最終話:ギャルゲー主人公の義妹に告白しました。これは両思いですね

 たまに考えることがある。

 例えば幸芽ちゃんと会話している最中。

 例えば涼介さんが限界化している時。

 例えば檸檬さんが元気にわたしをイジってくるタイミング。


 例えば、わたしが家にいる時に。


 それは襲ってくるように、頭に湧き出る負の感情。

 わたしはここにいてもいいのだろうか、という不安。


 思えば、わたしは清木花奈という存在を上書きして現れたイレギュラーだ。

 イレギュラーはこの世界の異分子で、自称カミサマ同様に世界からはみ出した存在だ。

 確かに自称カミサマが言っていたとおり、わたしには神様とやらになる素質があり、結果的にはそれを断ったようなもの。

 優良企業の採用を蹴ったと、同じことだ。


 正直あのカミサマは気に入らないから別によかったけど、それとは別に頭の片隅ではそんな生活も悪くないのかも、と思ってしまいもした。

 そりゃはみ出し者同士、傷をなめ合うのは幸せかもしれない。

 好き勝手やって、人の人生を荒らして、自分の悦にする。

 そんな所業、神様でなければとっくに逮捕されてしまう。それぐらいの大罪だ。


 人の道は逸れたくないし、それに何より。もう一つ重要な宝物があるんだ。


 まばらに人が存在している中庭の一角。

 誰もいないベンチに二人で腰掛ける。


「ふぅ。やっぱ人酔いしちゃうね」

「はい。外は涼しいです」


 秋の風。湿度がこもってない風が汗で濡れた頬を撫でる。

 少し寒いかも。もう十月だもんね。もう、十月なんだよね。


「あっという間ですね」

「うん、本当に」


 気付けばここに来て半年は経過していた。

 最初のうちはガチ恋相手がいるってことで必死に幸芽ちゃんを追い回していた。

 勉強ができるお姉さんになりたいとか、もっとちゃんとしたお姉さんになりたいとか、幸芽ちゃんに似合う女になりたいとか、そんなのばっか。

 でもそれだけではない。もっと根底にあるもの。好きな相手とは別に、もう一つ。


 どこまでも遠く澄んだ青い秋空を見上げて、わたしはポツリと口に出す。


「わたし、寂しかったんだ」

「……それは、なんとなく」

「え?!」


 それは意外なんですけど?!

 気付かれてた? そんなわけ……。


「私にうざ絡みしてるのってそういうことですよね?」

「そういうことだけど、そうじゃないっていうか……。ってうざいと思われてたの?!」

「冗談ですよ」


 あははと笑う彼女に少しふっくりと頬を膨らませる。

 この女、言ってくれるじゃないか。


「まぁ、そういうこと。わたしだって寂しいって思ってたの!」

「今にして思えば、なんとなく分かります。世界で一人ぼっちって、嫌ですもんね」


 花奈さんを知っている人はたくさんいるけれど、『わたし』を知っている人は誰ひとりいない。

 そんな世界にいなきゃいけない苦しみと寂しさは紛らわそうとしても、払拭できない一つの呪いみたいだった。


「でもね。幸芽ちゃんがいてくれたから、あなたがいてくれたから、わたしは今もこうしてる。あなたが受け入れてくれたから、わたしはここにいれる」


 きっと拒否されたら、何もかも投げ出すつもりだった。

 でもそうはならなかった。


「ありがとうね、幸芽ちゃん。好きだよ」


 たった二つの文字なのに、こんなにも暖かくて、寂しいって気持ちを紛らわしてくれる魔法の言葉。

 わたしはこの言葉がいま一番好きだ。


「私は……」


 口を結んで、いつものようにはぐらかすのだろうか。

 と考えていると、不意にほっぺたに柔らかい何かが押し付けられた。

 呆けていたわたしは、ガクガクと首を回して、押し付けた張本人を目にする。すごく顔が真っ赤で、両手で真っ赤なりんごを覆い隠している。


「あ、あはは。えっと……」

「言わないでください! これが希美さんへの誕生日プレゼントです! それ以上は……、これからということで……」


 ほっぺたを指先でなぞる。

 はは。あはは。不自然に笑いがこみ上げてくる。

 なんだよ。なにさ。なんですか! こんな事してくれるなんて、幸芽ちゃんもやっぱりわたしのこと好きなんだ。そっか。そうか……。


「幸芽ちゃん。もう一つ、プレゼント欲しいな」

「……なんですか?」

「わたしに、好きって言って」


 我ながらバカなことを言ってると思う。

 けれど、この誕生日という節目にはその言葉がふさわしいと思ったんだ。欲しいと思ったんだ。

 欲張りだな、わたし。

 だけど許してね。恋って、そういう面倒くさいところがあるみたいだから。


 改めて向き直した幸芽ちゃんの顔は真っ赤だけど、はにかむ姿が可愛らしい。

 息を吸って、吐いて。三度繰り返し、そして。


「希美さん」

「……はい」

「私は……。希美さんが好きです。希美さんじゃなきゃダメです。愛しています」


 たまらぬ感情。熱い衝動。高鳴る情動。

 念願の愛の言葉は胸を強く波打たせる。

 静かな波じゃない。津波のようにすべてを飲み込みかねない、恐ろしく強大で力強い波。

 ザバーンとわたしの身体にムチを打った愛情は、そのまま幸芽ちゃんを抱きしめるのにさほど時間はかからなかった。


「幸芽ちゃん……幸芽ちゃん……っ!」

「の、希美さん、苦しい!」

「……あっ! ご、ごめん。つい、っていうか。えへへ」

「愛が重いですよね、本当に」

「そんなにかな?」

「私の数倍はありますよ」


 そんな自覚は……。嘘。ありますね。

 今度は強引にではなく、優しく。愛を込めてそっと抱きしめる。


「じゃあこのぐらいは?」

「……はい、上出来です」


 手を後ろの回されて、お互いに抱きしめ合う。

 あったかで、胸のドキドキが相手に伝わってしまわないかって少し不安で。

 でも伝わってほしいって思う。わたしの愛が、わたしの魂から。


「なんか、意地張ってたのがバカみたいですね」

「なにか言った?」

「別に何も言ってないですよ」


 何か言った気がするんだけどなぁ。

 まぁいっか。できることならずっとこのまま一緒にいたいけど、そうは行かないわけで。

 適度なタイミングでするりと拘束していた腕を緩める。


「幸芽ちゃん、一緒に回ろ。文化祭!」

「はい。一緒に」


 顔を見合わせて、笑い合う。

 一緒。そうだ一緒だ。わたしはもう一人なんかじゃない。

 幸芽ちゃんもそう。もう二人だ。二人ならいろんなことができる。

 この先何があろうと、何が起ころうと。この二人なら、きっと。


「よし、この『恋人の間』とかいうの行ってみる?」

「それは流石に恥ずかしいです!」

「あらら、ざんねん」


 それが自然であるかのように、指先を絡めて手を繋ぐ。

 お互いに顔を見合わせて、微笑みかけて、ゆっくりと歩きだして。

 これはもう、両思いってことで、差し支えないですね。


 ――ギャルゲー主人公の義妹もわたしを好きだと言っています。これは両思いですね 完

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ギャルゲー主人公の義妹もわたしを好きだと言っています。これは両思いですね 二葉ベス @ViViD_besu

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