かくして戦鬼と呼ばれた傭兵は、双子を引き取り夢を見る

旅ガラス

かくして戦鬼と呼ばれた傭兵は、双子を引き取り夢を見る

「あれが噂の戦場の鬼神きしん、『戦鬼せんき』アル・クライスか……」


「まだ若いな……20半ばぐらいじゃないか?」


「一騎当千の強さで、あいつが出た戦場は負けないらしいぜ……」


 傭兵団に参加するといつからか噂されるようになった。

 小さな頃から剣術と魔法の才能だけはあった俺は、ただひたすらに戦いを求め、各地の戦争に参加しては多大な功績をあげてきたことから、いつしか戦鬼などと呼ばれるようになっていた。

 あらゆる国から騎士として迎えいれたいという誘いを受けたが、拘束されることを嫌った俺はその全てを断り、現在は最も勢力の強い大国の傭兵として戦争に参加している。


「いよぉークライスの旦那、今日も参加する気か? こりゃあ今回も俺達の負けはなくなったなぁキキキッ」


「……オサロか」


 意地悪く笑いながら馴れ馴れしく声を掛けてきたのは近頃、傭兵団でよく一緒になることが多いオサロという小柄な男だった。

 俺よりも歳が上のくせに俺を旦那などと呼び、周りが俺を避ける中、気にもせず声を掛けてくる。

 小判鮫のような男に見えるが、この男もいくつも戦場を生き延びてきており、それなりの実力があることを俺は知っている。


「今回は応援部隊としての招集みたいだな。何でも国境近くの町が敵国の襲撃に遭ったらしいぜ。夜襲に近い形で攻め込まれて、常駐していた警備兵達がほぼやられたって話だ。もしかしたら既に堕とされてるかもしれねーな」


 聞いてもいないのによく喋る奴だ。


「敵を斬る。それだけだ」


「ひゅ〜、やっぱり期待しちまうぜ。旦那が姿を見せるだけで、相手はブルっちまうって話だぁ」


 俺達傭兵団は半日かけて戦地となっている町へと移動した。

 既に遅かったのか、町はほぼ焼け野原と化していた。

 半壊した建物が目立ち、元の面影すら残されていないような状況だ。


「こいつぁちょっとやり過ぎじゃねーか……?」


 オサロの言う通り、戦いの跡というよりは虐殺の後のように見えた。

 ベッタリとこびりついている大量の血、首がない胴体が並べられ、その足元には丁寧に首が並べられていた。

 やり口が正規兵のやり方ではない。

 一度、似たような傭兵団に参加したことがあった。

 まるで無法者の集まりのようなその集団は、傭兵というより野盗のような奴らが多く、その戦い方は奇襲による奇襲で敵の兵力を削ったのち、蹂躙するように民間人も殺す。


 俺が参加した時は、俺一人で敵を蹴散らし目的を達成したため、それ以上の被害が相手に出なかったが、今回のケースはその時の延長線上ということになるだろう。


「この場合……敵が潜んでいる可能性があるな」


 カタリとかすかに音がした。

 半壊した家の方だ。

 俺はつかに手を置きながら半壊した家へと向かい、気配をさぐった。


 ………………二人いる。


 小さな呼吸音が二つ聞こえた。

 埋もれている瓦礫の中に僅かな隙間があることに気が付いた。

 風魔法を使い、手前の瓦礫を瞬時に吹っ飛ばして開けさせた。

 そこにいたのは敵ではなく、小さな男の子と女の子。

 震えるように肩を寄せ合いながら、泣きそうな表情でこちらを見ていた。


「生き残りか」


 10歳かそこら。

 町の人達が殺されていくなか、瓦礫に身を潜めながら生き延びたのか。


「う……うっ…………」


「安心しろ。俺達は───」


「ぎゃあああああああああ!!!」


 突然遠くの方から絶叫する声が聞こえた。

 そして唐突な爆発音と金属がぶつかり合う音。


 やはり敵が隠れていたか。


「───旦那! 奴ら死体をダシに俺達を狙ってやがった! 敵が何人いやがんのかも───その二人は?」


「生き残りだ」


「構ってる暇はないぜ旦那! そこまで面倒見れる余裕ねーよ!」


 チラリと二人を見た。

 女の子の方がギュッと男の子を守るようにして抱き締めながら、こちらを睨みつけていた。

 まだ俺のことを敵だと思っているのだろう。


「……俺はこの周辺の敵を狩る。オサロは他のやつの援護に回ってくれ」


「───鬼と呼ばれるにはお人好し過ぎるぜ旦那」


 ニヤリと笑いながら皮肉を言い放ち、オサロは移動していった。


 その直後、建物の上から何者かが俺の頭に剣を振りかざしながら飛び降りてきた。

 剣を引き抜き、一振りでその攻撃を防ぐと共に相手の首を斬り落とした。

 身軽な軽装に骸骨のマーク、下卑た男の表情。

 やはり一度参加した傭兵団の特徴と同じだ。


「二人とも、そこから動くな」


「───ッ!」


「動けば命の保証は出来ない。そこにいる限りは、俺が守ってやる」


 一瞬、キョトンとした表情になった女の子だったが、すぐに首を縦に振った。

 俺は剣に魔力を込め、剣を振ると同時に込めた魔力を解放させた。

 魔力が斬撃のように飛び、残っていた周辺の半壊の建物を全てぶった斬った。

 大きな音を立てて崩れる建物の中から何人か男が飛び出てくる。


「よく分かったなてめぇ」


「ぶっ殺してやる!」


 二人が剣を引き抜き襲いかかってき、一人がネリネリと炎魔法を生成していた。


「死ねおらぁ!」


 俺は敵兵が水平に斬りつけてきた剣をいなし、そのまま剣を持っていた手を切り落とした。


「あああああ手えええええ!!」


 二人目の振り下ろした剣を上体を逸らしてかわし、剣の腹を蹴飛ばしてぐらついたところを、首に剣を突き立てた。


「ごぁっっ!」


 生成し終えた炎が飛んできたが、剣を突き立てた男を風魔法で吹っ飛ばし、炎にぶつけて壁にした。


「なっ!? き、貴様! まさか戦鬼か!?」


 魔法の威力も弱く、発動スピードも遅い。

 こいつは魔術師としての適正がない。


「戦鬼がいるぞぉ! 人を寄越せ! こいつをる!」


 どんどんと俺の元に敵兵が集まってくる。

 一切の遠慮がいらないクズ共が大量だ。


「……これだから戦いはやめられない」



 ───────────────


 ─────────


 ────



 3桁を軽く超える死体が積み上がった。

 俺のところへ大きく人数を割いた敵は、こちらの傭兵団及び正規兵によって蹴散らされ、敗走していった。


「奴が味方で良かったぜ」


「ああ……もし敵にいたら逃げるのが最善策だな」


 あまりの死体の多さに味方さえも引いているのが分かった。

 もはやいつものことのため、俺は気にしていない。


「終わったぞ」


 隠れていた二人へ声を掛けた。

 二人はおずおずと顔を出すと、俺の姿を見るとビクリと体を震わせた。

 返り血に濡れた俺の姿に驚いたのだろう、その歳では無理もないか。


「あ……」


「あ?」


「……ありがとう」


 少し驚いた。

 俺の格好を見ても臆することなく、助けられたことに対して謝辞を述べるとは。


「父か母は?」


「…………殺された」


「そうか」


 戦争孤児、今の時代では珍しくはない。

 かくいう俺も戦争孤児として育った身だ。

 歳も同じくらい…………これから先、この子らは大変な目に遭うだろう。

 孤児を養っていける財政が今のこの国にあるのかどうか知らんが、まともな生活は送れまい。


「俺のところへ来るか?」


「…………え?」


 思わず口をついて言葉が出た。

 俺自身そんなことを言うつもりはなかったが、自分の生い立ちとこの子らの境遇を重ねたか、このまま見捨てることができなかった。


「でも…………」


「どちらでも構わない。ただの提案だ」


 傭兵として戦争に参加しているという大義名分があるが、子供から見れば等しく人殺しだ。

 そんな男についてきたいかどうかは分からない。


「僕はついていきたい」


 初めて男の子の方が話した。


「僕達を助けてくれた良い人だから……」


「うん……メイもライと同じ気持ち。いいですか……?」


「ああ」


 こうして俺は人知れず二人の子供を養子として引き取ることになった。



 俺の家は大国から外れた森の中にある一軒家で、二人は双子でライとメイという名前だった。

 唐突に増えた家族に俺は距離感が掴めず、当初はお互いにギクシャクとした関係だったが、二人は意外と人懐っこい性格だったのかすぐさま慣れたようにくっついてくるようになった。


「アル〜またお買い物に行こうよ〜」


「だめだよ、アルは僕とこれから遊ぶんだから」


 1週間もした頃には俺のことをアルと呼び、両親が死んだ心の傷を隠すようにして元気になっていた。

 傭兵として毎回高い金で雇われているため、金銭については既に一生働かなくても生きていけるほどの蓄えがある。

 そのためしばらくは戦争に参加しないことにした。

 それよりも俺は二人に自分の身を守るための戦い方を教えることにした。


 死は自分の都合の良い時に訪れてはくれない。


 いつどんな時に身の危険が生じるか分からない世の中である以上、自衛する手段を持っているに越したことはない。

 二人にそのことを話すと、嫌な顔をされると思ったが意外にも乗り気だった。

 両親が殺されるところをただ見ているだけの自分達に無力感を覚えていたようだ。


 教え始めると二人に驚かされた。


 ライには剣の才能があった。

 俺の教える動きをすぐさま理解し、攻撃や防御を技として身につけていった。

 特に優れていたのは動体視力。

 俺の剣速を目で追うことができ、半年経ったころには俺の全力の剣を2回に1回はかわせるようになっていた。

 動体視力が良いからこそ剣術を真似するのも上手いのだろう。


 メイには魔法の才能があった。

 基本属性の魔法だけでなく、俺が独自に編み出したつるぎ魔法すらも使うことができるようになっていた。

 さらには魔法の発動スピードは既に俺と同じで、同時並行発動術も可能にしていた。


 この頃の俺はここまで出来なかった。

 どちらも俺に届きうる才能、二人を合わせれば『戦鬼』と同等…………いや、それすらも超える戦士になれるだろう。

 だが俺は二人を戦争の場に出すことは考えていない。

 あくまでこれは自衛、二人が俺自身のように死地に赴いて戦場に身を投じるようなことはさせたくなかった。


 傭兵団で唯一交流のあったオサロ、あいつは前回の戦闘から5日後の戦場で死んだ。

 劇的な戦闘があったわけでもなく、敵の放った流れ弓によって運悪く死んだのだ。


 なんとも呆気ない。


 そういう世界に身を投じているわけで、いつでも死は隣り合わせの隣人のようなものだ。

 俺もいつ死んでも後悔がないよう割り切っている。

 それでも死よりも戦いが好きなんだ。

 しかし、二人を引き取ってからは傭兵として参加する機会はグッと減った。

 戦い以外で俺は初めてやり甲斐というものを見つけたのかもしれない。



 二人を引き取ってから1年が経過した。

 世界情勢は変化し、俺が傭兵として参加していた一番の大国が敵国の統治まであと一歩というところまで来ていた。

 ここまで来れば結果はほぼ決まったものだろう。

 大国から国仕えの騎士としての話も来たが二つ返事で断った。

 今さら国に仕えて働かされるなど馬鹿らしい。



「おやすみなさい」


「おやすみ〜アル」


「ああ」


 ある日の夜、子供達が寝静まった後に多くの兵士が森の中を進行してくる気配を感じた。

 俺は二人を起こさないように剣のみを手に取り、家から出た。

 そこには物々しい雰囲気で身構えている騎士達がいた。

 過去に戦場で見たことがある、彼らは大国最強の近衛兵だ。


「こんな時間に訪問とは、マナーがなっていないな」


「なぜ我々がここに来たか、それは分かるか?」


 概ねの予想は出来た。

 あと一歩で敵国との戦いに勝利するという状況で危惧するのは、イレギュラーな存在、つまりは俺のような傭兵のことだ。


「仕官の話を断ったからだろう?」


「腕の立つ傭兵は王国の兵として勧誘し、全ての者が帰属した。お前だけを除いてな」


「俺はこれ以上、戦争に参加しないと話しただろう」


 事実、俺は半年前に申し出を断った時から一度も傭兵として戦争に参加していない。


「『戦場の鬼神』として名を馳せてきた奴のそんな言葉を信じろと? 国はお前のような一人で戦況を変えてしまう男が敵対国に流れることを危惧しているのだ」


 だから手元において監視しておこうとしたってとこだろう。


「で……仲間にならなかったから敵になる前に殺せと」


 王国最強の騎士総勢28名。

 俺一人を殺すために国の最大兵力を全てぶつけてくるとは、余程恐れられているらしい。


「国からの仕官に素直に頷いておけば死なずにすんだものを」


「……たったそれだけの人数で俺を殺せるとでも?」


 俺の殺気に当てられ、騎士達が剣を身構える。

 そこですぐに俺は違和感を覚えた。

 魔力を込めようとしても上手くいかない。

 魔法が使えない。


「気付いたようだな。お前に気付かれないよう、かなりの広範囲で魔法封じの結界を張らせてもらっている。本来は一千の敵兵に対して使う我が国の秘密兵器だ。我々も使えなくなるが、お前の対多人数剣魔法である【空ノ神からのしん】を封じ込めることさえできればいい。果たしてお前は、剣術だけで我々を相手取ることができるかな?」


「はっ、それこそお前らに勝ち目はねーよ」


「口の減らない男だ…………やれ」


 王国の騎士達が一斉に剣を抜いて襲い掛かってき、相反するように俺も剣を抜いた。



 ───────────


 ──────


 ───



「ば、馬鹿な…………たった一人に…………我々が…………」


 最後の一人を貫いた剣を引き抜き、俺は荒くなった呼吸を落ち着けるために何度も浅く呼吸を繰り返した。

 辺り一面は血の海と化し、屍が累々と散らばっていた。

 服を真っ赤に血塗れながら、俺はゆっくり家へと戻った。


「アル…………?」


 家の中へ入ると二人が起きていた。

 さすがにあれだけ騒がしくしていれば起きてしまうのも無理ないか。


「大丈夫?」


「……問題ない。少し運動していただけだ」


 部屋の中は明かりが付いていないため、二人には俺が真っ赤に染まっていることは分からないだろう。

 俺は壁際にもたれるようにして座った。

 俺が座っていると、二人が俺を挟むようにして座った。


「……少し濡れているから離れた方がいいぞ」


「アルと一緒に寝る」


「僕も」


「…………二人は甘えたがりだな」


 血が腹部からどくどくと流れ出すのが止まらない。

 致命傷となる深い刺し傷をいくつかもらってしまった。

 流石に王国最強の部隊を相手に無傷とはいかなかった。

 魔法は未だ封じられているため、治癒魔法もつかえない。

 生まれて初めて死期というものを悟った。


「明日は何するの?」


「僕は釣りに行きたい。絶対にあそこの主を釣り上げてやるんだ」


「え〜一昨日行ったばっかじゃん。それよりも買い物に行こうよ」


「つまらないよそんなの。どうせ服じゃん」


「なによ」


「なんだよ」


「喧嘩するなよ。それじゃあ…………買い物に行った後で釣りをしに行こう」


「「やった!!」」


「ただし、日課の訓練はちゃんとやってからだ」


「「もちろん!!」」


 昔は非日常だった何気ない日常の会話。

 今はそんな普通の会話が耳に心地良い。

 いつものように剣と魔法の訓練を行なって、買い物に付き合って釣りをして。

 そんな平和な暮らし方があるなんて一年前の俺には考えつきすらしなかった。

 血で血を洗うような生活しかできなかった俺が、人並みの生活を送ることができるようになったのは二人のおかげだ。


 ロクな死に方はしないと思っていた。

 いつ死んでも未練はなかった。

 なのに今の俺は…………どうしてこんなことを思うのか。


(死にたくねーなぁ……)


 俺は初めて涙を流した。

 既に流れ出る血はないというのに、涙は出るのか。

 二人が成長する姿を最後まで見たかった。


「絶対約束だよ」


「ああ……」


「嘘ついたら針千本だからね」


「ああ……」


 二人の声が遠くなってきた。

 視界はより一層真っ暗となり、何も見えない。


「少し…………眠たく……なってきた」


「僕もー」


 俺は最後の力を振り絞って二人の頭を撫でた。


「…………愛してる」


「どうしたのー? 急にー」


「おや…………す……」


「…………アル?」








 ────────────────────







 《5年後》



「ちょっとライ早くしなさいよ!」


「分かってるって! これで…………バッチリだ」


 二人の目の前には綺麗に花で飾られた墓が一つあった。

 二人はそのまえにしゃがみ込み、手を合わせた。


「それじゃあお父さん、行ってくるね」


「お父さん、また必ず戻ってくるから、それまで僕達の家のこと見守っていて下さい」


 墓には[父 アル・クライス]と名前が刻まれていた。

『戦場の鬼神』として恐れられた男の墓だった。


「じゃあ行きましょうか」


「うん」


 数日後、戦鬼の再来として二人の少年少女が名を馳せるようになるが、それはまた別のお話。

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