第23話 オタクの彼女紹介の宣言①

 こ、こいつ、今なんて言った? か、彼女を呼んでいいか……だと?


「あ、あはは……クドウは本当にジョークが好きだね。海外ドラマのシットコムなら今頃観客の笑い声が聞こえてくるぐらいだよ。ね、ホイミ?」


 あまりに衝撃的な発言に僕は動揺してしまっているので、ここいらでホイミの意見も聞いておきたいところだな。

 僕はそう思いながらホイミを見ると、彼は座禅を組みながら一心不乱に何かを唱えていた。


「--蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行ーー」

「般若心経唱えて現実逃避してる!?」


 ホイミはどうやらすぐにでもこの現実から離れたいようだ。

 彼のメンタルは崩壊寸前……いやもう壊れてるんじゃないかと思ってしまう。


「……ジョークじゃない。ほんとに彼女がいる」

「ハハハ……あのね、クドウ。じゃあ万が一クドウの言う通りいるとしてもね。……ゲームで出来た彼女は本当の彼女にはなれないんだよ?」


 まさかこんな事を友達に言う事になるとは。

 クドウの事だ。どうせ、というか絶対に彼女というのは、二次元のキャラの事だろう。

 オタクの友を持っていたらいつかはこんな時が来るじゃないかと思っていたが、まさかこのタイミングでカミングアウトするなんて。


「……そんなの”ときメモ”をやってた中学の時から嫌でも思い知らされてる。悔しいが俺たちはあの画面の向こうにはいけない。……でもそれとこれは別。ほんとに彼女がいる」

「--これは相当重症かな。良い精神科医知ってるから紹介するよ」


 直すには症状は早い方がいいらしいからな。

 すぐにでも実家の近くの鈴木先生を紹介しておこう。


 しかし、至極真面目だったクドウを本当の彼女と錯覚させるなんて、どれだけ沼に入るゲームなんだ?

 最近、恋愛ゲームとエロゲーになんか良いの出たっけ。


 それから僕と重症患者のクドウが、あーでもない、こーでもないなどと言い合いをしているとあの男が遂に復活した。


「やれやれ、どうやらこれは俺の出番のようだな」

「ホイミ!! 復活したんだね!! でもごめん、正直期待はしてないよ!」

「安心しろ、ナギ。さっきは突然の発言でビックリしたからな、少しだけ情緒不安定になっていたが、もう大丈夫だ。今はマー君のスプリットを場外に運べるぐらいまで回復してる」


 ごめん、ホイミ。君が楽天のエースを打ち込めるのは、全く安心できる理由になってないよ。


 しかしいないよりかはいる方がいいだろう。それにホイミにはこの状況を解決するような考えが何かありそうな雰囲気だし。


「クドウの言う彼女事情だがな? ある一つの概念を思い出せば、疑問が解決するのだよ、ワトソン君」

「誰がワトソンだよ。でもある概念ってなに? ホイミ」


 僕がそう聞くとゴリラ体型のホームズは自信満々に口を開いた。


「ふふふ……よくぞ、聞いてくれました。それはズバリ、最近ちまたで有名なレンタル彼女だ!」

「な、なんだって--っっ!!」


 レンタル彼女……ってあれか。

 お金を渡すことで彼女として一定時間振る舞ってくれる、社会が惨めな独身男性に残した救済システム。


「そ、その手があったか! ”彼女、○借りします”を読破してたのに、完全に頭から離れてたよ、さすがホイミだ!」

「よせやい、褒めるな、褒めるな。ちょうど、スマホの検索履歴を見てたらビビッと来たんだよ」


 なんだよ、コイツさては調べてたな。

 この場では思いつかなかった革新的な考えがホイミから出たから珍しく褒めたのに無駄になった。


 しかしだ。これは思わぬ収穫だ。この概念が出てはクドウも言い逃れが出来まい。

 なんとかして僕らをやり込めようとしたみたいだが、その考えは甘かったね。


「さぁ、どうだクドウ!! バレちまったな、お前が言う彼女はレンタル彼女だろ!!」


 高らかに宣言するホイミ。それはドラマの刑事役が犯人を宣言するかのようだった。


「……いや違うよ。レンタルなんかしてないし、ちゃんとした彼女」

「借りたのはどこだ? GE○か? もしくはTSUT○YAか? どうせ、旧作品コーナーだろ!?」

「ホイミ!! レンタル彼女ってそんな安価で借りれないでしょ!?」


 そんなにホイホイ借りれてたら”彼女、お借○します”の主人公は苦しんでないだろう。

 しかも旧作品って……店にあるガチャガチャ並じゃないか。


「……借りてないよ。お金を渡す関係じゃないし」

「嘘だ!! 戸田恵梨香は騙せても俺は騙されないぞ!? ”ライ○ーゲーム”ばりに簡単にお金を渡すんだろ!?」

「……レンタル彼女と違って愛のある関係」

「せやかてクドウ。それは嘘やろ?」

「……愛という言葉で括れないぐらいかもしれない」

「う、嘘だ」

「……とても濃密。クヌギの木の樹液並みに」

「う、嘘だと言ってくれぇ--っっ!!」


 クドウの怒涛の口撃によって、ホイミは遂に膝をつき嘆き倒れた。

 床に轢かれたカーペットには寝転んでいるホイミの涙が一雫垂れたのだった。


 賞賛しよう。あそこまで必死に恥ずかしい姿を晒したホイミを。


「いいんだ、ホイミ。君はよくやったよ」

「う、ぅぐっ……っ!! なんでだ、なんで今日は俺にとっての不幸がこんなにも続くんだ? 俺が何したっていうんだ!」


 レンのデートに、クドウの彼女いる宣言。


 確かに女性に全く縁のないホイミにとって、今日起きたことは悔しいものばかりだったかもしれないな。


「最近した事なんて、バイト先の余った酒を勝手に持って帰っただけなのに」

「うん、それが原因かな」


 神様ちゃんと見てるな〜 悪い事したらちゃんとそれが返って来てるんだもん。


 ホイミが嘆き悲しんでいると突然、玄関の扉が開き、僕らの部屋に天使が乗り込んできた。


「ちょっと!! さっきからなに騒いでるの!? ご近所に迷惑でしょ!!」

「あ、詩葉」


 部屋に乗り込んできた詩葉は、表情険しく怒っていた。


 し、しまったな。確かにちょっと騒ぎすぎたかも。

 クドウの事であまりに動揺してたために、近所の迷惑とか頭からすっかり消えていた。


「ご、ごめん。ちょっと衝撃的な事があって……」

「あら、ナギは別に良いのよ? そこの二人!! 今すぐ声帯とって差し出しなさい!!」

「……対応に差がありすぎる」

「よかった、今日初めて良いことが起きた。美女にののしってもらえるなんて」


 不幸続きだったホイミは、詩葉に怒られているのになんだか少しだけ嬉しそうにしていた。


「それで? なによ、衝撃的な事って」

「クドウに彼女が出来た」

「はぁっ!?」


 ホイミがさっきの内容を簡潔に述べると、詩葉はクドウにそれを初めて聞いた時の僕らと同じような反応を見せていた。

 詩葉もビックリするんだから、やっぱりこれって誰もが衝撃受ける内容だよな。


「あのね、クドウ。……ゲームのキャラは彼女に出来ないのよ?」

「……それナギにも言われたけど、流行ってるの? ちゃんとした彼女出来たんだけど」

「これは重症かも。ゲームとリアルの判断がつかないとは……良い精神科医紹介するわよ?」


 詩葉の紹介する先生は、多分鈴木先生だろうな。

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