第36話 BBQへの道のりの前の宣言

 BBQ当日、早朝。

 目覚めるにはいささか早い時間帯、僕達の部屋にとある訪問者がいた。


「へぇー あの荒んだ外観の割には、結構内装はいいとこ住んでんじゃん、二人とも」

「まぁな。外からは考えられない中身だろ?」

「夜に一回ここのアパート通ったけど、不気味さは完全に夜のタワー・◯ブ・テラーと同レベルだよな」


 外観だけでいったらそうかもしれないが、実際のところこっちのアパートは、本家のようにエレベーターもなければ、急降下もしない。


「ハヤシダも一人暮らしだっけ?」

「おうよ。ただ俺の場合、一人で住んでるからここに比べたら狭いけどなー」


 訪問者というのも今日BBQを一緒に行く予定の林(はやし) 大輝(だいき)ーーハヤシダだった。

 実は、ハヤシダの家がここからわりかし近くにあるので僕、レン、詩葉、ハヤシダの四人が僕達のアパートに集合。他のメンバーを乗せたホイミの車がこのアパートに拾いにくるという流れなのだ。

 ただハヤシダの訪問は集合時間より前なので、お早い到着と言える。


 それから三人で談笑していると、次の訪問者が姿を見せた。


「おはー」

「おはよ、詩葉!」


 朝が早いため少々気怠げな様子の詩葉が荷物を持って部屋に入ってきた。

 詩葉の服装は、tシャツにショートパンツというスポーティーな格好。

 かなり目立つように露出された長い足に僕の目が即座に奪われ、朝から豪快に眠気を吹っ飛ばした。


 しかしどうやらそれは僕だけじゃないようで。


「え、だれこの可愛い娘!? ナギ達の知り合い? ま、いいやっ! ねね、君、可愛いね! 名前は!?」


 詩葉が部屋に入った途端、興奮したように話し始めるハヤシダ。

 分かる……分かるよ。ハヤシダよ。初見で詩葉を見たら正気を保てないのも。


 否応なしにハヤシダに距離を詰め寄られる詩葉は、朝っぱらだというのと、初対面でのハヤシダから滲み出るチャラついた雰囲気から少し怪訝そうな顔で対応する。


「は……はぁ。四月一日詩葉ですけど」

「詩葉ちゃんね! 可愛い名前だ。よーし、もう覚えたから! 俺、林大輝! ハヤシダでいいから! それで詩葉ちゃんはどこ住み?」

「この部屋の隣ですけど」

「えぇ!? ナギとレンのお隣さん!?」

「え、えぇ……まぁ」

「くぅーーーっっ!!! ったくよ、二人が羨ましい!」

「あの、ちょっと近すぎだし……座っていい?」

「ーーこんな美人さんが隣に住んでるなんて。二人には代わってほしいぜ!!」

「あの、ちょ……マジで」

「しかもスタイルめっちゃ良いし。マジで胸デカくね? 何入ってんの!? って、あはっ! ごめん、セクハラ発言だよねー! 俺って、草」

「あの、マジで、私の声聞こえてる?」

「……ところでさ、詩葉ちゃん。彼氏っている?」


 スゴいな、ハヤシダ。次々と言葉が出てくるじゃないか。まるで、初めから何が来ても大丈夫なのように、言葉を用意してたみたいだ。

 それに勢いが凄まじい。あの詩葉が若干気圧されてるぐらいだから。……いや、というか引いてるなアレ。


 ただ、ハヤシダよ。その調子でやれば、他の子がどうなるかは知らないが、僕が惚れた子がそう簡単に君の手にかかると思ったら大間違いだぞ?


「はぁ……。いないけど、惚れさせる相手は既にいます」

「え? ほ、惚れさせる……? あはは、なんか面白い事言うね、詩葉ちゃん。(ん? 詩葉……って、どこかで聞いたような)」

「面白い事? 私は至極真面目ですけど」

「あ! 分かった。もしかして惚れさせたいのって、おーー」

「ーーあなたじゃないのは確かね。私、女性の気も考えずにしつこく詰め寄る、もはやイタイほどブランド服にまみれたエセ金持ちアピールの男って、性に合わないの」


 ちなみに詩葉は、チャラついたというか俗にいうイキったやつが少しばかり好まない性分なのだ。

 それこそハヤシダは、詩葉が嫌いな典型的なタイプ。

 嫌いなタイプとは言ってもなんとかして上手く対応しようと詩葉自身頑張るのだが、詩葉も人間なのだ、苦手なものは苦手なのだろう。


「は、はぁ!? エセって、俺の何処がーー」


 詩葉の言葉に、ハヤシダが声を荒げようとしたその瞬間、詩葉は殺し屋もビックリの速度で無防備なハヤシダの左手を掴み取った。

 そして、流れるようにハヤシダの袖を捲り上げる。


 すると、GU◯CIのシャツから小洒落こじゃれた時計が姿を見せた。


「な、なんだよ、急に。ーーって、詩葉ちゃん。そうは言っても本当は俺に気があるんじゃ……」


 突然、女の子から腕を触られ、握られたのだから気があると勘違いするかもしれないが、詩葉に限ってはそんな簡単に気を許すわけがない。


「時計……チープカ◯オって。服は大層なブランド物なのに、手元は置いてけぼりですけど? 誰も気づかないと思った?」

「うぐっ!!」

「私をブランドの服身に付けてば簡単に誘える、軽い女と思ったら大間違いね。チープカシ


 痛いところをつかれたようにハヤシダはバツの悪そうな顔を見せ、すぐさま詩葉の手から腕を離した。

 うーーむ。しかし、全く気がつかなかったな。服は豪華なブランドの数々というのに、時計は安物とは。

 まぁハヤシダのことだ、時計って高級なものとかの判断つきにくいから、適当にしとこ……とか思ったんだろう。油断がまねいた結果だ。


 そして、詩葉の怒りの矛先はハヤシダからなぜかレンに。


「ちょっとレン。栄にたくさんいるような量産型の男をナギと同じ空間に入れるなんてどういう神経してるの?」

「すまんな。殺したと思ったらまた出てくるんだ」

「本当気をつけなさいよ? 一人いるなら百人いると思いなさい」

「え? 俺ゴキブリ扱い?」


 詩葉の言葉にきょとんとするハヤシダ。

 初めてだろうな、初対面でゴキブリ扱いとは。


「う、詩葉ちゃん。美人だけど口とか性格悪くてなんか俺、嫌だな!!」

「あら、ここまで言われたのに罵倒だけじゃなく、褒め言葉があるのはまだ救えるわね。ゴキジェットは勘弁してあげる。レン、熱湯用意して?」

「ほいよ。そう言うと思って、やかんで沸かしといた」

「用意周到ね、ありがとう。ナギ、ソイツちゃんと見ててね? かけたらすぐにその場から逃げると思うから」

「うん。逃げても端っこに追い詰めるから心配しないで?」

「え、殺すのは確定!? しかもちゃんとゴキブリ扱いするし。それにゴキブリに限らず、熱湯かけられたら逃げるだろ!?」


 ハヤシダ、僕の目の前でいくら女の子をナンパしてもいいが、詩葉に手を出したのが運の尽きだね。

 しかし、さすがに不遇なハヤシダを気の毒に思ったので、僕とレンが詩葉をやんわりと止めたのだった。

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