毒舌家

Jack Torrance

第1話 口は災いの元

男は毒舌家だった。以前は普通の男だったが世の不条理に耐え切れず神の存在を葬り男は毒舌家になった。世俗とは距離を置き男は人里離れた山に篭り自給自足の生活を送った。男は実名でYouTubeやSNSで歯に衣着せぬ物言いで己の思いをありったけぶつけた。それは時に痛烈で時に過激で男は多くの敵を作った。抗議や非難の手紙は日常茶飯事で便箋にカミソリの刃なども当たり前だった。男は身の危険を感じた。何れ炭疽菌入りの手紙が送ってくるのではないのかと。アマゾンでテロ対策特殊部隊が使用している災害時細菌マスクを購入した。人を遠ざけていた男は郵便配達人とも顔を合わさず全てポストに投函するように玄関に貼り紙をしていた。女はそんな男に恋をした。男の容姿に惚れた訳では無い。男の世を憂い腐りきった社会に一石を投じる歯に衣着せぬ物言いが純真で実直だと思ったからだ。そして、敵の多い男に憐憫の情愛も抱いていた。女は男の家を訪ねた。家では男は細菌マスクを常時身に付け用心に用心を重ねていた。女は玄関の扉をノックした。男はそれを拒んだ。女は何度も何度もノックした。そして、女は思いの丈をぶつけた。愛を叫んだ。男は女に絆された。男は玄関の扉を開けた。見つめ合う男と女。女は不美人だった。男はそれでも構わなかった。下半身の疼きが男の非望に屈した。女は男が身に着けている細菌マスクを取り去った。女は微かな異臭を感じた。それでも構わなかった。女は慈愛に満ちた表情で愛しい男の唇に接吻をした。男は色欲に負けて女の口に舌を入れた。女はえっというような表情を浮かべ悶え苦しみながら死んだ。男の舌は長年に渡り毒舌に馴染んでいた為に体内から沸き起こる憤怒の念が毒素を蓄積しており突然変異で有毒成分で男の舌は形成されていた。男は泣いた。男はせめて先端部だけでも挿入したかった。葬った筈の神を呪い己の人間性を呪った。男は庭の楓の木の下に女を埋葬した。埋葬する前に女の上半身を開(はだ)けさせ乳房を揉んだ。その感触を己の掌に刻んだ。一人寂しい夜に己を慰む為に。そして誓った。もう人は愛すまいと。そして、男は毒舌にピリオドを打った。文明社会とは一線を画し人を恨まずただ己に対する悔恨の念だけを抱き続けて男は生きた。

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毒舌家 Jack Torrance @John-D

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