第37話 炙り出しの宣言


「というか、初対面のくせして人のプライベートゾーンをズカズカと侵害してくるこの人、マジでだれ? 失礼すぎない?」

「いや初対面なのに、ゴキブリ扱いする人に言われたくないんだけど……」


 さっきまでテンション高く、興奮気味だったハヤシダだが、今は気が抜けたように少し疲れた顔をしている。

 まだBBQが始まってもいないのに、疲労困憊のようだ。


「前説明しただろ? 今日一緒にBBQに行く予定のハヤシダだよ」

「あぁ、あの丸坊主メガネで厨二病患者の」

「俺はどんな説明されてんだよ」


 確か詩葉に説明した時は、クドウが撒き散らした中学の頃のハヤシダの動画が蔓延してたんだよな。

 それで、その流れで説明したから詩葉は、その印象しか残ってないんだろう。


「それで、ハヤシダ。もう充分分かってると思うが、この女が前説明したあの詩葉だ」

「あぁ、あのナギに纏わりつく亡霊ーー別名求婚鬼ディメンターってお前に説明されてた」

「私はどんな説明されてんのよ」


 こればかりは、僕自身公式に許した訳ではないが、何を隠そう大好きなハリーポ◯ターのキャラ名をもじってるわけだから嬉しさ半分悲しさ半分ぐらいだ。


 ちなみにこの説明は、ハヤシダに説明する当時、詩葉にいじめられた腹いせにレンが声高に叫んでいた内容だったりする。


「まぁいいわ。ナギの知り合いと分かったならーーごめんなさい。失礼な事言い過ぎちゃったわ。今までの言動、謝罪する」

「え、あ、おぉ……こっちもごめん。なんも考えず、グイグイいっちゃって」


 詩葉の急な変わりよう、さらには予想もしていなかった彼女の謝罪にハヤシダはドギマギしながら頭を下げた。


「そうだよ、ハヤシダ。初対面の女性にあそこまでグイグイいったら嫌な人は嫌でしょ」

「し、仕方ないだろ? 可愛い娘がいたら体が勝手にそう動くんだよ。本能っていうのか、なんというか」

「え、オタクにそんな本能あるの? だったらそのうちナギもいつかはーーちょっと気をつけないと」


 詩葉が悩ましく、なんとも難しい顔をしているが、そんな心配はもちろんいらない。突然変異でもしない限りは。

 だって、オタクに属する者達は極力見知らぬ人とは絡みたくないという忌むべき呪いが内に刻まれているのだから。


「つーか、初対面の女にはいつもあんな感じなのか?」

「おうよ。あんな感じでグイグイいって、ブランド物ちらつけとけば、さかえにいる女の子なんてすぐに寄ってくるぜ? ゴキブリホイホイみたいに」

「ゴキブリがゴキブリホイホイという表現を使うとはな。世も末だ」

「改めて思うけど、彼、女性の天敵ね。私の謝罪を返却してもらいたいわ」


 さっきのが女の子をナンパするハヤシダのいつもの流れという事なのだろう。

 そう考えると、確かに納得できるところはある。

 名前を聞いたりだとか、詰め寄り方とかが慣れてる様子だったし。

 しかし、再び詩葉に嫌われにいくとは、ハヤシダも自制というのをちゃんとして欲しい。


「それで、ナンパの成功率は?」

「まぁ、三割五分くらいだな」

「野球の打率なら結構いいとこいってるわね。下手したら首位打者ねらえるところじゃない」

「ナンパ成功率としては散々だけど」


 悲しいかな、せめてその打率が半分は超えてもらわないと参考には全くならないだろう。


「ただオタク厨二病からしたら今の状態は、目覚ましい進化じゃない? ほら、ヤ◯チャが、かめは◯波を会得したぐらいの」

「大した進化してねぇじゃねぇか。せめてカ◯ロットがスーパ◯サイヤ人になれたぐらいにしろよ。それと言っとくが、俺はオタクとかじゃない」


 きっぱりと脱オタクを宣言するハヤシダだが、当の本人以外はその発言に待ったをかける。


「いやいや。今のナギへの返答の仕方からも隠れたオタク臭が滲み出てる」

「無理あるわよね」

「ねぇ、ハヤシダ。またこっち側に戻って来なよ。こっちの蜜はうんと甘いよ?」

「ええい、やめろナギ。そっちに誘いだすな」


 ハヤシダも損な男だな。漫画、アニメ大国である日本の文化を捨てて、金がうんとかかるハイブランドに手を出すとは。

 今、身に付けてる服一枚でソシャゲのガチャがいったい何回回せると思うんだ。


「仮にお前らが言うように俺がオタクだったとしても、もうそれは過去の話だ」

「ふーん、まだ認めないのね。それならこっちにも手が」

「まったく、オタク扱いなんて散々な目にーー」

「ーー問題です。第一世代わざマシン16は?」

「ねこにこばん。って、急になに?」


 突如詩葉が始めた早押しの問答。スマホを手に出題した詩葉の問題に、ハヤシダが東大王も青ざめるほど即座に答えた。


「詩葉、それってもしかしてクドウが作ったハヤシダのトリセツのあの一文のやつ?」

「えぇ。『ハヤシダはオタク問題に答えずにはいられない』の部分。今の見る限りじゃかなり効果あるわね」

「なんだ、そのふざけた項目、そんなわ「ーーアニメ俺妹の第一話タイトルは?」ーー俺が妹と恋をするわけがない。……って、マジでやめて?」


 ハヤシダのあられもない姿に詩葉がスマホを見ながらクスクス笑っていた。


「こりゃすごい反射神経だね」

「クドウが作って共有したハヤシダのトリセツ、まだ色々あるわよ。例題もたくさんあるし、これで隠れオタクを炙り出せるわね」

「そんな面白そうなモノあるのか。後でPDFで送ってくれ」

「なんで、そんなもん存在してんだよ!! くそっ、あの野郎!!」


 なんならPDF化なんかしなくても普通にクドウのTwi◯terにURLが載っている。もはや誰かれ構わず参照可能だ。


「我慢できないのか?」

「いや、なんだ。その。中学生の頃まで、こういうクイズみたいなのアホほどしてたから体に染みついてんだよ」

「そういうのを本能というのでは?」


 ナンパどうこうのやつより、これの方がよっぽど本能に近い気がする。


「我慢は出来なくもないが、なんだ、例えるなら漫画のエロ描写を見た時と一緒の感じだな。無性にムラムラするのとおんなじ症状」

「なんなの、アンタ、クイズに欲情してるの?」

「例えるならって言っただろ。それにこういう我慢できないのがあるのは俺だけじゃない筈だぞ? アンタにもあるはずだ」

「ないわよ、そんなの」

「それはどうだか? もしもいま裸のナギが目の前にいたら果たして色々我慢出来るかな?」

「…………。完璧な弁論じゃない。反論が出てこないわ」


 ハヤシダが詩葉とよく分からないやりとりをしていると、僕のスマホに通知が一件届く。

 送信元は、既にホイミの車に乗っているクドウだった。


「あと数分でホイミ達着くって」

「りょーかい、それじゃそれまでハヤシダのトリセツ使って暇つぶしでもするか」

「お、おいやめろ。人のトリセツをそんな使い方するなんて、西野◯ナが黙ってないぞ?」

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