対人魔術戦闘試合マギガムは、Fクラスの生徒同士の言ってしまえば底辺の争い。一方は、なぜか筆記0点という点数を叩き出したせいでFクラスになった、名家の娘。魔力分野主席の実力に嘘はなく、フィールドの地形を変えるほどの魔力放射ビームをバンバン撃つ。そんな芸当は異常ともいえるほどの魔力を以てしてのみ可能なことだろう。しかし問題は彼女ではない。その相手の黒ぶち眼鏡の男子生徒。

「あの東倭とうわ人、何者でしょうか……」

 東倭ノ国とうわのくにの代表たる天明家。国内にいる優秀な魔術師は、大体知っている。というかそもそも、同じくらいの年でノアスクシーに入学できるような術師は会ったことがある。そして、今ノアスクシーにいる東倭人は、私と東園寺とうおんじえびすだけのはず。

「彼もなんらかの事情があってFクラスである、と思ってよさそうですね」

 さっきの一瞬の攻防。観客席からは全て見えていたが、彼は幻影の構成に必要な力の大部分を、外力がいりょく展開てんかいと呼ばれるその方法は、自分の魔力で術式を使う内力ないりょく展開てんかいとは異なり、自身の魔力の消耗を抑えることができる。しかしそれだけに術式を組むことが難しい。それをあの早さで正確にやってのけた。ノアスクシーとはいえ3年生でも何割できるか。加えて、彼の扱う移動や跳躍、防壁術式バリアは無駄がない。まるで最適解を提示されているようだ。確実にFクラス生徒の実力ではない。なんなら、魔力ゴリ押しの戦い方をするマリア・アルクラインよりもずっと魔術師らしい。

「彼なら……」

 Λvisラヴィスに攫われた陽乃美ひのみを助ける計画の心強い味方になるかもしれない。

 淡い期待を抱きながら、試合を見つめる。

 2人はお互いに杖と剣を向け合い、硬直している。こうなったら、通常、先に動いた方が負ける。魔術の試合は基本的に後出しじゃんけんになりやすいからだ。相手の術式に対応して、打ち消す術式をぶつける――。そんな争いになりやすい。

 しかしこの2人の場合はその限りではない。

 先に動いたとしても、マリアさんは必殺の威力でビームを撃つ。あの距離なら外さないだろう。加えて、さっき見せたように、杖からではなく1から術式を組んで攻撃する手もある。逆に後手に回ったとしても、やはりあの距離は必中必殺。先ほどのように背後を取られたときに見せた動き。対応能力や勘は流石名家の娘。さらに、かなり不安定な体勢だったのにも関わらず狙いは正確だった。高威力のビームばかり撃っている影響か、体幹も強いようだ。

 だが、相手をしている彼も侮れない。観客席だから見えたが、どうやら彼の持っていた黒い杖は、黒い剣に変形するらしい。つまりあの剣は杖でもある。魔術を使うこともできるだろうし、剣として使うことも出来るだろう。ここまでの彼の走りやジャンプ、空中で狙われたときの身のこなしを見るに、肉弾戦もできるタイプの魔術師。その身体能力であれば、魔術を使うだけでなく、直接ターゲットに斬りかかることもできる。

 TVで見る対人魔術戦闘試合マギガムに負けないくらい、見ていて面白い試合だ。

 硬直と静寂を破ったのは、黒ぶち眼鏡の彼だった。


 右足で後方へ跳んで、距離を取る。

 マリアさんは魔力をためることなく、速射でビームを撃つ。

 速射ビームでは威力が足りない。眼鏡の彼はその幅ギリギリの防壁術式バリアでガードする。

 いや、違う。

 ビームは彼の動きを制限するためのもの。

 左手で術式が組まれていく。本命はこっちか。

 彼はそれに気づき、素早く跳躍。一気に距離を詰める。

 同時に、彼女の術式も完成。

 

 勝負が決する、その一瞬――。

 

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