第16話 21世紀の海戦

 月の帝国ルナリアの皇帝となった天才生物学者タケウチ・ツヅキの弟にして、兄と共に月社会の礎を築いた天才工学者タケウチ・サカキ。


 開戦前夜に月から地球へ帰っていた彼が、帝国の敵である地球連邦で新型ブランクラフトを作っているとの情報を掴んだ時、帝国の指導者たちは大いに危機感を覚えた。


 彼が作るブランクラフトなら連邦の現行機種〘シンシン〙はもちろん、それより優れた帝国の最新鋭機〘イーニー〙さえ超える性能に違いない。機体を入手して調べあげ、対策を立てねば。



 そう考えた帝国は入念な作戦を立てた。



 皇帝ツヅキの娘にしてサカキの姪である皇女タケウチ・カグヤをスパイとし、地球連邦へ偽りの亡命をさせる。カグヤは叔父のサカキと同居して、新型の試作機の所在を探る。


 そのため、帝国が占領中のスペースコロニーテンカツキュウから伸びる軌道エレベーターの内、まだ帝国が占領していないアメノウキハシの地上駅がある連邦領・日本州の沖ノ島へと、カグヤを含むブランクラフト部隊を侵攻させる。


 カグヤは連邦に亡命の意思を示すための演技で部隊の仲間と戦って皆殺しにし、沖ノ島の近くにあるサカキの住所・高取山まで流れて降下。


 そのままサカキの居城に住みつく。


 そして新型の所在を突きとめたら近くに潜んでいる強奪部隊に号令を出す。それに合わせて、天蠍宮から真下に垂れる軌道エレベーター〘ソウ〙の海上駅から発した帝国艦隊が日本州への攻撃を開始。


 その迎撃に連邦軍の人手を割かせることで強奪作戦の阻止まで手が回らなくさせ、艦隊はそのまま連邦艦隊を撃破して沖ノ島駅と日本州を占領する。


 作戦は実行され、今はその最終段階。


 強奪部隊は高取山から5機の新型を盗み、それに乗ってカグヤを連れて離脱、連邦艦隊と交戦している帝国艦隊の旗艦に収容された。


 そしてカグヤが5機のコンピューターから吸いだしたデータを見ると……それらの性能は心神を超えてはいるが、イーニーとは互角でしかなかった。



「ガラクタ……?」



 帝国にとって未知の技術の1つも使われていない。連邦にはありがたい新兵器であろうが、帝国が強奪する価値はない。



 カグヤは目の前が真っ暗になった。



 連邦に亡命を信じさせる芝居のためだけに、犠牲に選ばれた同胞のパイロットたち。彼らを撃った時の感触が手に残っている。その命に報いるためにも強奪作戦を成功させた──


 はず、だったのに。



(仲間を殺して……アキラを傷つけ、彼との日々を捨てて……得たものがコレ⁉ なにをやっているの、わたくしは‼)



 アキラの悲痛な声が脳裏に蘇る。


 胸が締めつけられるように痛い。



(叔父さまがこんなもの作るはずない。わたくしをスパイだと見抜いて偽物を掴ませたのですね……!)



 カグヤも誤解していた。


 帝国の指導層と同じく、叔父サカキを世界一の工学者だと。彼が月で一線を退いていたのは高齢のためという表向きの理由を疑っていなかった。


 本当はジーンリッチの頭脳についていけなくなったからで、5機の性能もサカキでは全力を尽くしてもジーンリッチが作ったイーニーを同レベルで模倣するのが精一杯なのだった。


 国のために叔父を裏切ったとはいえカグヤは物心ついた時から彼を敬慕しており、それゆえ目が曇ってしまうことからは、最高のジーンリッチである彼女さえ逃れられなかった。







 日本州の南の海上で向きあう、北の連邦艦隊と、南の帝国艦隊。どちらもその構成は第3次世界大戦からのセオリーどおり。



〔空母〕 1~2隻

〔砲艦〕 3~4隻



 くう──こうくうかんの略──は全長300m。艦内に多数の航空機、特にブランクラフトを搭載。上部甲板のほとんどがその滑走路となる平たい飛行甲板になっている。艦自体の武装は少ない。


 ほうかんは大砲を主な攻撃手段とする艦で、全長250mの大型は〔せんかん〕、200mの中型は〔じゅんようかん〕、150mの小型は〔ちくかん〕と呼ぶ。


 司令官の座乗する旗艦は空母が務めることが多い。これらで1艦隊を組み、この戦場ではどちらも複数の艦隊からなる連合艦隊を展開していた。数はやや連邦軍が多い。


 艦隊同士はどう戦うか。


 かつて主力だったミサイルは第3次世界大戦時に廃れている。新たに普及したレーザー砲によって簡単に撃ちおとされるようになったからだ。


 強力な光線で標的を焼くレーザー砲は、実弾式の大砲と違って反動がなく照準しやすく、発射するのも光なので実弾のように重力に引かれて落ちることなく直進し、命中率が極めて高い。


 なので遠方から飛んでくるミサイルを迎撃するには適しているが、敵艦を直接攻撃するには難がある。敵艦をレーザーで撃つ時、敵艦もまたレーザーを撃ちかえしてくるから。


 高速で飛ぶミサイルも落とす光線。


 船のデカイ図体では回避できない。


 軍艦同士のレーザーの撃ちあいは足をとめての殴りあい。先に装甲の耐久値が尽きたほうが負け、勝ったほうも大損害を免れない。それは最後の手段。


 まずはレーザーに撃たれる距離まで近づかない。水平線の下に隠れる。地球の丸みを利用して海面を遮蔽物とするのだ。


 そこで実弾式の大砲の出番。


 直進するレーザー光線と違って弾が重力に引かれて落ちるので、海上を飛んで水平線の向こうにも届く。


 現代の大砲の主流は、旧来の火薬の爆発によって弾丸を飛ばすタイプではなく、2本のレールのあいだで弾丸を電磁力で加速して発射する──



磁軌砲レールガン



 最低でもその初速はマッハ6、射程は200㎞。ただし敵は水平線の彼方なので見えず、そのままでは狙いがつけられない。


 その目を補うのが空母から発進したブランクラフト隊。


 味方艦隊からは見えない遠方を上空から見下ろし敵艦を探し、見つけるとその座標を機体のコンピューターが味方艦隊へと送信、味方艦隊の砲艦らはそのデータを頼りにレールガンを撃つ。


 さらにブランクラフト隊も上空から敵艦を撃つ。


 そしてブランクラフト隊のもう1つの仕事が、敵のブランクラフト隊がそうするのを阻止すること。



 ──現在、深夜。



 連邦艦隊と帝国艦隊は約200㎞離れてレールガンを撃ちあい、その中間の上空では互いの艦隊を発見した両軍のブランクラフト隊同士が激しく交戦──その真っただ中に、アキラの乗るルシャナークは飛びこんでしまっていた。



「カグヤ、どこ⁉」

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