もしも、「友達の話なんだけど」と言って始まった幼馴染みの恋愛相談が、本当に友達の話だったら。

空ノ彼方

もしも、「友達の話なんだけど」と言って始まった幼馴染みの恋愛相談が、本当に友達の話だったら。

『友達の話なんだけど』


 この言葉に、聞き覚えのある人は多いだろう。

 特に、漫画やアニメ、ドラマなどの物語を嗜む人ならば、確実に一度は聞いたことのあるセリフだ。

 恋愛、ラブコメものでよく聞くこの言葉。

 誰かに恋をしている人が、その人のことをもっと知りたいけれど、本人に言ったら気持ちを気づかれるかもしれないーーという葛藤の末に本人に言うセリフだ。

 架空の友達を作り、”友達から恋愛相談を受けたけれど、異性の意見も欲しい”という理由で、その人のことを知ろうとたくらむ、古典的で昔から使われている方法。


 だからこそ、もしこんなことを自分が言われたら、こう思ってしまうだろうーー「あ、これ、自分のことだ」と。


☆☆☆


「おいたける! 昨日の『マブカミ』見たか!?」

「もちろん見たよ。いやぁ、まさかの展開だったな」

「あぁ。でも、この展開は賛否両論だろうな」

「だろうなぁ、まあどっちにしろ見るけど」

「当たり前だな」


 飛歩高校のある日の昼休み、俺ーー速水はやみたけるは、友人とアニメ話に花を咲かせていた。

 今日の話題は、昨日放送されたーー正確には今日の深夜ーーアニメ『マブダチが神さまだった件』、通称マブカミだ。主人公の仲の良い友達、所謂マブダチが実は神さまだったというところから始まるこの作品。


 これまではよくあるラノベ的展開が多く、「可もなく不可もなく」「100点満点中68点」「最終回終わった後、面白かったなと思いつつも、次クールのアニメ始まったら忘れそう」など、一番反応に困る評価をもらっているこの作品だが、最終回を目前に控えた最新話で、話が急展開を見せた。

 なんと、ここにきてマブダチは神さまではなく、ごく普通の人間だということが分かったのだ。

 たしかに、これまでマブダチ自身が「自分は神だ」と言ったことはなく、主人公が偶然盗み聞きしてしまっただけだった。

 つまり、主人公と視聴者の勝手な勘違いだったということになる。


 こんなことがあり昨日の放送終了後、SNSで賛否両論を巻き起こしたのだ。

 おそらく、この先どのような展開になっても、”神作”と言う人と、”駄作”と言う人が現れるだろう。

 まあ俺はそれを見守るだけだが。


 ここまでの話で分かった人もいるかもしれないが、俺はアニメや漫画が好きな人間、所謂オタクというやつだ。

 オタクというと、メイドを見てグヘヘヘしたり、「萌え」とか言ってそうなイメージを持っているかもしれないが、今どき、そんな人はほとんどいない。

 アニメ映画が流行ったり、声優がTV番組に出演したりするこの時代、割と多くの若者がオタクなのだ。そんなこともあり一昔前なら冷めた目で見られていたかもしれない俺たちの会話も、”好きなことの話をしている”程度にしか思われていない。


「なあ速水、ここわかる?」


 別の友人が話しかけてきた。

 俺は自他ともに認めるオタクだが、友達は多い。ーー男の……。

 その理由はいろいろあるが、その一つが、成績が良いことである。


 休日など、漫画やアニメを見る時間と同じくらい、俺は勉強もしていた。これは、親からのお小遣いを減らされないように、などの理由がある。

 バイトのやっていない高校生では、買える漫画などの量は多くない。そのため、意外と空き時間があるので、勉強をする時間があるのだ。


「ここはさっきの授業で先生が言ってただろ」

「え? そうだっけ?」

「そうだよ。ここをこうして、公式を当てはめればーー」

「おお! ホントだ! サンキュー、速水!」


 授業も真面目に聞くし、自分で言うのもなんだが、もともと自頭も良いのだろう。好きなことを満足にやっていても、学年10位あたりをキープしていた。

 これが俺、速水武の日常である。


☆☆☆


「起立、礼」

「はーい、明日も遅刻すんじゃねえぞ」


 こなれた風に礼をし、終礼が終了した。

 先生の定型文を聞き流し、それぞれの目的地に生徒たちが向かう。

 帰宅する者、部活へ向かう者、恋人や友人の教室へ向かう者、様々だ。

 このうち俺は、帰宅する者、に分類される。

 

 部活もやっていなければ、彼女もいない。

 俺に残された選択肢は、帰宅することのみである。


 手早く帰りの支度を済ませ、立ち上がったときーー。


「すみませーん」


 女友達のいない俺にしては、妙に聞き馴染みのある女性の声に、一瞬視線が、声のした方向へ向く。

 そこにいたのは、予想通りの少女、玉木たまき歩美あゆみであった。


 彼女とは幼稚園のことからの知り合いであり、所謂幼馴染みというやつだ。とはいっても、ここ数年は会話もしていないため、今では友達以下ーーただの顔見知りと言っても差し支えない。

 なので、よくラノベなんかである幼馴染みモノのように、他所のクラスからわざわざ俺を求めてこのクラスにやって来るようなことは全くーー


「速水君いますか?」


 あったわ。


 ざわめく教室。

 男友達は多いとはいえ、女友達は0に等しい俺が、かわいい女の子に呼ばれているのがおかしいらしい。

 うん。俺も思う。あいつ、今更なんのようだ?


 とにかく、このまま無視するわけにはいけない。


「玉木さん、どうした?」

「ちょっと速水君に聞きたいことがあるんだけど、時間ある?」

「それって、ここで話せる内容か?」

「うーん、ちょっとここでは難しい」

「わかった。じゃあ、どこか行くか」


 背中に視線を感じながら、俺は玉木さんと一緒に校門を出た。

 学校内だと、知り合いと会う可能性があるからだ。

 とはいっても、すでに手遅れな気がするな。明日、なにか言われそうで今から面倒くさい。


 それにしても、聞きたいことってなんだろう。


 先ほども言ったが、今の俺とこいつは、ほとんど関りはない。

 さっきのクラスメイトの反応から分かるように、高校に入ってからは、この一年と少しの間一度も話していないはずだ。

 中学でも、話していたのは一年のときくらいで、二年に入ってクラスが分かれてからはめっきり話さなくなった。


 とはいっても、別に喧嘩別れしたとかそういうことではない。仲の良かった異性の友達ということで、昔はからかわれたことも多く、それが話さなくなった理由の一つであることも否定はしないが、一番の理由はそれぞれにそれぞれの友達ができたことだろう。

 特に、中学二年で初めて別のクラスになったときーー今思えば、それまでずっと同じクラスだったのが奇跡的だったーー俺たちは、同性の友達が増えた。同性の友達というのは、例え幼馴染みとはいえ異性の存在だったこいつよりも、共感することが多かった。そんなこともあり、それまで異性と一緒にいることが多かった反動からか、俺たちは同性の友達をたくさん作った。

 そうなってしまうと、もう異性の幼馴染みと会う機会は激減する。今じゃ、昔みたいに名前で呼び合うことすら躊躇うありさまだ。


 そんなわけで、今更彼女が俺に聞いたいことなんて、全く予想ができなかった。


「どこに向かってるんだ?」


 俺は、どこかに向かって歩いている玉木さんに聞く。


「速水君の家の近くのファミレス。あそこなら、誰にも聞かれないでしょう?」

「ああ、なるほど。でも、玉木さんの家の近くにもファミレスあったよな?」

「そうだけど、ここからじゃ、速水君の家の方が近いから」

「そっか」


 お互い、苗字に付けや付けで呼び合うような、距離の遠い関係なのに、お互いの家の場所も、その家の周りの風景も知っているのは面白い。

 目を合わせずとも、自然な会話が成立する。会話がなくても、気まずい雰囲気にならない。俺たちはなんだかんだ、まだ幼馴染みなのかもしれない。


☆☆☆


「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

「二人です」

「二名様ですね? こちらの席へどうぞ」


 昼食を夕食のちょうど真ん中くらいの時間だったためか、すぐにテーブルに通された。


「ご注文、承ります」

「とりあえず、ドリンクバーふたつ」

「かしこまりました」


 俺たちは、それぞれコップを持って、ドリンクコーナーへ向かった。

 ドリンクを注いで戻り、しばらくすると玉木さんも戻ってきた。


 玉木さんの持ってきたのは、ミルクの入ったコーヒー。

 というか、コーヒーの入ったミルク。ミルク:コーヒーが9:1くらいで、もはやただのミルクだ。

 そこに、えげつない量の砂糖を投入した。

 完成したのは、見るだけで口が歪むような、謎のドリンクだ。


「相変わらずだな」


 俺はそう呟いた。

 こいつは、昔からこの謎飲物をよく好んで飲んでいた。

 大人ぶってコーヒー飲もうとして、苦かったのかミルクや砂糖を入れ始めたのが始まり。

 それが癖になったのか、どんどん入れる量が増えていった結果、こんな感じになってしまった。


「あら、速水君も相変わらずじゃない」


 俺の呟きが聞こえたのか、玉木さんが答えた。

 俺のコップに注がれているのは、野菜ジュース。俺の大好物な飲物だ。

 おそらく、野菜ジュースを好んで飲む高校生は少ないだろう。ーーこいつの謎飲物ほどじゃないが。


 俺が野菜ジュースを好きになったのも、まだ彼女と一緒にいることの多かった、小学校時代だ。

 よく母親に「肉だけじゃなくて野菜も取りなさい」と言われたことが影響して、野菜ジュースなんかも飲むようになったのだ。今じゃ一番好きな飲物だ。


「まあな」


 俺はそう言って飲物を口に含む。

 うん、やっぱり美味しい。これが飲み放題なのは素晴らしいな。なお、原価を考えちゃいけない。


 同じように、玉木さんも謎飲物に口を付ける。

 飲んだ彼女の表情に、俺は顔を緩めた。


「なに?」


 彼女が尋ねる。

 こちらを見て笑い出した俺を、不思議に思ったのだろう。


「いや、美味しそうに飲むなって思ってな」


 この甘ったるくてしょうがない飲物を楽しそうに飲む彼女に、可笑しさや懐かしさがにじみ出たのだ。

 俺の回答に、玉木さんはムスっとした表情で答えた。


「しょうがないじゃない。しばらく飲めなかったんだから」

「え?」


 彼女曰く、高校に入ってから飲んだのは、初めてらしい。

 彼女自身も、これが引かれるようなものだということは自覚している。だからこそ、高校の友人には隠しているらしい。

 中学時代の親友たちは知っているようで、今は特に何も思われていないらしいが、最初の方はやはり引かれたらしい。


「でも、今更あなたには隠してもしょうがないでしょう? まさか、笑われるとは思ってなかったけど。引かれたり呆れられたりすることはあるけど、笑われたのは初めてよ」

「すまんな」


 まあ、俺はどんどん甘さがエスカレートしていく様子を見ていたからな。今更引いたりはしない。


「それで、聞きたいことってなんなんだ?」


 俺は、話を戻して、本題について聞くことにした。


「ちょっと相談があってね」

「相談?」


 今更俺に相談だと?

 彼女には友達がたくさんいるだろう。わざわざ距離を置いていた俺を呼びつけてまで、俺に相談する必要があるだろうか?

 ……そういえば、彼女は俺とは逆に、男友達はほとんどいない。それが関係しているのか?


「これは友達の話なんだけど」

「お、おう」


 『友達の話』それはつまり、である。それは、フィクションの世界では、常識中の常識である。

 まさか現実で言われるとは思わなかったけど。

 とりあえず、ツッコみしたりはせず、聞いてみよう。


西間木にしまぎさんっているんだけど、その子に好きな子ができたんだよね」

「ほう」


 西間木にしまぎか。安直だなと思った。

 おそらく、この西間木というのは玉木さんのことだろう。

 彼女の母親の旧姓は西牧にしまき。ひらがなで一文字違いだ。すぐにわかった。


 つまりこれは西間木さんという架空の人物を使って、自分の恋愛相談をしたいということか。

 そういう性別が関係する話なら、俺にわざわざ相談するのも、分からなくはない。


「その相手の田中たなか君って人とは、話したことはあるけど、そこまで仲がいいわけじゃないんだって。顔見知りくらいの関係かな」

「なるほど」


 ほう。田中君か。ありふれた苗字すぎて、全く誰だか予想が付かないな。うちの学校の生徒である保証もないし。

 そして玉木さんは、その田中君を好きになったと。顔見知りという関係性から考えるに、一目惚れに近いのかな。

 というか、玉木さんって、一目惚れとかするタイプだったか? まあ、そういうのは、性格とかはあまり関係ないのか。理屈じゃないというか。


「それでね。参考までに、速水君のことを知りたいなって思って」

「……ん?」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 待て待て待て!

 なんでそこで、俺のことを知りたがる!? 田中君とやらと俺は、違う人間なんだぞ!?

 全く参考にならないとは言わないが、それはゼロに限りなく近いといえる。


 ……いやちょっと待て。

 この展開は、漫画ではお決まりのパターンじゃないか?

 こういうとき、相談と見せかけて相手のことを知るのが、一番よくある手法だろ。

 ーーつまり、なのか?


 一旦落ち着こう。

 仮に田中君が俺だとしよう。

 俺と玉木さんの関係は、今は顔見知り程度の関係。同じだ。

 田中という名前はどこから出てきた? 西間木は母親の旧姓が由来だとする。そうすると、俺の母親はなんだったか。

 ……そう。中田なかただ。


 ーー中田?

 田中……中田……田中……中田。

 わお。入れ替えただけじゃねえか!


 これは、確定と見るべきか!?


 つまり、彼女は俺のことが好きで、『友達の話』と称して、俺のことを聞こうとしている。

 と、いうことだ。


 これは……どうするべきか。

 俺がこのことを理解できたのは、こういう展開に慣れているオタクだからだ。

 それに、このことを伝えたら、彼女の理想の展開にはならないだろう。


 ここは、彼女の名誉のためにも黙っておくべきか。


「ちなみに、速水君と田中君って、似てる気がするから、速水君のことを教えてね」

「な、なるほど。それで、質問ってのは?」

「うん」


「そうね。まず最初に休日は何してる?」

「家にいるかなぁ。用事がなきゃ、家からは出ないと思う」


 特に、俺たち高校生はバイトでもしていなきゃ、お金がなくて外で買い物も満足にできないからな。

 女子みたいに、買わなくても選んだり見たりするだけで満足するような男子は少ないと思う。


「なら、デートに誘うなら、おうちデートかな」

「そうとも限らんぞ? 俺は外でデートがいいな」


 外に出ないのは、用事もなければ散財するような金もないからだ。

 金がないといっても、ゼロじゃない。ある程度は溜めているし、そういう時なら、躊躇わずに使うだろう。


「その子がゲーム好きで、一緒にゲームしよって誘われたら?」

「家一択」


 そんなの、家に決まってる。

 俺も彼女も楽しくてお金かからないとか、いいことしかないじゃん。

 というか、玉木さんは今もゲームしてるのか? 前は家で一緒に勉強した後とか、ゲームして遊んでたけど。


「誘うのはどうしよう。いきなり誘うのは怪しまれるし、アプローチしてからかな」

「そ、そうだな」


 これが自分に向けたものだと知っているため、「今すぐ誘ってもOK!」と言いたい。

 けれど、それを言ったら、知られていることがばれてしまうため言わない。

 

「ジェルネイルやマニキュアでアピールするのは?」

「うーん、俺はおすすめできないなぁ」

「なんで?」

「ネイルとかマニキュアとか、気が付かんだろ」


 多分、今玉木さんがそれをしていたとしても、気が付かなかっただろうな。

 まあそれが男女の差ってやつだ。


「じゃあ、たくさん連絡して好感度上げるとか?」

「ウザがられないか? それ」


 連絡が来るのは素直に嬉しいが、そう何十回も来ると、さすがにウザくなる。

 学校でも会えるんだし、そこまで連絡する必要はないと思う。


「ならどうやってアプローチすればいいのよ」

「一緒にいる時間を増やしたりするだけで十分だと思うぞ」

「そうなの?」


 俺たち男子は、一緒にいるだけで勝手に嬉しくなって好感度上がっちゃうのだ。

 もちろん、最初の好感度が低ければ話は変わってくるが、今回は、俺が玉木さんと一緒にいて嫌になることはないので、問題ない。


「それで、半年くらいアプローチしたら、告白かな」

「遅すぎだろ!」

「え? そう?」


 俺は彼女の気持ちを知っているのに、半年も待たなきゃいけないのかよ!

 そんなに待てんわ!


 え? 俺から告白すればいい?

 玉木さんから告白されたら、めっちゃ嬉しいくらいには彼女のこと好きだけど、自分から告白するほど恋をしているかと言われたら、そうじゃないしなぁ。


「そうだろ。俺ーーじゃなくて、その相手も、そこまで待てるかわからないだろ。早めに告白した方がいいって」

「そういうものなのね」


 その後も、色々な質問を繰り返して、今日はお開きとなった。

 ここは俺の家の近くのファミレスなので、ファミレスを出てすぐに分かれ道になる。


「そうだ。速水君の連絡先教えてよ。もしかしたら、また聞くかもしれないし」

「おお、いいぞ」


 俺たちは、お互いにスマホを取り出して、アドレスを交換した。

 そして、彼女のアドレスを見て驚く。


「速水君、これ……」

「玉木さんだって……」


 彼女のアドレスは、誕生日と、ある単語の組み合わせだった。

 その単語は『ryu-ku』

 リュークとは、昔一緒にゲームをするときに付けた、takeruとayumiから取った共同のプレイヤーネームだった。


 そして、この名前は、俺もアドレスに書いていた。


 だからこそ、俺たちは驚いたのだ。まさか、まだこの言葉を覚えていたとは……。


「昔の思い出を、こんなことろに残していたのね」

「お互いにな」


 俺たちは、クスリと笑うと、スマホをしまった。


「今日はありがとう。教えてもらったこと、参考にするわ」

「ああ」


 彼女はそう言って、俺と別れた。


☆☆☆


 あれから数週間。

 全くと言っていいほど、玉木さんと話すことはなかった。


 これだけの時間が経てば、”俺が隠れて彼女を作っている疑惑”も聞かなくなった。

 あの日の翌日は、それはもう問い詰められた。

 最終的には、玉木さんが幼馴染みであることと、今は全く話していないこと、昨日のは相談を受けただけだと話して、なんとか事態は収束した。


 あの時は(まあ、今は話してないけどな、これからどうなるか分からないぜ?)とか思っていたのだが、本当にあれから話すことはなかった。

 あの相談はマジで何だったのか? 実は幻覚だったんじゃないか?

 そう思っていたある日の昼休み、ガラガラと扉が開いた。


「速水君、ちょっといい?」

「な、なんだ? 玉木さん」


 入ってきたのは、現在の悩みの種の玉木さん。

 なんだ? やっとアプローチを始めるのか?

 などと考える俺。


「ついて来て欲しいんだけど、今大丈夫?」


 な、なんだ?

 とりあえず、頷き、彼女の後ろについて行く。

 やってきたのは屋上。そこには一組の男女がいた。


「えーっと、彼らは?」

「紹介するわ。西間木にしまぎ夏美なつみさんと、田中たなかさとし君よ」

「……え?」


 ニシマギさんとタナカくん?

 え? それって、玉木さんが作った架空の人物じゃ……?


「ありがとうございます! あなたのおかげで、田中君と結ばれることができました!」

「え? ……え?」


 西間木さんと名乗る人の話が全く入ってこない。


「僕からもお礼を言いたい。君のおかげで、僕は彼女の魅力を知ることができた」

「タナカ……?」


 なんとか発した単語は、彼の名前と思われる単語だけだった。


「本当にありがとうございました!」

「速水君に相談したことを実際にしたら、本当に結ばれちゃったんだよね。私からも言わせてもらうわ。本当にありがとう」


 玉木さんがそう言うと、西間木さんと田中君は、手をつないでイチャイチャと帰っていった。


 それを見送り、すべてを理解した俺は、思わず膝から崩れ落ちた。

 その姿は、まさにorzといった風だ。


「ど、どうしたの!?」


 突然崩れ落ちた俺に、玉木さんが驚いた声を上げる。

 しかし、俺はその声に反応することができなかった。


 俺は大きく息を吸って、声を出さないように心の中で叫ぶ。




















 はっっっっっっっっず!!!!!!!!!!!!!!


 え!? なに!? 本当に友達の話だったの!?


 母親の旧姓がどうとかは、ただの偶然!?


 それなのに「名誉のために黙ってやるか♪」って、何様だよ!!


 うわ、はっず……!


 めっちゃ自分のこと語ってたよ!


 うわ、はっず……。


 「こいつが恋人か~」とか考えちゃってたよ!


 めっちゃ受け入れる気でいちゃったよ!


 うわ、はっず。

 はっず。

 はっず。




「あぁああぁぁぁああ……」

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


 どうやら、声が少し漏れていたようだ。


 クソッ、現実リアルの奴、ぜってえ許さねえ。

 そうだよ。これは現実リアルだ。漫画のテンプレが通じるはずがないじゃねえか。


「ああ、大丈夫だよ。自分の愚かさに気が付いただけだから……」


 俺が涙を流している理由を、君はまだ知らない。

 いや、一生知らないで。お願いします。


 幸か不幸か、彼女は俺の気持ちなんか察する様子は微塵もなく、それどころか大声を上げて笑い出した。


「あっはっはっはっは!! なにそれ? 自分の愚かさ? あなたには一生似合わない言葉ね」


 イラッ


「なんだと!? 俺はこれでも学年10位だぞ! まさに、賢い俺にお似合いの言葉じゃねえか!」

「賢い? あなたが? 成績がいいだけで、昔っからあなたは根はバカじゃない」

「なんだとぉ? そういうセリフは、俺より上の成績と取ってから言ってもらいたいな! お前、今でも、俺より成績悪いんだろ!?」

「ぐっ!」


 俺たち言い合った。子供の時のように。

 それは、授業五分前を知らせる予鈴が鳴るまで続いた。


「はあはあはあ」


 その結果出来上がったのは、荒い息遣いをする男女だった。


「ははっ」

「ふふっ」


 しかし、俺たちは同時に笑い出す。

 顔見知りであるはずの俺たちが、相手を貶して罵った。それなのに、お互い全く傷ついてない。

 それがなんともおかしかった。


「ねえ、速水君」


 玉木さんが口を開く。


「私たち、また友達になれないかな? また、幼馴染みに戻れないかな?」


 彼女の言葉は、俺も今思っていたことだった。

 なので、返す言葉は決まっていた。


「これだけ好きなことを言い合えるんだ。当たり前だろ? もちろんなれるさ」


 俺がそう言って、ふたりで笑った。

 それが、俺の回答だ。


「なら、タケちゃんーー」

「待て! タケちゃんは止めてくれ! 恥ずかしすぎて死んでしまう!」

「えー、別によくない? 私も、『アユちゃん』でいいからさ」

「やだよ! なんでお前は抵抗がないんだ!? とにかく、それ以外にしないなら、この話はなかったことにするからな!」


 もし「タケちゃん!」なんて言いながら、クラスのドア開けたりしたら、軽く死ねる。

 多分、窓開けて飛び降りる。


「わかった。ーーじゃあ、たける


 言い直した玉木さん。

 俺も言わなければなわない。


「なんだ? ……歩美あゆみ


 彼女の名前を。


「これからよろしくね!」


 そういって、彼女ーー歩美は手を差し伸べた。

 彼女の眩しい笑顔。昔と変わらない笑顔。


 しかし、差し伸べられた、細く脆い手は、昔とは全然違う。

 いつも真横にあった彼女の顔は、今は自分よりも下にある。


 距離を取り、顔見知りになっていた約四年で、俺たちは大きく変わってしまった。

 もうそこには”タケちゃん”も”アユちゃん”もいない。

 そこにいるのは、立派な高校生であるたける歩美あゆみだ。


 でも、俺たちは、またこうして友達になることができた。

 ”顔見知り”は”幼馴染み”に戻ることができた。

 薄く細く、今にも切れそうだった俺たちの関係は、また強固なものに変化することができた。


「おう! よろしくな!」


 この先、俺たちは恋人にはならないかもしれない。それぞれ別の相手を見つけるかもしれない。

 でも、俺たちの関係は、決して切れることはない。そう確信できた。


 ーー今回は許してやるよ、現実リアル


 なんせ、四年もの間、俺たちは顔見知りだったのに、繋がりが切れることはなかったのだから。


 まるで祝福するかのように授業開始の鐘が鳴り響く中、俺たちは幼馴染みに戻った。


「ってやべえ! 授業始まるじゃん!?」

「本当だわ! 戻るわよ! 武!」


 俺たちは、屋上から駆け下りて、教室を目指して走り出した。


「ねえ、私たち、幼馴染みに戻ったんだよね?」

「え? そうだけど」


「じゃあさ、今日このあと、武の家に言ってもいい? 勉強見てほしくて。昔みたいにさ、武の部屋で教えてよ」


 は!? それはまずい!

 なんせ、今の俺の部屋には、美少女フィギュアやポスターがそこら中にあるんだから!


「い、いや、実は! 今日はとてもとても重要な用事があってな! また明日とかにしてもらえないかな!」

「ふーん。嘘ね。あなたが嘘をつくときの癖なんて、全部お見通しなんだから」

「なんだと!?」


 今初めて明かされる真実!?

 俺にそんな癖があったのか!?


「というわけで、今日の授業終わり、武の家に行くからね! これ、決定事項だから。ああ、久しぶりだから、楽しみだなあ!」


 止めてくれ! 今日は来ないでくれ!

 縒り戻した初日に絶縁宣言されてしまう!


「あ、教室着いた。じゃあまたね~」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 頼む!!!」


 クソッ! 現実リアルの野郎! やっぱ許さねえからな!


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もしも、「友達の話なんだけど」と言って始まった幼馴染みの恋愛相談が、本当に友達の話だったら。 空ノ彼方 @SkyT

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