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 さて、魔界の話に戻りましょう。どこまでお話しましたっけ? 魔物は魔界からやってくること、魔界での記憶はまったくないということ。この二つはすでにお話しました。もう一つ、書いておくことがあります。魔物は魔界に帰るということです。


 これもはっきりとした、たしかなことではないのです。けれどもそう言われていました。相棒を持つのは子どもだけだとお話しましたよね。ですから、いずれ別れの日がやってきます。18歳の誕生日がそれでした。


 魔物はその日、子どもたちの前から、この世界から消えてしまいます。そうして、どこへ行くのでしょう。魔界に帰るのだ、と多くの人びとは、魔物自身も、思っていました。


 いつか帰る日のことを思い、そして、そこから始まる魔界での日々を思い、ゴエモンはルルちゃんに言いました。


「わしはおぬしより、少し早く魔界に帰るじゃろう。でもおぬしもいずれ魔界に帰る。魔界でわしらは会うことがあるやもしれぬな」


 魔界でゴエモンに会うのは、悪いことではないなとルルちゃんは思いました。ただ、ゴエモンは小さいのです。うまく見つけられるかしら、とルルちゃんは少し心配しました。


 ゴエモンはゴエモンで、別の心配がありました。


「おそらくわしは、魔界の中でもえらい魔物、地位や権力がある魔物なのじゃろう。しかし……おぬしはどうかな。わしはそれがちと、不安なのじゃ。魔界に帰ると、わしとおぬしのあいだに、どうしようもないへだてが、地位や格差というものが存在するかもしれん。けれどもわしは――おぬしがどのような立場になっていようと、変わらず、対等に付き合い、親切に優しくするつもりじゃ」


 これをきいて、ルルちゃんがありがたいと思ったかどうかは――わたしにはわかりません。




――――




 夕方になると、カイが学校から帰ってきました。ルルちゃんはもちろん、カイとも仲良くなりました。なんといっても相棒ですからね。


 前にも書いた通り、カイはごく普通の男の子でした。けれども学校で、いろんなことを勉強していましたし、いろんなことができました。


 「かんぺき」という言葉を、「完壁」ではなく「完璧」と正しくつづることができましたし、8時に家を出たタカシくんが、時速5キロで歩いて、7キロ先の駅につくのは何時何分になるか、ということも計算できました。(計算しながらカイは、ぼくだったら7キロも歩きたくないなと思いました)


 つめ切りにてこの原理が使われていることや、銀行にお金を預ければどうしてお金が増えるのか(もっとも今はあまり増えませんね)ということについて説明することもできました。学校は、なかなか役に立つものです。


 そんなカイでしたが、知らないことももちろんたくさんありました。たとえば、魔界については知りません。あるとき、ルルちゃんとゴエモンに、魔界はどんな場所かとたずねました。でも二匹とも、うまく答えることができません。


「魔界の魔物は恐ろしい姿をしているのかなあ」


 カイは言いました。ルルちゃんはたずねました。


「恐ろしい姿って、どんな?」


 ルルちゃんもゴエモンも、恐ろしい姿ではありません。カイは本だなから(そのとき一人と二匹はカイの部屋にいました)一冊の本を持ってきました。


 それは表紙からおどろおどろしいものでした。タイトルは、見る人をおどろかすように、ゆがんでひねくれています。暗い背景に、白い顔の人間がこちらを向いて笑っています。その口は大きく耳までさけていました。


 カイは本を開いて二匹に見せました。それは妖怪や怪物についての本でした。幽霊もお化けもいます。つまりこの世の恐ろしいものを集めた本でした。


 ルルちゃんはぞっとしました。子どもたちを追いかけている奇妙な生き物がいます。目を光らせ、するどい牙がならんだけものが、人間たちをおもしろそうに眺めています。


 かわいそうに、頭をかじられている子どももいました。ルルちゃんはびっくりしてカイにききました。


「魔物って、人間を食べるの?」

「この本に出てくる怪物はそうだけど、魔物は知らないよ」

「魔物は人間を食べないよ!」


 ルルちゃんは心配になってきました。魔界はこんな生き物たちがいるところなのでしょうか。自分はやがてそこへ帰るのです。そして、そこから来たとも言われています。ルルちゃんは本当に、こんな怖いところから来たのでしょうか。そして、そこへ戻ると、ルルちゃんもこんな姿になってしまうのでしょうか。


「おぬしはわしを食べようとしたではないか」


 ゴエモンが言いました。ルルちゃんははっきりと言い返しました。


「でも結局、食べなかったでしょ!」


 ちらりと、一口で食べられそうだなとは思いました。けれども実際にそれをやることはありませんでした。心の中で思うだけと、本当にそれをやることとの間には、大きな違いがあるものなのです。

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