第4話 高威力魔術

 言葉に合わせて魔術が発動。

 掌から、燃えさかる炎が飛び出した。


「やった……出来た。魔術が撃てた!!」


 クリスはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 いままで、様々な講師に教わってきた。それでもまるで使えなかった。


 それが、書庫にあるスキルボードで使えるようになるなど、思いもしなかった。


 夢にまで見た魔術が、やっと使用出来た。

 その喜びは、これまで味わったどんな感情よりも甘美だった。


 ひとしきり喜びを味わったあと、クリスはふと使用したファイアボールの存在を思い出した。


 ファイアボールはまるでカタパルトに射出されたかのような勢いで、ぐんぐん遠ざかっていく。

 進めど進めど、燃え尽きる様子がない。


「…………んん、大丈夫かな?」


 少しだけ不安になる。


 ファイアボールは、直径がクリスの上半身ほどもあった。

 これの直撃を受ければ、ただでは済むまい。

 前方に、領民がいないことを祈る。


「ああ、でも追尾を付けてるから大丈夫……かな?」


 追尾は、スキルボードで付与した追加効果だ。

 クリスはこれに、『人殺しを追尾せよ』という指令を付与した。


 初めは『悪』と定義しようとしたが、それではイメージが曖昧だ。

 なので『人殺し』にした。


 魔物か、動物か、あるいは人間か。

 ファイアボールの先に『人殺し』がいれば、なんでも良いのでアタックするよう仕向けている。


 人の命を奪っている相手であれば、魔術がぶつかっても問題なかろう、というのがクリスの考えである。

 しかし、そう上手くいくだろうか?


 ファイアボールが向かった先を眺めて、クリスは困ったように笑った。


「…………見えない」


 これではちゃんと発動したかがわからない。


 ファイアボール追尾実験は、完全に失敗だ。

 どうせ追尾させるなら、目の届く範囲にしておけばよかった。


 気を取り直して、クリスは他の属性の初級魔術を生み出していく。

 水、土、風だ。

 それぞれパラメーターをファイアボールと同等にして、(追尾があると、またどこかに魔術が逃げてしまうかもしれない)追尾を抜く。


 そうして出来た魔術に名前を付ける。

 水がハイドロウォータ、土がストーンバレット、風がウインドカッターだ。


 それぞれの魔術を、近くの地面に向けて発動する。


「これはすごい威力」


 クリスが生み出した初級魔術が、地面をガンガン抉っていく。


 3つの魔術を試し撃ちして、強化度10の威力がどのくらいなのか、クリスはおおむね理解した。


「うん、これは人に向けて撃っちゃ駄目なやつだ」


 人の命を一瞬で刈り取りそうな威力である。

 もしどうしても人に向けて撃たなければいけない時は、威力を1まで下げた魔術にするべきだろう。


 続いて、クリスは新たな魔術の作成に取りかかる。

 今度は別の種類の魔術に挑戦だ。


「次は何にしようかなあ」


 どうせなら、次は思い切りやってみたい。

 そう思いながら、面白そうな魔術を探す。


 火は、延焼が怖いので最初から除外。

 残る水、風、土の中から選択する。


「アースクエイク、サイクロン、フリーズシャッター……どれもピンとこないなあ」


 いずれも、書物では見たことがない。おそらくは最上級魔術だと推測出来るが、言葉の響きから使ってはいけない気がしてならない。


 自らの直感を信じて探すこと、五分。

 ある魔術が目に付いた。


「これだ!」


 早速、スキルボードにセットして、調整を加えていく。


■魔法コスト:500/9999

■属性:【光(ホーリー)】+

■強化度

 威力:MAX 飛距離:MAX 範囲:MAX 抵抗性:MAX


 特殊能力は、めぼしいものがないのでセットしない。

 これだけ強化しても、魔法コストは全然余っていた。


「んー、コストを使い切るのは無理なのかな?」


 現時点で出来うる最高クラスの魔術である。

 それで駄目なら、コストを使い切るのは不可能であるように思えてならない。


 さておき、好き勝手にやった魔術の性能を確かめるべく、クリスは手を前にかざした。

 体内でマナを練り上げ、高めていく。


 ――ズンッ!!


 平原の空気が、急激に重くなった。

 体内で蠢くマナに引きよせられ、クリスを中心にして空気が渦を巻く。


「……これは、ちょっとヤバイかも?」


 嫌な予感を覚え、クリスは魔術を再調節する。


■魔法コスト:300/9999

■属性:【光(ホーリー)】+

■強化度

 威力:50▲ 飛距離:50▲ 範囲:50▲ 抵抗性:50▲


 自分の直感を信じて、魔術の威力を半分にした。

 それが、功を奏した。


「ホーリー!」


 魔術を放った瞬間だった。


 ――――――ッ!!!!


 音が、空気が、尋常鳴らざる魔力の奔流により引き裂かれた。


 まばゆい光が天から降り注ぎ、地面を押しつぶしていく。


 地面の激しい揺れに膝を折る。

 あまりの光に、クリスは目を開けていられない。


(これは、まずい!)


 嫌な汗が体中で一気に噴き出した。


 クリスは慌てて魔術を中断。

 残ったマナを素早く空気中に散らした。


 魔術の光が消えた後、クリスは目の前の光景に絶句した。


「…………うわぁ」


 前方十メートルほどの場所に、クリスが十人は余裕で入れる穴が空いていた。

 穴の深さは、尋常ではない。中をのぞき込んでも底が見えない。


「威力50で、これ?」


 半分にしていなければ、今頃どうなっていたことか……。

 今後、威力を調節する時は細心の注意を払わねばなるまい。


 想像を遥かに超えた威力ではあったが、幸いなことが一つある。

 それは、範囲を50にしていたにも拘らず、クリス10人分ほどの穴で済んだことだ。


「元々の範囲が極端に狭い魔術だったのかも?」


 ファイアアローの範囲を広げても、壁のようになるわけではない。

 それではアローではなくウォールだ。別の魔術になる。


 このように、パラメーターを最大まで引き上げても、効果は『呪文(スペル)』の概念を逸脱しない範囲に収まるようだ。


 魔術について考察している時だった。

 なにやら、下の方からゴゴゴ、という地響きが聞こえてきた。


「……なんの音だろう?」


 どうやら音は、穴の中から聞こえてくるようだ。

 気になりそっと、穴をのぞき込んだ。


 地下の方で、光がきらきら反射している。


「んー、よく見えないな」


 さらにのぞき込む。

 すると、光を反射する物体を捉えた。

 それも、急速にこちらに近づいてくる。


「あっ、水だ」


 正体を見た途端に、クリスの体が温度を下げた。


 ――あれ、これってすごく拙い状況じゃ?


 さー、と血液が落下する音が聞こえた。

 慌ててクリスはその場から逃げ出した。


 全力で走っていると、後方から「ズドーン!!」という、腹の底を突き上げるような音が響き渡った。

 後方を見なくても、なにが起こったのかが理解出来る。


 水だ。

 水が湧いたのだ。

 それも、爆音が出るほど猛烈に湧いている。


 どうやら先ほどクリスが魔術で堀った穴が、水脈にぶつかったらしい。

 クリスは必死に家を目指してひた走る。


(これ、僕のせいだってバレたらどうしよう……)


 家を追い出されるかも? もしかしてピンチ?

 走りながら、クリスはどんどん青ざめていくのだった。

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