Mythosland:06 距離を縮める呼び名

 カコとトモローがつきあいだしても、わたしたちの仲はかわらなかった。そう思っていたのはわたしだけで、カコはトモローと二人きりになるのを望んでいた。ただトモローが、三人でいることを強く願っていて、カコも彼の気持ちを尊重しようと努力していた。


「だから、わたしと一緒じゃなくて、カコっちと二人で食べなさい。二人はつきあってるんだから」


 仲を取り持つのはむずかしい。

 とくに彼は、つきあうことがどういうことなのかわかっていないのかもしれない。

 良くいえばピュア、悪くいえば幼稚。彼に限らず、男という生き物は子供っぽいため、恋愛をくり返し経験していかないと大人にはなれないのだろう。

 そういうことがわかるだけに、もどかしく、歯がゆくもあり、じれったかった。


「だけど、なにを話をしていいのかわからないし」

「幼稚園児じゃあるまいし」

「うぅ……、とにかく来てよ」


 午前の授業が終わったあと、わたしはトモローに昼食を誘われた。

 誘うのは構わないのだけれど、こっちが気を使う。昼休みに一緒に食べるのは高校生カップルだけの特権だというのがわからないのか、と言ってやりたい気持ちをぐっと抑えて、席を移動した。


「そういえばこの前のデート、どうだった?」


 カコが答えようとする前に、トモローが先に口を開けた。


「図書館で勉強して、帰りは本屋めぐり」

「トモローにじゃなくて。カコっちに聞いてるの」

「一緒に行ったんだから、同じじゃないの?」

「同じじゃないの」


 つまらなそうな顔をするトモローを押しのけ、カコに近寄った。


「どうだった?」

「たのし、かった……」


 少しはずかしそうにカコは応えた。


「そう、よかったね」


 笑みを浮かべると、なぜだか胸がぴりっと痛んだ。


「そういえば」トモローは言った。「いつだったか、キョウとマクドに行ったことあったよね。ゲーセン寄った後に」

「そんなこともあったかな」

「バンバン打つのとか格ゲーも好きなんだよね。女の子って、パズルが好きなのかと思ってた」

「ゲームはなんでも好きだからね。だいたいトモローは弱すぎる。わたしに負けてばっかり」


 ……と口にして、わたしはカコをみた。

 口を開けようとしてすぐに閉じた。 


「どうしたの?」


 問いかけると、トモロウもカコをみる。

 彼女は「なんでもない」と答え、黙ってしまった。


「ねえねえ、わたしって嫌われてるのかな」


 食べ終わってからトイレについていくと、カコが力なくつぶやいた。

 不安げな表情をする彼女に、「トモローになにか言われたの?」と聞いてみる。

 うつむきながら、左右に首を振るカコ。


「だったら、どうして」

「自信、ないから」


 手洗い場に立つカコは、さびしげに鏡を見ている。


「そういえば、トモローも同じよなことをいってた」

「えっ?」

 カコは、わたしに顔を向けた。

「カコっちにどう接していいか、悩んでた。カコっちと一緒。はじめて付き合うんだから、自信も余裕もないんじゃないかな」


 そうなんだ、とカコは小さくつぶやいた。


「キョウちゃんみたいに、わたしも名前で呼んでってお願いしようと思ってて」

「名前? トモローは昔からカコっちのこと、名前で読んでたでしょ」

「そうなんだけど、付き合うようになって急に名字で呼ばれるようになって」


 と言ったあとで、カコはため息をつく。

 おそらくトモローは、気恥ずかしいのだ。

 小さい頃は意識していなかったけれど、意識するようになった相手とつきあうことになって、喜びと驚き戸惑いの感情がごちゃまぜになって、恥ずかしさから好きに呼べず、名字を使うしか思いつかなかったのだろう。

 このままだと、君とか貴方とか、名前以外で呼び合うようになるかもしれない。


「気にしてるなら、カコっちからたずねたらいいよ」

 わたしは、つとめて明るく応えることにした。

「お互いをどう呼ぶのかは、二人で好きに決めたらいい。名前で呼んでもらえるとうれしい、っていうのは、確かにそうだと思う。彼氏彼女って、どっちか片方だけががんばってもダメだから、二人で少しずつ決めていったらいいと思うよ」

「そうかもしれないね」


 顔をあげてつぶやいたカコの顔からは、不安の影が和らいでいた。


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