第60話 皇帝の甥
「なん、だって……」
地球連邦軍の宇宙戦艦アクベンスの
艦長のただならぬ様子に、電文の内容をまだ知らないCIC要員たちが不安に駆られる。彼らを代表し、副長が声をかけた。
「艦長、いかがされましたか」
「いや、本艦はこれより次なる作戦行動に移る。まずはミカド・アキラ少年を救出し、本艦へ保護せよ。イシカサ大尉の
¶
アクベンス飛行科を率いてブランクラフト心神で戦ったものの、全ての部下を喪って撤退していたイシカサ・ツキノ大尉は、太平洋に不時着水したアクベンスに帰投してすぐ、艦長命令を受けて再発進することになった。
大尉は苦しい戦闘と部下たちの死によって消耗していたが、息子であるアキラが窮地とあらば一も二もなく飛びだした。
サラマンダーと激しい空中戦を繰りひろげた。
そして両機ともオアフ島の山岳部に落下した。
アクベンスから見えたのはそこまでで、以降は不明。ただ両機とも識別信号は途絶していない。大尉はアキラを案じ、胸が張りさける想いで両機の落ちた山頂部に向かった。
「ルシャナーク! サラマンダーも?」
発見した両機はもう戦っていなかった。サラマンダーが大地に仰向けに横たわり、その傍らにルシャナークがひざまずいている。
「アキラ! 応答して!」
ルシャナークに通信が繋がらない。危険はないと判断し、大尉が両機の傍に心神を着陸させてコクピットから降りると……すぐ少年の泣き声が聞こえた。
声のしたほうへ駆けよると……サラマンダーとルシャナークのあいだの地面に寝かされた帝国軍のパイロットスーツ姿の──血まみれの──人物に、連邦軍のパイロットスーツ姿のアキラが、泣いてすがっていた。
アキラはルシャナークの手を使って、大破したサラマンダーのコクピットハッチをこじあけ、中からパイロットの体を取りだしたらしい。
「アキラ! わたしだ、怪我はない?」
「お母さん……ボクはどこも」
「ああ、よかった」
「でも、カズトが……!」
「この人のこと……?」
それから、なにがあったかアキラから聞いた。動揺していて要領を得なかったが、アキラが殺してしまった敵パイロットに情を寄せ、その死を深く悲しんでいることは分かった。
大尉は遅れてヘリで到着した医療班に告げた。
「すまないが、そのパイロットの遺体を回収して、防腐処置を施してあげてくれ。敵兵であっても死ねば仏だ、丁重にな」
自分の口から出た言葉が大尉は意外だった。
先ほどサラマンダーは自分の部下3名を殺した。間違いなく憎んでいたが、アキラの涙に洗いながされた。
今は、憎んでいた敵の死さえ悲しい。部下たちの死も、アキラが悲しんでいることも、ただただ悲しかった。
「さ、その人は医療班に任せて」
「お母さん……」
「帰りましょう、わたしたちの家に」
「はい……う、うわぁぁぁぁぁ……」
大尉は泣きじゃくるアキラを抱きしめ、なだめながら、アクベンスへと連れて帰った。アクベンスは水上航行で真珠湾に戻り、敵襲を受けた区域からは離れていて無事だった桟橋に停泊した。
攻撃された区域ではまだ火災と消化・救助活動が続いており、全島の混乱も収まってはいないが、襲ってきた敵軍のブランクラフト5機の内3機を撃破、2機を撤退させて、戦闘は終わった。
こうして10月13日の、長い夜が……終わった。
¶
翌朝。
アキラは自室であるアクベンスの貴賓室で目を覚まし、いつもの主計兵が運んできてくれた朝食を食べた。
昨夜、大切な人を12名も失ったのに、ショックで体が食事を受けつけなくなってはいない自分を、薄情に感じながら。それは2年前に実の両親が死んだ時にも思ったことだった。
食後、ツキノ大尉が迎えにきた。
付いていくと、自分は立入禁止にされていた区画の、初めて来る部屋へと入った。そこは両脇に列柱の並んだ、古代ギリシャの神殿のような作りになっていた。
部屋には他に数名の乗員がいた。その人たちの指示に上の空で従っていたら、部屋の中央で椅子に座らされ、左隣に大尉が立ち、正面に報道機関が使うような本格的な撮影機材が置かれた。
そして最後に部屋に艦長が入ってきた。大尉の夫であり、大尉ともども自分の新しい親になってくれた人。オオクニ・タカヤ少将が目の前に来て、こちらを見下ろし微笑んだ。
「おはよう、アキラくん」
「おはよう、お父さん……」
「えっ」
そういえば〔父〕と呼ぶのは初めてだった。昨日、親子になると話した時、自分は〝呼びかたはまだ変えられない〟と言ったのだった──そこで、大尉が口を開いた。
「昨夜、わたしが出撃する前に母と呼んでくれて」
「そうだったのか……嬉しいよ」
「うん……」
「ゆっくり話したいけど、これから仕事なんだ。君は黙って、前のカメラを見ていてほしい」
「はい……」
素直に従うと、艦長は右隣に立ってカメラを向いた。
「地球連邦軍・第4宇宙艦隊所属・宇宙戦艦アクベンスより、ハワイ諸島へ接近中のルナリア帝国軍艦隊へ通告する。なお、このメッセージはあらゆるメディアを通じ、軍民を問わず貴国の全ての臣民にも届くよう、同時に発信している」
艦長の声が張りのある、軍人としてのものに変わった。
「わたしは本艦の艦長、オオクニ・タカヤ少将。本艦は現在、ハワイ州オアフ島に停泊している。そして、わたしの隣に座っているのは貴国の皇帝、タケウチ・ツヅキ陛下の甥である、ミカド・アキラくん」
「「……」」
「もし、貴艦らがこの地を攻撃する場合、本艦はこのかたの身を守れず、高貴な血が流れることになると、ご留意いただきたい」
「?」「な……!」
アキラは艦長の言葉の意味が分からなかったが、大尉が声を荒げたことで、自分にとってよくないことだと察し──気づいた。
艦長は、連邦軍は自分を人質に取って、帝国軍に侵攻をやめるよう交渉──恫喝している。やめないのなら皇帝の肉親である、コイツが──
死ぬぞ、と。
※打切※ 機甲操兵アーカディアン 天城リョウ @amagiryou
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