第4話 僕だけではなかった。

 過年、私立医学部の入試で、多浪生や女性に対して得点を操作し、本来合格していたはずの多浪生や女性を不合格としていたことが世間をにぎわせた。私が医学部を受験したときは、まだ社会人入試を行なっていたのは、私立大学1校、国立大学2校だけだった。もちろん競争率も高いので、そちらの道では勝ち目がないと判断した。なので、いわゆる受験勉強を頑張り、現役生と同様に私もセンター試験を受け、一般入試をうけて入学することができた。その当時も現役生や1浪生を優遇し、高年齢の受験者を排除する医学部が多いという噂が流れていて(結局、それは今回事実だとわかったのだが)、自分が受験した大学がそのような大学であったらどうしよう、と受験生の時は不安に駆られていた。なので、この大学に合格できた時は本当にうれしかった。しかしうれしさと同時に、現役生より8歳も年上の自分が、周りと溶け込めるか、ということが不安になってきた。自分だけがずいぶんおっさんで、周りと話が合わない、友人もできない、なんていう6年間はちょっとつらいよなぁ、とおもいながら学校が始まるのを待っていた。


 入学式を終えると、学年の親睦を深めるために伝統的に行われている新入生歓迎合宿などのイベントがあり、親しく話せる友人も増えていった。そんなこんなでクラス行事をしていると、互いのことがだんだんわかってきて、自分以外にも、医学部以外の学部を中退、あるいは卒業後に医学部に来た人がいることがわかってきた。定員100人のクラスに、再入学の人が16人いた。約2割近くが再入学していたのであった。母校がそのような人にも開放的な大学であることを、今でも本当に感謝している。


 クラスメートの中でも、年齢が高めの集団を自他ともに「長老組」と呼んでいた。ちなみに私は長老組の中では8番目、という微妙な立ち位置であった。もちろん、年齢による序列が厳しいわけではないが、自分と同じように再入学した人がたくさんいること、自分より年上の方もいる、ということにホッとしたのは事実である。自己紹介の時に、私のことを、「以前の大学からのニックネーム『ほーちゃん』と呼んでください」とみんなにお願いしたので、みんな僕のことを「ほーちゃんさん」と呼んでくれた。ニックネームでアピールすることも、年齢差のある集団に溶け込むには大切かなぁ、と思っていた。


 余談ではあるが、私の若いころは、実年齢よりもずいぶん年上に見られることが多かった。高校1年生の時に、クラブ合宿の下見で顧問の先生と、お世話になる予定のユースホステルに挨拶に伺ったのだが、その時に「まぁ、先生方がご挨拶に来ていただいてありがとうございます」と教員に間違えられたことがあった。高校生の時に梅田を歩いていると、某大学の社会学部系の学生さんがフィールドワークをされていて、「今、大学4年生の方にアンケートをお願いしているのですが」と声をかけられたこともある。20歳の時に学習塾でアルバイトをしていた時、生徒から「先生、いま38歳?」と聞かれて傷ついたこともあった。このようなことは枚挙にいとまがないほどであった(悲しい…)。

 そのような背景があることは全く知らなかったのだろう。新入生歓迎合宿で周りの人たちと楽しく飲んでいると、一緒におしゃべりをしていた同級生の女性から、「ほーちゃんさん、おいくつですか?」と尋ねられた。「いくつに見えます?」と返したところ「うーん、40歳くらい」と答えが返ってきた。20歳の時に38歳?と尋ねられていたので、当時26歳の私は、ちょうど、痛いところを突かれた形になってしまい、「あぁ、やはり老けて見えるんや」と大きなショックを受けた。頭の中で、「40歳、40歳」という言葉がぐるぐる回っていた。


 その時は結構酔っていたので、おしゃべりしていた女性が誰か、何となくは見当がついていたが、確信がなかった。彼女は穏やかで優しく、フレンドリーな女性なので、悪意を持ってそういったわけではないだろうと思っていた。


 4年生になって、彼女から不意に

 「ほーちゃんさん、私、ほーちゃんさんに謝らないといけないことがあるんです」

 と言われた。話を聞くと、新入生歓迎合宿で「40歳」と私に言ったのはやはり彼女だった。それまで楽しく話をしていたのに、「40歳」と言ったとたんに私の表情が暗くなってしまったことにずっと罪悪感を感じていたそうだ。彼女曰く、

 「私がその時20歳だったから、その2倍の40歳、と言ったら笑ってもらえるかなぁ、と思ったんです。でも、40歳って言った途端に、ほーちゃんさんが急に暗い表情になってしまい、『しまった、どうしよう』と思いました。気を悪くさせてしまってすみません」

 とのことだった。


こちらも、

 「いつまでも気にさせてしまってごめんなさい。前の大学の時、20歳でアルバイトをしていた時に、38歳、と言われたことがあったのです。新歓のとき26歳だったので、ちょうど年齢をスライドすると『40歳』あたりがツボやったんです。見事にツボを突かれて、ショックを受けただけです。今まで罪悪感を持たせてしまって申し訳ない。あの時は怒ってはなかったのです。ただ見事にピンポイントでツボを突かれて、『あぁ、やっぱりそれくらいの年に見えるのか』とダメージを受けただけですよ」

 と彼女に答えた。彼女がどういう理由で「40歳」といったのかもわかったし、こちらがなぜ暗くなってしまったのかを伝えられて、彼女も気持ちが楽になったのでは、と思っている。


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