レンズに映るもの

望月 栞

レンズに映るもの

 先日、ご主人様が亡くなった。私はそれを知った時、途方に暮れた。ずっと、おそばでお仕えしてきたというのに、私のお役目はこれからどうなるのか。

 今日は奥様とお嬢様が遺品整理をしている。ご主人様のお部屋の中を行ったり来たりしながら、段ボールの中にご主人様の私物が仕舞われていく。

「ねぇ、お母さんこれ見て! 懐かしいよ」

 お嬢様が本棚からアルバムを取り出して奥様に見せている。あれは、ご主人様が生前よく見ていたアルバムだ。

「あ、本当ね。あんたがこんなに小さかった写真、ここにあったのね」

 奥様はアルバムをめくっては懐かしそうに顔をほころばせた。それ以外にもお嬢様がアルバムを見つけ、それらをまとめて隣のリビングへ置いていく。

 その後はおしゃべりをしながら時間を掛けて整理を終え、私達は隣のリビングへ移動し、休憩を取ることになった。奥様がコーヒー、お嬢様が紅茶を一口飲むとそれぞれアルバムを手に取った。

「これは、お父さんが公募されていた賞に送った写真ね」

「あぁ、よく風景写真を撮っていたもんね」

「これで約束、守ってくれたのよ」

「何のこと?」

 それは私も知っている。

「自分が撮った写真で賞を獲って見せるからって。この富士山の写真は金賞だったのよ」

 もちろん、覚えている。ご主人様に同伴し、一緒に静岡へ出掛けた際、茶畑を前にご主人様は富士山を撮ったのだ。それを賞に送り、見事金賞を獲られたことを知ったご主人様の驚きと笑顔は今でも印象に残っている。

「こっちは旅行に行った時の写真だよ」

 それは、一面に紅白の彼岸花が咲き誇る前で撮った家族写真だった。ご主人様は彼岸花の花畑に感動し、他の観光客に負けないくらい写真をたくさん撮っていた。

「こうして見ると、お父さんって本当にたくさん撮ったんだね」

「昔からの趣味なのよ。仕事以外は、どこへ出掛ける時もカメラを持って行っていたもの」

「趣味かぁ。私もさ、大学入ってサークルどうしようかと思ったんだけど、友達にも誘われたから写真同好会に入るつもり」

 私はこの言葉に嬉しくなった。お嬢様もこれを機に写真に興味を持ってもらえたら、ご主人様もさぞ喜ばれることだろう。

「そうなの? 今までスマホで撮っていたのに。カメラはどうするの?」

 それなら、私にお任せして下されば……。

「大丈夫だよ。貯めたバイト代で安くなっていたやつ、買ったから」

 私は耳を疑った。お嬢様は立ち上がって自分の部屋に行くと、再び戻ってきた。その手には淡い緑色のカメラがあった。

「これだよ。かわいいでしょう?」

 嬉しそうに話すお嬢様の様子は、私に衝撃をもたらした。お嬢様はあのカメラを使っていくのか……。ご主人様のいなくなった私は、もう寿命なのかもしれない。

 他のご主人様の私物と共に、自分が段ボールへ入れられるのを想像した。そこは真っ暗で、もう何も写さない――。

「それじゃあ、これはお父さんのそばに置いておかないと」

 驚いた。奥様は私を持ち上げて、仏壇に置かれているご主人様の写真の隣に置いたのだ。

「このカメラはお父さんが大切にしていたものだからね」

 奥様は寂しそうに笑っていた。

 私は今後、シャッターを押されることはないのだろうが、この場所からご主人様の遺影に向かうご家族の姿をレンズに焼きつけよう。あの世のご主人様に届くように。



                                 -fin-

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