第27話:覚醒しちゃったお兄様

「お、お兄ちゃん知らなかったなー、お前たちがそんな関係だったとか……」

「やっ! 兄さんこれは違うっていうか!」

「えっ、違うの?」

「そ、そうじゃなくって!!」


 前略。わたしと幸芽ちゃんの関係が兄バレしました。

 わたしは別にいいんだ。これまでの行動から見て、涼介さんが引いたり、言いなりにさせようと脅したりする人ではないから。

 というか、むしろ狂喜乱舞しそう。

 百合男子として目覚めてしまった彼が、わたしたちを陥れるとは思えないのだ。


 ……とはいえ。


「そうかそうか、お前たちはそういうやつだったのか!」

「だから違うって言ってるじゃないですか!」

「違うの?」

「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでくださいよ!」


 適度に幸芽ちゃんをイジりながら、わたしも思考を巡らせる。

 うん、めっちゃ気まずいよ!

 だって、相手は仮にも幸芽ちゃんの兄で、幼馴染。それに恋人の好きな人と、トリプル役満。

 恐れ入ったね。ここまでコンボが決まると、ぷよぷよしたパズルが連鎖を起こしそうだ。


「言っても時間の問題だと思うし」

「いやいやいや! 姉さんが押さえればよかっただけじゃないですか!」

「わたしのこの情熱的な "愛" を押さえろって言うの? 無理無理」

「無理じゃありませんよ!」


 いや。「もっと努力してください」と言われても、わたしの好きは止められないし。

 むしろこの前の一件があって以来、愛がさらに深まったといいますか。

 愛は超越すれば希望につながるだろう。希望は光だ。だから幸芽ちゃんは光。わたしは光を愛するのだ―!


「兄さんからもなんとか言ってくださいよ!」

「なんとか」

「古典的すぎて子供ですか!!」


 幸芽ちゃんがツッコミすぎて、息を切らしている。そろそろイジるのはやめて、本題に移ろう。


「で、わたしたちの関係見てどう思った?」

「どうって?」

「こう、あるでしょ? 嫌だ―とか、気持ち悪ーとか」


 男同士でも女同士でも、度を超えたイチャつきは嫌悪感に匹敵する。

 自分たちからは分からないけど、もし身内がそんな関係になっていたら、ドン引きすること間違いなしだからね。


「あぁ、そういうこと。俺は別に気にしてないけど」

「えっ?」

「むしろ尊いよな。花奈と幸芽が付き合っていても、俺は構わないぞ」

「に、兄さん。本気で言ってます?」


 「本気本気」と言わんばかりにその短くなった髪の毛と共にうんうんと首を縦に振る。

 百合男子になったとはいえ、一応わたしのこと好きだったよね、あなた。


「えーっと。涼介さん、一応わたしのこと好きじゃなかった?」


 自意識過剰でちょっと口にするのもはばかれるようなセリフだけど、思わず口に出さずにはいられなかった。

 そうなんだ。一応この人、わたしの、花奈さんのことが好きなのだ。

 でも今はその感覚が微塵も出てこない。なんというか、僧だ。

 すべてを悟ったような顔。決意の丸刈り、ではなく散髪。これを僧と言わずしてなんなのか。


「まぁ今もそうなんだけどさ」


 男はまぶたを閉じて、一つため息をつく。

 まるで真剣な話が飛び出すような気配。


「兄さん……」

「涼介さん……」


 次に出てくる一言に、わたしたちは驚愕した。


「ぶっちゃけ幸芽の方が花奈を幸せにできるだろ」

「え?」「ん?」


 あっけらかんに言ってのけた彼は、手のひらをろくろを回すような手にしながら語り始めた。


「なんというか花奈と幸芽ってお似合いだとお兄ちゃん思うんだよ。花奈の天真爛漫でありながら、ところどころに出てくる大人らしさというか、ちゃんと全体を見ているんだなという性格と、幸芽の世話好きだが、なかなか素直になれない愛らしい性質がベストマッチなんだよ。これぞ姉妹みたいな! 実際には姉妹じゃないけど、姉妹じゃないなら結婚もできるだろうし、一生傍にいれるだろ? 俺はそんな二人の姿を壁のシミになりながら見たいというか。花奈が幸せならそれでいいんだよ。たとえ俺が幸せにできなくても、いや。むしろ俺より幸芽の方がふさわしいと思うぐらいにはお互いの関係性が歯車のように合致しているんだ。これはもう奇跡だぞ。サッカーボールに感謝しなくちゃな! あれがなかったら俺は俺自身に嘘をついたままだっただろう。ありがとうサッカーボール。ありがとう花奈、記憶喪失になってくれて、本当に感謝している。今、俺は奇跡を見ている。二人の軌跡を俺は追っている。これほどの幸せはないし、これほどの充実感はない。これこそが俺の生きる道。俺の、ジャスティスだ!」


 空気が、凍った。

 早口で捲したてるように口にした彼はもはや独自の怪物。

 ドン引きするどころか、こちらがドン引きしてしまった。

 わたしが。いや、わたしたちがこの怪物を生み出してしまったというのか……!


「……兄さん」

「なんだ?」

「キモい」

「うぐっ!!」


 救いを求めるように、彼はわたしの方を向く。

 どうする?

  たたかう

 >にげる


 わたしは めを そむけた。


 あ、目の前で胸を押さえて死んだ。

 可哀想だとは思うけど、不思議と怖いという感情の方が上回る。


「ま、まぁ。兄公認ということで」

「は、はい……。じゃないですよ! なんで私と姉さんが付き合ってるみたいなことに!」

「違うの?」

「え? いや。違いませんけど……」

「ならよかった!」


 思わぬ伏兵はいた、というか怪物はいたものの、なんだかんだで兄バレを回避することができたし、何よりなのかな?

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