第54話 部屋侵略の宣言


「……………」


 時間は15時ごろ。俺は部屋で一人コーヒーカップを手に、壁を見ながら突っ立っていた。

 激動のテスト週間が終わり、もう何もしなくていいという開放感に包まれている俺に余暇の時間はたくさんあるはずなのに、なぜか俺は壁をただ傍観するというこんな無駄な時間を過ごしている。


 どうしてそんな時間を過ごしているのか……全てはこの壁に貼られているポスターが原因だろう。

 テレビと同様のサイズに、こちらに笑顔を向けた水色髪の美少女が一面に印刷されている。

 彼女の名前は……なんだっけか。リ……なんとかっていうアニメのキャラってナギが説明してくれたが、そんな事とうの昔に忘れてしまった。


「入るわよーーーって、なんだレンだけじゃない。ナギは? どこに隠したの? この時間はゲームしてるはずでしょ」


 俺がポスターを凝視していたところピンポンやノックもしずに詩葉が部屋に入ってきた。

 詩葉の突然の来訪は毎度のことでもう慣れてきたが……普通にこういうのに慣れたらマズイんだろうなぁ。

 そろそろヤツに人の部屋に入る前には、実は家主の合意が必要なんですよと本格的に伝える必要があるな。


「ナギなら歯医者行ってる。そのうち戻ってくるぞー」


 しかし部屋に入ってきて早々、ナギがどこかに出かけた線を疑わず、俺がナギを隠した線を疑うなんてどんな思考してるんだか。


「あ、そうなの。それじゃ待たせてもらうわ。それで……さっきからカップ片手にその女の子凝視してるけど。アンタ、モテないからって遂にそっちの次元に手を出す気? いつかはこの日が来ると思ってたけど、まさか今日とはね」

「いつかは、ってなんだ。思ってたのかよ。つーか、俺はそっちには手を出さん。これはナギのだ」


 恨みを込めてポスターを睨みつけていたのにそれが好意と疑われるのはこの上なく不愉快だな。

 だが、何も事情を知らない人からしたらそう思うのかもしれない。普通に考えて部屋で一人、美少女ポスターを凝視しているのはなかなかにアレだから。


「そんなの知ってるわよ。一週間前までナギの部屋のデスクの2個目の引き出しに入ってたものだし」

「もはやお前が俺たちの部屋の全てを知り尽くしてそうで怖いんだけど」

「心配いらないわよ。アンタの部屋には一歩も入ってないから。死地に自ら足を運ぶなんてどうかしてるし」


 人の部屋を戦場呼ばわりするとは。だがまぁ入ってこないならそれはそれで良かった。


「俺の心配はともかく、お前はいいのか? ナギの部屋には、これ以外の美少女ポスターが山ほどあるんだぞ? それも時が過ぎるたびに違う女に乗り換えてるし」

「ちょっと、ナギをヤリチンみたいに言わないでよ。それにあいにく様。私はもう乗り越えたの」

「乗り越えた?」

「えぇ……そりゃ最初はナギから無条件に愛を受けてるこの子達に嫉妬してたわ」


 詩葉はそう言って腕を組みながら近づき、壁に貼られているポスターを見つめた。


「それこそ最初はガンつけて威嚇してたけど……相手はそんなのものともせずに、ずっと笑うか涼しげな顔してるからね。こっちが先に精神やられて、無様に屈服したわ」

「それ乗り越えてんのか?」


 詩葉がたかがポスターにまで敵意剥き出しなのには恐れ入った。


「ーーというか、何をさっきから気になってんのよ。たかがポスターでしょ?」

「いーや、大問題だ。このポスターがリビングまで来てんのは」


 そう、問題なのだ。さっきの詩葉の発言通りポスターは一週間前までナギの部屋にあった。だが見てみるとポスターはいつの間にかここに貼られている。リビングに。


「いつの間にかナギの私物がこのリビングを侵入してんだよ。周りをみろ、このポスターだけじゃない。ナギの部屋にあったはずのフィギュアやらおもちゃやらがそこらじゅうにひしめいてる」

「そんなこーーあら、ほんとね。知らないうちにあちらこちらに配置されているじゃない」


 この部屋に入居する際、リビングは共有スペースだから私物を置くのは禁止だとナギと決めたのに部屋を見渡すやそのルールが容易く破られているのがわかる。

 まさかこうも大胆に破られているなんて。そう言えば最近テスト勉強とかで忙しかったこともあり、周りを気にしていなかった。


「それこそ昨日までそこにあったロボットが、テレビ台まで移動してるわね。そしてロボットがいた場所に新しいフィギュアが来てる。自ら移動したのかしら」

「なんだそれ、ト○・ストーリーかよ。自分から移動するわけないだろ、ナギが移動させてんだよ。あんの野郎、俺が気づかなかったからって」


 気づかなかった俺もだが、アイツめ。人がテストで苦しんでる中、舐めた事しやがる。


「しかもなるべく俺にバレないようにと、各地に分散して配置してるな。変なところに頭回してる」

「そう言えば、いつかのナギが独り言言ってたわね。西が人類で、東がそれ以外って。ーー今思えば、この部屋の人形の配置のことじゃない」


 本当じゃねぇか。

 よく見れば、この部屋の中央を境に西側が人系で東側がそれ以外のロボットやら人外のものが配置されてる。あんにゃろ、妙に小賢しいことしてやがるな。


「なんだアイツこの部屋でフィギュアの戦争でもおっ始める気か? もはやここまで来るとムカつきを超えて、ガキ臭いアイツを哀れに思えてきた」

「とりあえずウ○ディはしぶとく生き残るでしょうね。ムチあるし」


 そういう事じゃない……と詩葉にツッコミを入れるのも面倒だ。

 とにかくこんな暴挙を許すわけがないのでしっかりとテコ入れしないとな。


「ナギのやつが帰ってきたら早速この部屋の有様に文句言ってやる」

「別にこのままでもいいとは思うけどなーほら、このウルトラマ○のお陰でリモコンがちょうどよく立てて置けるじゃない」

「まさか、地球を守ってくれてる奴が今やリモコンを支える仕事に従事してるとはな。製作陣が見たら泣くぞ」


 ナギの暴挙にグチグチと文句を垂れているとカップにコーヒーがなくなっているのに気づいた。せっかくだ、自分のを注ぐついでに詩葉にも出してやるか。


「コーヒーは?」

「もらうわ」

「ーーそう言えば、聞いたぞ? あのクドウカップルとダブルデートするんだろ」

「誰から聞いたの?」

「クドウ本人」

「はぁ……あのメガネ。あれほど広めるなって言ったのに。何のためにメガネ用のクリーナー買ってあげたと思ってるのよ」


 クドウを黙らすために既に買収済みとは手が早いな。しかしクドウを黙らすにはクリーナー如きでは無理だったらしい。


「結構広まってるぞ? それこそこういうスキャンダル好きのトクダネに、ハヤシダ、移動販売のお兄さん、噂好きの食堂のおばちゃんにも」

「全く関係ない人にもめちゃくちゃ拡散してるじゃない!? あのメガネ、会ったら形も残らないくらいボコボコにしてやるわ」

「いや広めたのは俺だ」

「そうーー犯人を捜す手間が省けたわ。覚悟しなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『絶対にアンタを惚れさせてみせる!』と幼馴染に宣言された僕。だが残念、既に僕は君に惚れている!! 梅本ポッター @umemoto_potterdayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ