第17話 無謀の代償

 ルナリア帝国の兵士らが奪い、カグヤを連れて月の輝く南の空へと飛びさった5機のブランクラフトは、アキラには彼らの本拠地である月へと直行したかに見えたが、伯父サカキはそれを否定した。


 あの5機には大気圏離脱能力こそあるが、盗んだばかりで一度も自分たちで点検していない機体でそんな危険な真似はしない。


 必ず一度、設備の整った場所へと降りる。それは多分、南海から北上中の帝国艦隊に含まれる空母だろう──と。


 そう聞いて、アキラは南方へと飛んだ。


 伯父から授かった黄金の獅子ルシャナークに乗って。


 敵陣に突っこむ。おそらく自分は撃たれて死ぬ。分かっていても、カグヤに会って連れもどすため行動したかった。こんな機体に乗りながら、ただ逃げるなんて嫌だった。



 ビィィッ‼


 バババッ‼



 そしてアキラは帝国軍と連邦軍のブランクラフト隊同士が戦う場面に出くわした。気づけば双方の放つレーザーと機関銃の弾が交錯する空域の只中にいた。


 ルシャナークのコクピットの全周モニター上で、いくつもの枠状の敵味方識別マーカーが飛びかっている。


 夜闇の中、機影は小さく見えなくても、その枠マーカーが位置を、その脇に書かれた文字が機種を教えてくれている。


 枠マーカーは2色。


 敵方は赤──帝国軍機〘イーニー〙。


 味方は青──連邦軍機〘心神シンシン〙。


 そう表示されるということはルシャナークが連邦軍の識別信号を発しており、帝国軍機からは赤と認識されているということ。


 いつ撃たれても、おかしくない。こうしているあいだにも撃墜されて信号が途絶し青枠マーカーが消えていっている心神たちのように。



「ハッ、ハッ……!」



 アキラは機体を、直線的な加速は得意だが小回りは利かないライオン型の巡航形態から、その逆の人型形態へと変形させ、不規則な軌道で飛びまわった。


 敵の弾に当たらないように。


 カグヤに教わったとおりに。



⦅回避運動は常にしておくものです。リアルの弾は撃たれたあとによけるのは不可能なので、撃たれる前から動きまわって相手に狙いをつけさせないのが肝要です⦆


⦅ロックオンされて警報が鳴ったら即座に大きく回避運動⦆


⦅ただし警報は敵機が自動照準のため照射したレーダー波を自機のセンサーが感知した時に出すので、敵が自動照準機能に頼らず手動照準で狙ってくると鳴りません⦆


⦅ですから敵の攻撃が予想される時は常に、ジグザグに飛んだり螺旋を描いて飛んだりと、小さくとも回避運動となるよう動いていてください⦆



「ぐぅッ‼」



 方向転換する度に直前までと違う方向への慣性、Gがかかって体がきしむ。シミュレーターではマシンの回転によるGの再現が不完全で、ここまでではなかった。


 肉体的にもキツイが、精神的にはもっとだ。


 ただでさえ下手なのに、こう振りまわされては余計に上手く操縦できない。命がかかってるって時に! 生に執着はないつもりだったが、怖いものは怖い──ビーッ‼



「うわあああ‼」



 ついに警報が鳴った。アキラは反射的に左右のスティックを左に倒した。左スティックによる左への移動と、右スティックによる左へと頭を倒す回転の同時入力。ルシャナークが空中で側転!



 ボグァッ‼



 コクピットに衝撃が走った。側転による変則的な機動で敵からの攻撃を回避したかったが、失敗した。コンソールパネルを見ると機体状況図にダメージが赤く表示されている。


 左肩の装甲が削れていた。


 当たったのはレーザーか。


 ブランクラフトの装甲にはレーザーのようなビームを浴びると蒸発してビームを減衰する雲となって、一時的にそれ以上のビームによる被害を防ぐ〔アブレータ塗料〕によるアンチビームコーティングが施されている。


 ルシャナークの左肩でその金色の塗料が──鍍金メッキがハゲて、黒いカーボン製の地肌が露わになっていた。次ここにビームを受けたら、もう防げない。



「クソッ‼」



 これまでアキラは敵機を一切ロックオンしてこなかった。目的はカグヤを探すことで戦うことではない。ロックオンすれば向こうにもそれが知られて交戦を余儀なくされる。


 誰とも戦わずに戦場を離脱したかったが、ロックオンされた以上、やらねば、やられる。アキラは右スティックの小指トリガーを引いて、照準モードを手動から自動に切りかえた。



 ピッ



 機体のAIが正面に最も近い敵1機をロックオン──自動照準の標的と定める。その1機のイーニーを囲む赤枠の中にロックオン中を示す赤十字線が現れる。


 また、その赤枠は通常よりも太い二重線になっていた。こちらをロックオンしている証だ。今、撃ってきた機体だろう。



 グッ



 アキラは変則機動を続けながら右スティックの十字ボタンを親指で押しこんで、自機に主武装による精密射撃を命じた。


 ルシャナークが右手に持ったガンポッド型レーザーライフルの銃口をそのイーニーに向けるよう腕を動かしていく。全周モニター上で照準を示す緑十字線が標的の赤枠へと近づいていく。


 一方、イーニーが人型形態で同様にガンポッドを向けてくるのも見えた。どちらが先に照準を合わせ、発砲するかの勝負……



(‼)



 アキラは機体を急上昇させて回避運動を取った。だがまた失敗して、相手のガンポッドから放たれたレーザーを今度は機体の右脚に浴びた。そこの塗装がハゲる。


 アキラが攻撃を中断したのは相手のほうが早く照準を合わせたのが見えたから、ではなかった。


 気づいたからだ。自機の照準が合う直前になって〝カグヤがこのイーニーの乗っていたらどうする〟──と。


 可能性は低い。


 あれに乗っているのが、最高のジーンリッチであるカグヤなら、自分はすでに死んでいる。だが万が一にもその可能性がある以上、アキラには撃てなかった。


 そもそも、カグヤはどこにいる?


 奪われた5機と共に帝国艦隊のどこかの空母に降りて、そのあとは? 艦内にいる? それとも出撃している? 5機のどれかで? それともイーニーで?


 分からない限り、アキラは帝国軍の誰も撃てない。


 向こうは撃ってくるのに。向こうはジーンリッチかつ本職の兵士。こちらはアートレスかつ素人、その中でも底辺の落ちこぼれ。手加減できる余裕なんて一切ないのに!


 アキラは無我夢中で通信回線をオープンチャンネルで開き、敵味方の全てに向かって呼びかけた。



「カグヤ、どこ⁉」

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