第26話


―――――とある研究室


薄暗く僅かにしか明かりの入らない一室、その隅に老人はいた。老人の傍にある机には大量の書物や巻物が積み重なっており今にも崩れ落ちそうなほどであった。部屋の中には何かの標本や用途の分からない魔道具などが置き捨てられるように転がっていた。


老人がいつものように自らの研究室に引きこもっていると、珍しく一室にノックが響いた。この部屋に近づくのは雇っている業者かアシスタントだけであり、その中にノックするような礼儀のある者はいない。


「開いている。勝手に入っていいぞ」


老人は外にいるであろう者に聞こえるように声を張る。老いによって滑舌も悪くなり声も出ずらくなってきたが、その声は外の者に聞こえたようでそのドアが開かれる。


「失礼します。……わっ、すごい散らかってる」


入ってきたのは老人が所属している貴族学校の制服を着た少女であり、未だ幼いながら授業に熱心なことで有名な生徒であった。少女は部屋に入ってすぐに部屋の汚さに驚く。


「汚くて済まんのぉ。これこれ、こっちじゃこっち」


老人はその場から体だけを少女に向け、手招きをする。少女も老人の姿を見つけると笑顔をうかべ近づいていった。


「急にすみません、先日講義を受けた中で質問があるのですが……お時間よろしいでしょうか」


「なるほどそうゆうことか……良いとも良いとも。ワシの授業は退屈だろうに、熱心なことじゃ」


老人の授業は剣術や魔法学と比べ、ほとんどが講義ということで人気がなかった。自身の考えをただ羅列しただけのものである為、本人ですらつまらないだろうと自覚すらあった。


「そんなことはないです!先生の考えは素晴らしいもので、私は日々感銘を受けています。摩訶不思議な異能について研究を続け、先生の出された異能系統分別本や異能歴史書は世界でも注目を集めています!」


老人は異能の研究をしていた。世界の理不尽を見に宿した異能者の存在の解明に、老人は人生をかけていた。


世界からはみ出した能力、それが異能。先天的とも、後天的とも言われ、目覚めた者に様々な影響を与える。それは神の祝福、魔の呪い。能力や系統は様々であり、魔物に変身する能力、特殊な効果を持つ武器や道具を作る能力など千差万別である。ある地域では祝福とされ喜ばれ、またある地域では呪いとされ粛清の対象にもされた。世界は、人は異能を好み、嫌悪する。


異能を持つ者は大いなる力、そして呪いを身に宿す。異能の力は偉大であり、一人で世界を変えてしまうほどの力を持った異能も存在する。だからこそ、人は国は異能者を望み、忌み嫌う。


しかし、大いなる力には代償がいる。異能者には異能覚醒の際、もしくは発動の際に自身に代償を得る。異能によって代償は様々であり、ある者は覚醒した際、気性ががらりと変わったり、またある者は身体に大きな影響が出た者もいた。それが代償である。そして、異能の力が大きければ大きいほど、代償も大きい。代償なき力など、この世には存在しないのだ。


「ワ、ワシことを慕ってくれているのは嬉しく思う。……して質問とは異能のことか」


老人は少女の剣幕に驚きつつも、珍しく自身の授業に興味を持ってくれた生徒がいることを嬉しく思った。異能は魔法よりも難解であり、厄介である。自身が使えるようになることはほとんど無く、人それぞれ違った能力のため似た傾向や種類としか分別出来ない。そんな異能を学びたいと思ってくれる少女は貴重な存在であった。


「し、失礼しましたっ。……質問と言うより疑問なんですが、異能者全員に共通する使は代償ではないのでしょうか?」


異能者は総じて使。以前は優秀な魔法使いマジックキャスターでも覚醒してしまえば初級魔法すら使えなくなってしまうのだ。


異能も魔法と同じように魔力を消費し発動させる。異能者が魔法を使えない理由は未だに解明されていないため、真偽のほどはわからなかった。


「魔法を使えないことは代償ではない、と先生は授業で仰っていましたがどうしてそう思うのでしょうか」


「ふむ……」


老人は少女の質問を聞くと目を閉じ、何かを考えるように腕を組んだ。未だ幼い少女が異能学の、しかも自らの考えを聞こうとしてることに嬉しさと同時に、期待に応えたいと老人は心から思った。


「……ワシは異能者は覚醒した時から人間をやめたのだと考える」


老人はポツリと、そう呟いた。


「人間を、やめた……?」


老人の言葉に少女は首を傾げる。老人は頷くと、傍にあった机の引き出しから一つの書物を出した。


「昔、戦争で亡くなった異能者の死体が研究院に届いたことがある。あの時のワシは若く、異能の全てを解き明かそうという気持ちしかなかった。だから……抵抗はなかった」


老人は静かに語りながら、ゆっくりと机に書物を広げた。書物には人体の解剖図が二つ載ってあった。


「こっちが通常の人間ヒューマンの解剖図、そしてこっちが異能者の解剖図じゃ。……この二つには違う点があった」


老人はそう言うと、ある一点に指を指す。


「―――それは、脳。脳の形が明らかに違っていたのじゃ」


「えっ!?で、では、人と異能者はつまりは……」


「うむ、全く別の生き物になってしまったというわけじゃ」


老人の言葉に少女の顔は驚愕に染まる。人として生きていた存在が、全く別の生き物に変わるのだと知ったからだ。


世界は、人は、自らと違うものを恐れる、拒否する、淘汰する。があるだけで、いや、違うからこそ分かり合えない。


人とも、魔物とも違う生き物。その数も少なく、世界のはぐれ者とも言える存在の彼らはなぜ生まれたのだろうか。


「……ワシは、彼らの謎を知りたい。異能とは、代償とはなんなのか。彼らの力の全てを」


老人の目はまるで活気溢れる若者のような目をしていた。情熱の全てを異能にぶつけ、老人は今を生きる。


「ワシはもう老いぼれじゃ、できることも少ない。……だが、未来の子らに私の思いを託すことはできる。異能者を知り、全てを明らにせんとする者をワシが作るのじゃ」


老人はそのシワだらけになった手を少女の肩に置き、何かを込めるように力強く、されど優しく握った。


「君のように興味を持ってくれる子がいるだけで、ワシは研究してきてよかったと思える。……これからも精進しなさい」


「は、はい!ありがとうございます!」


少女はそう言うと勢いよく立ち上がりお辞儀をした。


「先生、また来てもいいですか?」


「あぁ、来たまえ。今度は茶でも用意しておこう」


二人は笑顔を浮かべ別れを告げた。老人は未来の学者の種を、少女は自身の目標とも憧れとも言える存在を見つけた。二人の関係がどのようになっていくのか、それは誰も分からない。しかし、一つだけわかることは、異能は未だに謎だらけであり、解明せねばいけない問題はたくさんあるということ。


異能。偉大なら力は祝福か、大いなる代償は呪いか。どちらも兼ね備えたこの力を、世界は、人は、どう向き合っていくのか。




ようやく紹介まで来ました。


この世界には主に三つの力がある。

魔法、技能、そして異能。

僕の世界はこれからドンドン加速していきます。付き合っていただければ幸いです。

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