第36話 遠心力発生装置
ぐわん ぐわん ぐわん
そこは床と天井が真円を描く、平べったい円筒形の部屋。ハワイ州オアフ島の真珠湾にある地球連邦軍の軍港、その敷地内の訓練施設の一室。
中央に固定された台座を中心に、そこから壁際へと水平に伸びる太いアームが回転している。その回転が生む遠心力はアームの先端へと向かう。
先端にはブランクラフトのコクピットを模したゴンドラが繋がれており、接続部で自由に回転するようになっている──その中の疑似操縦席に、アキラはシートベルトでくくられていた。
「っ」
アームがとまっている時は下を向いていたゴンドラの床面は、今は壁のほうを向いていた。こうなるとゴンドラ内で横倒しになった操縦席の座面に、アキラの体は遠心力で押しつけられる。
最初は遊園地の絶叫マシンに乗っているような感覚。
『1G……2G……』
ゴンドラ内の無線機から響くオペレーターの声が、現在の遠心力の強さを教えてくれる。それが今も横向きに感じている地球重力の1Gを超えてくると、だんだん床面の向いた壁のほうが
〔遠心力発生装置〕
──という、そのまんまな名前のこの装置は、ブランクラフトをはじめとした高Gが発生する乗物に乗るための耐G訓練用に、遠心力でそのGを再現する機械。アキラはこれで訓練中だった。
それには再びルシャナークに乗って模擬戦をする必要があり、西太平洋での実戦の時のようにGで失神しないよう、実機の操縦に必要とされる耐G能力を獲得するのが現在の目標。
『3G……4G……』
「フッ! ──ク!」
ただ座っているだけで全身の筋肉が負荷を受ける。体が重い。遠心力が~Gになれば自分の体重が~倍になったように感じる。
『5G……6G……』
「フッ! ──ク!」
アキラがこの軍港で、ここに停泊中の連邦軍艦アクベンスで暮らすようになって、1週間ほどが経過していた。
ここで今まで習った耐G動作──フック呼吸で酸素を大量に血液に取りこみ、足腰の筋肉を締めて下半身に溜まる血液を上に送る──を実践、頭部の血流量の低下による諸症状を抑制する!
『7G!』
「フッ!」
世界から色が消える。
視界が白黒になった。
Gによる症状の第1段階グレイアウトだ。
この次は真っ暗になるブラックアウト。
その次はGによる失神──
グレイアウトまではセーフ。失神はもちろんのこと、視界が暗転していても戦えないが、白黒になるくらいなら戦える。これ以上、症状が悪化しないよう踏みとどまらねばならない。
あと10秒。
〔10秒間7Gに耐える〕のがアキラの目標。それをクリアできたら実機に乗せてもらえる。それは軍においてブランクラフト以外の戦闘を行わない航空機のパイロットの目安だった。
本職のブランクラフト操縦士になる試験では9Gに耐えねばならないが、さすがにアキラがそこまでなれるとしても時間がかかりすぎて待っていられない。
模擬戦ではルシャナークを最大出力にはせず、Gもそれほど強くはかからないようにすることにして、軍は7Gを合格ラインと定めた。
「──ク!」
なんの訓練も受けていない人間なら3Gほどから始まるグレイアウトの発生を7Gまで抑えたのは御の字だった。
1週間、この施設で正しい耐G動作の仕方を習い、その効力を高める筋力をつけるためのトレーニングを受けてきた。
おそらく前者の効果が出た。
筋力は急につくものではないので、それ以前からパイロットを目指して自主トレしていて備わっていた分が役立ってくれているということだろう。教官のツキノ大尉が言っていたとおりだ。
あとは経験か。
この装置での訓練は初めてではない。もう何度かしており、ずっと失敗している。つらかったが、ある意味それで慣れた。
ブラックアウトもジーロックも経験し、それらが始まる兆候を感覚的に覚えられたのも収穫だった。今はブラックアウトのギリギリ手前で耐えられている。かつてなく上手くいっている──
『3、4、5、6──』
「フッ! ──ク!」
『──10! 速度 下げます!』
ついに目標の10秒を耐えきった。アームの回転速度が下がって遠心力が弱まっていく。それでもまだ高Gなので、アキラは気を抜かずに耐G動作を続けた。
「フッ! ──ク!」
『2G……1G……』
「はーっ……はーっ」
もうフック呼吸の必要もない。やがて装置は停止し、アキラはゴンドラから降りた──とたん全身筋肉痛でよろめき、倒れそうなところを黒髪の美女──ツキノ大尉の腕に支えられた。
「おめでとう。アキラくん、よくがんばったな」
「ツキノさん……ありがとう、ございます!」
「「「「「「「「アキラ!」」」」」」」」
そこに8人のたくましい男たちが殺到してきて、アキラは揉みくちゃにされた。いずれもアクベンス飛行長であるツキノ大尉の部下、飛行科のブランクラフト操縦士たち。
「やったな!」
「たった1週間で大したもんだ!」
「僕が見込んだだけはありますね」
みな、これまで自分の訓練をしながらアキラの訓練をサポートしてくれていた。アキラが自由時間にシミュレーターで操縦訓練する時もツキノ大尉ともども指南してくれている。
すっかり打ちとけた。
誰もがよき兄貴分だ。
「ミシマ中尉、ツルギ中尉、シラヤマ少尉、ヤクシ少尉、ダイニチ少尉、イズ少尉、アサヒ少尉、アサマ少尉。みなさん、ありがとうございます! ここまで来れたのも、ツキノさんとみなさんのおかげです‼ ボク、なんてお礼を言ったらいいか──」
「んなこたぁ気にすんな! そもそも初めに俺らのほうがお前さんに命を救われたんだ。この程度、恩返しにもなりゃしねぇ!」
「そうですよ。これからも一緒にいられる限り、君が正規パイロットになれるようご尽力します。マトなんとかの解析なんてのはついでですよ」
「いや~、ついでは困るなぁ、さすがに」
その声は、いつのまにか現れたアクベンス艦長でツキノ大尉の夫、オオクニ少将のものだった。飛行科の男たちは血相を変え、姿勢を正して敬礼した。
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