第17話 サークルに入りたいの宣言③


「それではまずは--んんっ!」


 詩葉はホイミとクドウと話す前に、僕の隣の席にいるレンを見て喉を鳴らした。


「ん? なんだ詩葉。俺に席を譲れと言いたげだな」

「言うまでもないと思って。そこはどんな席?」

「エロ動画、エロ画像、エロゲーム等、エロと名のつく全てに精通している変態で、オタク文化にどっぷり浸かりつつ、ちゃっかり三次元の女にも手を出そうとしている和菓子好きの……隣の席だな」


 おいおい、僕の説明にどれだけの文字数使う気? しかも内容がデタラメ過ぎるし、詩葉が勘違いしたらどうしてくれるんだ。


「正解。それが分かってるならどうするの?」

「あれ? 今の説明に否定はなし?」


 てっきり詩葉ならレンのを聞いて、僕を想い怒るか、否定ぐらいすると思ってたんだけど、僕の勘違い?


「ナギ。私も好きな人の前でも譲れないことはあるのよ。人前では嘘をつかないっていう信念とかね」


 あぁなるほど。

 つまりはレンの言うことは大方間違いではないと。

 

 ……あれ、僕って詩葉に好かれてるんだよね?


「断るって言ったら?」

「へぇー私に反抗とは。大きく出たわね」

「……ほほぉ。クッキ○グパパが牙を剥いた」

「包丁のように鋭利な目つきの女子を前にして怯まないとは、大したものだ」


 ホイミの表現はあながち間違いでもなかった。

 レンの横に待機している詩葉の目がどんどん、細く鋭くなっているのだ。

 まるでそれは、詩葉の機嫌が悪くなっているのを暗示しているかのようで。


「--もちろん、断ってもいいわ。でも中学二年生の時にあなたが引き起こした事件『クリスマス決戦』をこの二人にバラすことになるけど?」

「う、詩葉、いくらなんでもそれは!!」


 なんてこった。『クリスマス決戦』は、レンの人生の中でも一番屈辱的で恥ずかしい事件。それを今ここでさらけ出すなんて。

 僕でも最終手段として残してるぐらいなのに、詩葉はこうも簡単に切り札をきるとは。


「--自分の椅子を取ってくる。詩葉はここに座るといい。ついでに喉が渇いたろうから水も取ってくる」

「あら、気が利くわね」


 レンが詩葉に完敗し、席を立つ。

 代わりの椅子を回収しに行く彼の姿は、さながら敗戦兵の後ろ姿。

 その後ろ姿からは哀愁がほのかに漂っていた。


「なんか、今のでここの界隈の上下関係がはっきり見えたな」

「……フェミニスト共に朗報かな。男尊女卑のない世界は近いかもって」


 レンの敗戦は、ホイミとクドウにかなりの印象を残したようだ。二人の顔が少々引き攣っている。


「さて……ふぅ……!」


 レンとの戦いがひと段落着いた詩葉はカバンを下ろし、ゆっくりと僕の隣の席に座る。

 そして流れるように、空いていた僕の左腕に自分の腕を絡め、体を寄せつつ急接近した。


「あ、あの……詩葉さん?」

「なぁ〜に。ナギ」

「腕が胸に当たってますが、よろしいのでしょうか?」

「ナギ。勘違いしちゃダメよ。これは当たってるんじゃない。私が当ててるの」


 物はいいようだな。

 確かに詩葉の言い方だと僕に非はないように聞こえるんじゃないか?

 詩葉が当ててるのだから僕は--ん、左腕に柔らかくて……気持ち良いものが。


「んふふ〜♪」


 僕の隣を確保できてとても気分が良くなったのか、詩葉は嬉しそうに笑みを溢している。

 側から見ても彼女が現在幸せなのは聞かなくても表情を見て分かるだろう。


「それじゃ、ナギから聞いてるかもだけど、改めて自己紹介ね? 私は、四月一日わたぬき--」

「あのー! ちょっといいですか?」

「質問の際に挙手とはえらい。はい、なんでしょうか? ホイミ君」


 詩葉が自己紹介を始めようとしたその時、ホイミが口を挟む。

 全く、なんて奴だ。詩葉の自己紹介を遮るとは、禁錮刑ものだぞ?


「クドウと俺は、目の前で男女がイチャイチャしている光景をずっと見せられながら会話するのでしょうか? もはや拷問なんですが」

「えぇ、そうね。でもいい安らぎになるんじゃないの? 人と人が仲睦まじくしている様子を見るのは」

「……生き地獄を現在進行で体感することになる」

「独り身にはかなりの傷負わせる行為って分かってます?」

「その時は、あなたのあだ名で傷を癒すにこしたことないわね。他の魔法と比べたら少ししか癒せないけど」


 詩葉は博識だな。ド○クエの知識もちゃんと持っているなんて。


 しかし、ホイミ達の言い分は分からなくもない。せっかく話すっていうのに、他人を不愉快にさせる姿を見せ続けるのは、僕も罪悪感が凄い。

 流石に僕も自分が話す時に、他人がこんな感じだったらちょっと殺しちゃうし。


 ホイミ達に同情して、僕は詩葉の腕からするりと抜け出す。しかし--


「あぁ! んもだめぇ! ナギ離れちゃ!!」

「で、でも流石に--」


 --詩葉は離れた僕の腕を捕縛し、再び腕に絡めてガッチリと体に密着させた。

 あぅ……やばい。さらにおっぱいが……。


「ふぅーーっ! ふぅーーっ! 落ち着けぇ、俺の理性。こんなに綺麗な場所を血に染めるなんて、ダメだぁ!!」

「……バルス! バルス! くそぉ、ムスカ○佐は出来たのに、俺には自分の目も潰せやしないのか!! こんな光景見たくないのに!!」


 僕と詩葉の様子を見てさらにホイミとクドウは挙動がおかしくなっていた。

 マズイな。このままじゃ、本当にこの二人に暴行されかれない。

 なんとか……詩葉から離れて。


「ねぇ……ナギは本当に離れたいの?」

「そんなわけないじゃないか! --おい、二人とも! しっかり聞けや!! 詩葉が自己紹介するってんだよ!!」

「「んだとぉ、テメェ!?」」


 よし、決めた。

 僕はこの二人と死に物狂いで戦ってやる。2対1? 上等じゃないか。


「……何やってんだ、お前ら」


 椅子を取って戻ってきたレンは騒いでいた僕らを見て、ため息を溢しながら状況が理解できていないように困り顔を見せたのだった。



 それからレンの介入もあって、場はなんとか収束した。

 ホイミとクドウはしばらく血眼になりながら僕を凝視していたが、僕は僕で詩葉の密着がなくなったから憔悴し切っていた。


 はぁ……場を落ち着かせるためとはいえ、恋しいな。詩葉の温もり。


「へぇー それじゃ、ホイミとクドウとはそんな形で出会ったんだ」


 そして当初の目的だった詩葉の紹介。ホイミとクドウの紹介と共に雑談を少々した。

 前会った時は、大方僕と詩葉の話で終わったからな、今後長く付き合っていくならこういう機会が必要だろう。


 そんな中で、僕とレン、ホイミとクドウの出会いを話していたが……それはまたの機会に。


「ん、これは?」


 雑談の途中、詩葉が机に広げられていた雑誌を手に取った。


「あ、それはさっき詩葉に聞いた『週刊BUN秋』だよ」

「詩葉が暴行働いたやつだな」

「あぁ、ちょっとほろ苦い思い出のやつね。未だに右拳に感触が残っているわ」


 おそらくそれは週刊BUN秋の記者に入れた一発の感触だろうな。

 しかし、記者に怪我なくて良かった。カメラだけで済んで。


「友達のトクダネってやつがサークルで作ったやつなんだけど--そうだ、詩葉はサークルとか興味ある?」

「サークル?」

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