キミのいるところ。

神野さくらんぼ

第1話

いつのころからか、人の行きたいところが見えるようになった。


毎日乗る通学電車。


毎日同じ時間に乗っていると顔ぶれもなんとなく同じになってくる。

目的の駅に着いてからスムーズに動ける車輌も決まってくるからだろう。


見たことある顔もない顔も区別なく、頭の上に漫画の吹き出しのように行き先が出ている。

行き先は下車駅の人もいれば、具体的な目的地の人もいる。

その違いが何なのかはもちろん知るすべがないので、次の駅が頭の上に出ている人の後について降りてみた。

改札を出て少し歩いたところで吹き出しが揺れ出した。

トトロの猫バスの行き先が変わるようにぐるん、がしゃん。と行き先が変わった。

そこに出たのは「家」だった。


そう言えば電車の中で「家」が出ている人はいない。

家は最寄り駅で降りてからじゃないと出ないのかな。そう言われて気にして見ていると、電車を降りてすぐ吹き出しが揺れてぐるん、がしゃん。と「家」が出る人と、しばらくしてから出る人がいる。

もしかしたら寄り道をしようかという気持ちがあるかないかの違いなのかもしれない。


仕事を終えたのであろう男性の上に「池袋・家・池袋・家」が行ったり来たりしている。男性は歩みを止め深呼吸をした。

ルーレットのように行き先が回転してゆっくりになりやがて止まった。「家」。

男性はまた歩き出した。

意味もなく僕はホッとしてしまった。


果たして僕だけに見えているのだろうか…


大学で一緒に歩いていた友達の上に「トイレトイレトイレ」と出ていたので、「そんなにトイレ行きたいのかよ笑」と声に出したら、「ええええなんでわかるんだよ」と驚かれたが、追求する余裕もなく彼はトイレに行った。


数人で飲みに行くお店を話していたら全員の上に同じお店の名前が出ていたので僕は一人で吹き出して「じゃそこいこ」と歩き出した。

良くも悪くも僕の友達はそういうことをあまり不思議に思わないらしい。

皆が驚かないので僕だけではないのかと思ったりもした。

はっきりと「僕には皆の行きたい場所が見えるんだけど皆はどうなの」とはなぜだか聞く気にはなれなかった。


これが見えるようになって良いこともある。

電車に乗っているときは、なるべく近い駅が出ている人の前に立って席を確保する事ができることとか、はじめて降りる駅で迷っているときに僕の行きたい場所が出ている人を見つけてついて行けばいいということとか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕の家は一人っ子の僕と都内の商社に勤める父と週3・4日のパートで働いている母の三人暮らし。

他の家庭をたくさん知っている訳じゃないけど、多分普通の家庭だと思う。


僕が小さい頃父さんはキャッチボールをしたりバッティングセンターに連れて行ってくれたりした。

最近では一緒に外出することは滅多にないけどたまに三人揃って夕飯が食べれるときは外食に出かけることもあった。


家の中では両親の行き先は出ていない。

目的の場所にいる間は出ないということらしい。


ある日の家でのこと。

父さんが「明日は休みなのに付き合いのゴルフは最悪だよ」と愚痴を言いながら支度をしていた。

母さんが「ほんとね〜ゴルフなんてやるもんじゃないよね。明日はどこでなの?」と聞くと「千葉だよ。割と近いからまだ良かったけどね。明日朝早いから勝手に出かけるね。起きなくていいよ」と言って今度は寝る準備をしていた。


翌朝5時ごろ、僕はトイレに起きていったら丁度出かけるところの父さんに会って「おはよう。いってらっしゃい」と見送った。

父さんは「おぅ。おはよう。行ってきます」と言って出かけて行ったのだが。

頭の上には「箱根」と出ていた…


僕はとても残念な気持ちになったが、見なかったことにするしかなかった。

それ以来家族との会話では顔を下に向けるクセがついてしまい、母さんから注意されたこともあった。


初めの頃は驚きと、もの珍しさでキョロキョロと気にして見ていたが、それも次第に普通のことになってきてとくに気にしなくなっていった。


それが、ある日。

気になる事が起きてしまったのだ。

電車でよく見かける女の子。いつもは大学の最寄りの駅が出ている。(1度彼女の後をついて降りて大学の名前が出るのを確認した事があった。)

そう。一目惚れに近い。ものすごくタイプの子だった。

タイプって言うのは実際にはとくにないのだけど...

明るい髪色のショートカットにピッタリとしたデニム。冬はスニーカーで夏はサンダル。大きなバッグ。

いつもイヤホンをしていてスマホの画面を横にして見ている。

何を見てるのか気になって、斜め後ろから覗いたらメジャーリーグの試合だった。

そんなところも好きだった。


その彼女の行き先がその日は出ていなかったのだ。

見間違いかと思って漫画のように目を擦ってもう一度よく見て見ても彼女の頭の上だけ吹き出しが出ていない。

心なしか元気もないようだ。

イヤホンもしてないし、スマホも見ていない。

僕は気になって自分の降りる駅になっても電車を降りることが出来なかった。


どんどん人が降りて行って電車の中は数人しか乗っていない。

彼女はボックス席の窓側に座って腕を窓に預けてじっと外の景色を見ていた。

僕もさりげなく同じボックスの斜め前の席に座って外を見ていた。

トンネルに入った時、いきなり窓にお互いの顔が写って目があってしまった。

慌てて目を逸らしたら今度は現物と目が合ってしまい、お互いクスッと吹き出した。


今日は大学行かない日なの?


と聞くと


そうね。そんな日なのかも。キミも?


そうだね。そんな日なのかもな〜


それから無言で電車に乗り続けた。


その電車の終点は熱海だった。

無言だけど、つかづはなれず一緒に並んで歩いて行く。

まだ行き先は出ていない。


海見に行く?

と誘って見た。


行かないかな…

と断られた。


何となくこの流れだと一緒に海を見るのではないかと勝手に思ってたので、勝手に落ち込んだ。


お腹すいたの。お寿司食べに行かない?


と素敵な笑顔で言われたので、いいね!

と二つ返事で承諾してしまった。僕も考えるフリくらいするべきだったかな。


回らない寿司屋に行った事がなかったので財布の中身が気になったが、

お店の入口にpaypayの赤いステッカーが貼ってあったので入ることにした。


彼女は本当にお腹が空いていたみたいで次から次へと注文して、それは美味しそうに目を細めて食べていた。

お会計は、それぞれpaypayで済ませた。


お店の外に出て何となく海の方に歩いて行く。

すると、彼女の上に「海」と出た。

なんかルーレットが揃ったような嬉しさだった。


ポツリポツリと会話をする。


彼女のことがだいぶ分かった。


彼女は大学4年生。僕と同じ歳だった。

幼い顔立ちから年下と思っていたので驚いたが、

意味もなく嬉しかった。


小学生の頃から続けているフルートの奏者で、大学のオーケストラに所属してるという事。

ルックスから勝手に運動系だと思っていたのでかなり驚き、またそのギャップにググっと引き寄せられた。


昨日、ずっと憧れていたプロの楽団のオーディションで落ちてしまったという事。

これまでオーディションというもので落ちたことがなく、いつでも所属のフルートパートの中ではトップだったらしい。


人生の目標としてきた事に突き放されてしまい、次の道を見失ってしまったというのだ。


そういう場面でどのように励ましてよいのか、無責任な事は言えないので自分のことを話し始めるしかなかった。


僕はキミと同じ大学4年生。

小学生の頃から高校まで野球一筋だった。

中、高とキャプテンを任されていた事もあったが、それは野球が上手いからと言うことではなかった。

体育の授業などで、他のどのスポーツをやってもかなりのレベルでその部活の部員に勧誘される事も多かった。

たぶん野球が1番上手くなかった。

キャプテンには、グランドにいる時間が1番長いという事で指名されたと思う。

とにかく練習は休まなかった。

野球が大好きだったのだ。

でも中学の時も高校の時も最後の大きな大会では先発メンバーからは落とされてしまった。

それで、大学ではラクロス部に入った。


ラクロスは高校で部活が有るところは少なく、大学から始める人がほとんどだ。

みんなそれぞれのスポーツを経験してきて、そのまま大学で続けることをが出来ないけど運動はやめたくないという仲間たち。


そこでも練習好きの性格が実り、今回は名実ともにキャプテンになった。

名実ともにと自分で言うのかはばかられたがちょっと自慢もしたくなってしまったのだ。


最後の大会も先発出場し、得点王のタイトルも獲得。創部以来の好成績を残して引退した。

このくだりは少し自慢しすぎたかなと後悔した。


そこから就活を始め、いくつかの会社は面接にさえ辿り着けなかったが、一応希望の商社に内定をもらったところだ。

そこまでを時折り笑を取りながら話し続けて、一呼吸おく。


キミのように好きな事をずっと続けてきて、それを仕事にしたいと言うのはすごく素敵な事だと思う。

キミのフルートを聴いてみたいな。


と言葉を慎重に選びながら最後に言って、ふーっと長い息を吐いた。


彼女は時折り笑いながら聞いていた。

僕が笑を取ろうとしてるところもきちんと拾って笑ってくれていた。

そして最後に言った一言は真顔で聞いて、ふーっと長い息を吐いた。


今度の大学最後の演奏会、聴きに来る?


僕はまた二つ返事で行く!と言った。

彼女はフルートを辞めないのだ。

少なくとも大学では。

それだけで今日ここで話したことの意味があったと思えた。


気がつけば夕暮れになっていて、時間の立つのを忘れるとはこのことかと初めて知ったくらいだった。


僕たちはどちらからともなく立ち上がり、お尻をはたきながら駅に向かって歩きはじめた。


帰り道では、彼女の家の最寄り駅がきちんと出ていた。

朝の電車では彼女の方が先に乗っているのでどこから乗ってきているのかしらなかったが、一つ隣の駅だった。


降りる駅が近づいてくると僕は降りるべきなのか、彼女の駅まで行くべきなのか葛藤が始まった。

連絡先は交換したけど、今日知り合ったばかりだし(僕は前から知っていたけど)、朝よりは元気になっているように見えるし。


演奏会来てくれるの?


僕の葛藤をよそに聞いて来た。


もちろんだよ!

また即答


じゃあ決まったら連絡するね!


と、手を振られた。僕は自分の駅で降りた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あれから僕たちは長い時間一緒にいる。


映画も見たし、登山もしたし、ドライブも行った。

なんせ僕は彼女の行きたいところがわかる。

別に悪用したわけではないけど、彼女にしてみたらいつも行きたい場所が同じなので

運命の人(そこまでじゃないかもしれないけど)と思ってくれたんじゃないかな。

いつも嬉しそうで機嫌が良かった。

僕もそんな彼女をみていて嬉しかったし。


もちろん出会った時に約束した最後の演奏会にも行った。

精一杯のおめかしをして初めて買った大きな花束を抱えて。


そんな彼女の吹き出しが最近出ていないことに気づいた....

いつからだろうか。

気づいてはいたけど気づかないふりをしていたのかも知れない。


キミの行きたいところはどこなの?

空白の彼女の頭の上をぼんやり眺めながら僕は聞いた。


「キミのいるところ。」

彼女はさらりと前を向いてそう言った。



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キミのいるところ。 神野さくらんぼ @jinno_sakuranbo

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