第8話

 石垣を超え、田畑で農作業をする妖精たちに会釈をし、町へと入っていく。ナバン樹海部とは違いしっかりと大地に建てられた木組みの建物に安心感を覚える。空を飛べるようになったとは言え慣れておらず、移動に神経を使うからだ。ここならその心配もない。


 町に来て最初に目指す場所と言えば宿だ。ここには数日滞在する予定でいるし、活動拠点となる場所は押さえておきたい。寒いのは苦手だ。

 建物が並んでいるからか、それとも物珍しい様子で見て来るも羽白の質問に答えてくれる妖精たちの温かさか、町の外で感じていた肌寒さを感じない。

 おすすめというか唯一と言われた宿屋は町の比較的外側にあった。まあ、それでも俺たちが入って来た場所の反対側にあったから時間はかかったが。

 宿は普通の家屋より少し大きい程度だった。部屋が足りるかどうかが心配であったが二部屋を確保できた。


「で、どうする? 私はどっちでもいいけど」

「そうですね。倉見さんどうしましょうか」


 そこで俺に振るのか。部屋割りをどうするのかを。

 答えは決まっている。


「俺が一人で羽白たちが一緒でいいんじゃないのか?」

「ええ、本当にそれでいいの、クラミ―」

「いいんです」

「ま、今子供が出来ちゃっても困るけどさ」

「は⁉」


 この女は急に何を言うんだ。いや、急でなくてもとんでもないことだよ。

 確かに俺と羽白は恋仲という設定ではあるけど。


「あはは、何よ慌てちゃって。不甲斐ないぞ男の子」


 完全に揶揄っているな。しかも俺にばかり向けてきやがって。一応羽白にも飛び火しているようで照れているように見えるが、本当のところはわからないしなあ。


「と、とりあえず。荷物を置きに行きましょうライラさん」

「もう、カサネまでこんなに赤くなっちゃって。かわいいなぁ」

「いいですから!」


 羽白に押されて二人部屋の方に消えていくティッカさん。受付の前に一人残された俺は、女将さんと目があった。微妙な間だ。そういうのは無理な俺は消えるように足を動かしたが声をかけられた。おそるおそる振り返ると苦笑いの女将さんが口を開く。


「洗濯が大変になるからほどほどにしておくれよ」



***




 なぜ道中ではなく憩いであるはずの宿でこんなに疲れるのか。

 荷物を置き、軋むベッドに腰を掛けるとため息が出てしまった。一人用の部屋にして広めだ。内装はしっかりしているし、隙間風の心配はなさそうだ。


「さて、話の続きだね」


 備え付けの椅子に座ったティッカさんが切り出した。


「ミーズと『涙の大釜』の王都が同じなんじゃないかっていうことまでだよね。……同じだとするとね、『涙の大釜』に出てくる女の子についてもう少し考えることができるの」

「女の子について、ですか?」

「女の子は王都に住んでいて、戦いに巻き込まれて、王宮に飛ばされて、丘の石柱に触れて、そうしたら大釜が出て来て、それに願ったら願い通りに戦争が終わったのよね」

「はい。って、ティッカさんの方が詳しいじゃないですか」

「確認よ確認。……今言ったなかに出て来た石柱と大釜はね、多分だけど〈五つの恩恵〉だと思うわ」


 また新しい単語が出て来たな。俺が知らないということは羽白も知らないはずで、食いつかないはずがない。


「〈五つの恩恵〉?」

「神代の始まり、神様が妖精たちに授けたと言われる道具だよ。一つ、千の穂を持ち太陽の熱を宿す〈太陽槍〉。二つ、雲を割いて雷を纏う〈雷雲の剣〉。三つ、運命を告げる〈運命石〉。四つ、底なしの〈聖なる大釜〉。五つ、これはわからないわ」

「わからない、ですか?」

「わからない、知らない、伝わってない。五つ目だけは不明なのよ。それでも恩恵は五つだと伝わっている」


 五つ目の不明な〈五つの恩恵〉か。よくもまあ四つに減ることがなかったものだ。わからない物ほど忘れられるものもないだろうに。それだけ重要なことなのか、あるいはバルドがそれだけ正確に詩を引き継いで来たからなのか。


「私は石柱が〈運命石〉で大釜が〈聖なる大釜〉なんじゃないかと思っているわ。〈運命石〉はね、上王を選定する石なの」

「そうそれです。上王というのは何なのでしょうか」

「上王というのはね、エリンの地を統べる王たちの王、みたいな存在なのよ。〈五つの恩恵〉を受けたのが始まりの上王で、ミーズを治める王の事を言うの」

「ではミーズは他の四か国よりも偉い、上位の存在だということですか?」

「うーん、それはどうだろうね。あくまでも対等なんじゃないかしら。そうでなかったら他に国を作る意味もないしね」

「それもそうですね」


 上王というものも曖昧なようだが、これでティッカさんの言わんとしていることがわかったな。答えが出ているようなものだ。


「で、〈聖なる大釜〉というのが、なんでも願いを叶えてくれる凄い道具」

「なんですかそれは」

「そういわれても、そうだとしかね。伝説だもの。色々なおとぎ話にも使われているしね。でも大本は上王の秘宝なのよ」


 伝説なんてそんなものだろう。それのきっかけとなるもの、あるいはそうであってほしいと言う願いから作られるものだ。現実性など気にして作られるものではない。


「今のでわかったかしら」

「なんとなく。ライラさんは、女の子が上王だったと言いたいんですね」

「正確には戦いの中でなった、かな。『涙の大釜』は、一人の女の子が上王になった詩なんじゃないかと思っているの」


 やはり、か。それはあまりにも困難なことなのではないかと思える。


「私は特にありませんが、倉見さんはどうですか? 聞いておきたいことはありますか?」

「なにも」

「本当ですか? 真面目に聞いてましたか?」

「聞いてたよ。その上でないって言っているんだ」

「それならいいですけど……」


 全くよくなさそうだ。会話に参加してくださいよと目が言っている。


「……一つだけ聞いていいですか? ミーズと『涙の大釜』が関係している。ミーズの存在を証明するということでもあるわけですよね?」

「そうね」

「なら、ここでは何を調べるんですか?」


 何を調べるかは知らないが、目的地を決める際にティッカさんはアーマーを最初にした。迷う余地などなかった。それはつまり何か当てがあるということだと思うのだが、今に至るまで説明をされていない。と言うか訊ねていなかった。


「丁度いいから、今後の予定も話しちゃいましょうか」


 窓開けてもいい? そう聞いたティッカさんは唯一の窓を開けた。一人部屋に三人もいるのだ、暑くなってきたのだろう。風が入り込む気配はないが、新鮮な空気が広がるような感覚はあった。


「アーマーではこの時期に〈英雄祭〉っていう大きな祭りが開かれるの。元々はウラドの一の戦士を決める武闘大会で、今では多くの妖精が集まって色々な催しがされる祭りになってる」

「楽しそうですね」

「そうね。でもそれよりも大事なのが、〈英雄祭〉にはウラド中のバルドが集まるということ。バルドは武勇伝を語り広めることも大事なことだからね。特にウラドでは」

「ウラドだと何か特別な意味があるのですか?」


 まあ、そう思うわな。


「ウラドはね、〈英雄死する地〉って言われているのよ」


 物騒な気もするが、英雄とは得てして死ぬものだ。あるいは、死んでもなお語られる者こそが英雄と呼ばれるのかもしれない。


「もちろん他の地方にも英雄譚はあるのよ。でもそれで語られる英雄もウラドを目指す話があったりするの。それはね、ウラドが海の底の化け物との戦いの前線だから。多くの英雄譚がウラドにはあるわ。それだけ戦いが多くて、なによりも武に秀でた国がウラドだったの」


 故に〈英雄死する地〉。


「〈英雄祭〉の呼び名の由来もわかったでしょう?」

「はい」


 窓からひんやりとした風が一つ入り込んだ。今は比較的暖かい時期だという。


「話を戻すわね。……これもわかったと思うけど、目的の一つ目は集まるバルドに話を聞くこと。多分、私の知らない詩も多く聞けると思うわ」


 そうは言うが、ティッカさんの言葉には期待の欠片もなかった。


「地方によって伝わる詩もかなり違うけど、歴史は別。それだけは地方を跨いでも共有されることになっているから」

「なにかいい話が聞ければいいですね」


 羽白はそう言うが、正直なところあまり期待できないだろう。ティッカさんもそう思っているのか羽白への返事は曖昧な笑みだけだ。


「で、今日はこのままゆっくりと休むとして」


 窓から差し込む陽が赤みがかっていた。それに伴って影も濃くなり、部屋の隅に置かれた輝鉱石が光始める。あれもナバン産のものなのだろうか。


「明日、私はこの町の神殿に伺ってバルドの方に挨拶してくるね。二人は町でも見ててよ」

「それは嬉しい提案ですが。目的の二つ目は」

「当然、〈英雄祭〉を堪能することよ!」


 その語気だと、まるで二つ目の目的の方が大事な風に聞こえるよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る