第37話 幸せの記憶

「マトリックス・レルムの解析は僕ら軍人には任務だから、ついで扱いはいけない──って、僕も艦長としては言わなくちゃだけど。別に罰しやしないよ。君たちが仕事の枠を超えてアキラくんの力になる気でいてくれて嬉しい」


「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」


「では、諸君は自分の訓練に戻ってくれ。大尉だけ残って」


「「「「「「「「了解!」」」」」」」」


「了解」



 飛行科の男たちが退室し、オオクニ艦長とその妻ツキノ大尉とアキラの3人だけになると、艦長はアキラに向きなおった。



「アキラくん。僕からも、おめでとう」


「艦長……ありがとうございます!」


「苦しかったろうに。君は凄い子だ」


「そうだとも」



 大尉も頷く。アキラにとって、艦内で特に慕っているこの2人から褒められることは、格別に嬉しかった。



「~~っ」


「ところで、このあと近くの航空博物館に行かない? 僕と大尉と3人で。第3次世界大戦、好きって言ってたろ? その頃のブランクラフトもあるよ」


「い、行きます! ありがとうございます!」



 好きな時代の機体が見れることより、艦長がそれを覚えていて気を利かせてくれたことが、なによりアキラは嬉しかった。







 3人は私服のアロハシャツに着替えた。


 敵国ルナリアの皇族の血縁という、自国民からも狙われかねないアキラの立場は世間には秘密にされているため、民間人の訪れる博物館で軍の制服を着ていて目立たないように。


 そして艦長の運転する乗用車で軍港から出て、すぐ傍の岸辺から1424mの橋を渡って真珠湾の中にある小島、フォード島へ。


 その一角にある赤白2色の管制塔と、外観は簡素な倉庫のような格納庫が複数ある一帯が、目的地の博物館。


 駐車場で車から降り、格納庫の1つに入る。


 アキラは展示物より、まず人の多さに目を奪われた。友人同士、カップル、親子連れなど、多様な人々で賑わっている。とても戦争中とは思えない平和な光景。



(ボクたちはどう見えるのかな)



 大人2人に子供1人、親子連れに見えるのだろうか。30前後の艦長も、20代前半の大尉も、13歳の自分の親には若すぎるが。



「アキラくん、ほら!」



 本職パイロットらしく自分も楽しんでいる様子の大尉の声に、アキラは我に返った。彼女の指差すほうを見ると全高12mの人型ロボット、ブランクラフトが直立姿勢で固定されている。


 第3次世界大戦で使われた実物。


 全身に刻まれた傷跡が生々しい。


 12mは現在の地球連邦軍の主力機〘心神シンシン〙と同じで、アキラが伯父サカキからもらったルシャナークの16mより小さいが、自身の8倍もの身長の巨人に見下ろされれば十分に圧迫感がある。


 これは人型航空機ブランクラフトが発明されて間もない頃の機種で、戦闘機に変形できる可変ブランクラフトでは初の量産機。


 その名は──



「クロード! シミュレーターでいつも使ってますけど、生で見るのは久しぶりです」



 それに、艦長が反応した。



「ん。てことは、以前にも見たことが?」


「はい……幼稚園の頃、日本の博物館で」


「そうな──」


「すごーい!」



 すぐ横から子供の声がした。見ると、幼稚園ぐらいの男の子が目を輝かせている。その子が背後の両親に振りむいて宣言した。



「ボク、これのパイロットになる!」


⦅ボク、これのパイロットになる!⦆



 あの日の自分も、全く同じ言葉を父と母に告げた。


 自分がロボット好きになった決定的な瞬間だった。



⦅はは、そうかそうか⦆


⦅なれるといいわね~⦆



 その時は、2人とも笑っていた。幼児の言うことだと真に受けていなかったと知るのは、あとになってから。父には息子をパイロットにする気など微塵もなかった。


 世紀の天才科学者である2人の兄ツヅキとサカキに遠くおよばなかった己の代わりに2人を超える学者にする気だった。その期待に自分は応えられず、父は絶望して死んだ。


 自室の天井から垂れた縄で首を吊っているのをアキラが見つけた。その眼が恨みがましく自分を見下ろしているように感じた。


 恐ろしかったが。


 アキラは喜んだ。


 勉強も運動も苦手なのに、どちらでも高い要求をされて苦痛だったし、そんな自分を父からかばって母もつらそうだったから、2人で解放されたと思った。


 だが母は自分より父を愛していた。〝お前のせいだ〟と逆上した母に刺されて、逃げて警察に駆けこみ、病院で目を覚ますと、すでに母も自殺していた。


 母の遺体は、見ていない。


 焼かれあと、その遺骨も。


 もう父も母も愛しいとは思わない。だが決定的な破局が訪れるまでの12年間、ずっとそんなだったわけではない。


 父の教育が本格化する前は、博物館でクロードを見たあの頃は、自分のことを普通の家庭に生まれた、どこにでもいる幸せな子供だと信じていた。


 知らずにいた頃は、幸せだった。


 ずっとそれが続くと信じていた。


 なのに──



「「アキラくん⁉」」







 フォード島からオアフ本島への帰り道。


 太陽は西に傾き、世界を茜色に染めあげている。長い橋を走る車の中、後部座席で大尉に手を繋がれたアキラは、幼き日に母に手を引かれて歩いた夕方を思いだし、涙ぐんだ。


 気を失い、博物館の医務室で目を覚ましたアキラは、医師からPTSD──〔心的外傷後ストレス障害〕の発作と診断され、結局ロクに展示物を見ないまま軍港に帰ることになった。


 その心的外傷トラウマがなにかは艦長も大尉ももう知っている。隠す気もないので、アキラはなにを思いだしたのか、車内で2人に率直に話した。


 バックミラーに映る艦長が、いつも陽気な顔をしかめた。



「ごめんよ。君の過去は知っていたのに、記憶を刺激するような場所に連れてきてしまった」


「いえ。あんなこと誰にも予想できません。謝らないでください。艦長がボクを喜ばせようとあそこに連れていってくれたこと、凄く嬉しいんですから」


「「アキラくん……」」


「それに、両親とまだ仲良かった頃に戻れたみたいで、艦長とツキノさんが、本当に父さんと母さんみたく感じて……ッ!」


「「ッ……!」」



 艦長が目を見張った。大尉は口を両手で押さえながら、瞳から涙をあふれさせた。アキラも話す内に涙が決壊して、大尉に抱きしめられながら泣きじゃくった。


 しばらくして、それが落ちつくと……艦長が切りだした。



「僕たちの、息子にならないか」

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