第23話


リヴォニア聖王国。豊かな大地と活気ある人々の住まうその国は、世界的にも磐石な中堅国家として存在していた。しかし、北にある山岳を越えると無数の小国が点在しており、紛争を繰り返す危険地帯とされていた。リヴォニアはそんな小国の攻撃がありながらも長年存在し続けた強国であった。

他の大国と比べれば国土は少なく、何が珍しい特産があるわけではなかったが、とある者が世界的に有名であった。


聖母または、聖女オリヴィア。リヴォニア聖王国よ国教でもあるオリヴィア教の創始者であり、


曰く、万物を癒す力を持つ。曰く、その微笑みはどんな怪我や病気も治してしまう。彼女は実に数百年生きている謎の存在とされ、その姿を見たものは神の魅力に取りつかれると噂されるほど世に出てこなかった。だからこそ、オリヴィアとは庶民にとって神そのものであり、崇高の対象としてオリヴィア教が国中どこにでも広がっている理由であった。


このオリヴィアの存在がリヴォニアという国を生きながらせていると言っても過言ではなかった。宗教の教えというものは実に偉大で恐ろしいものである。子どもや老人さえ、ひとつ違えば恐れを知らない使徒となるのだから。


しかしながら、小国群や周辺諸国から見るとオリヴィアの力は実に魅力的であった。その力があればどんな軍もまるで不死身の軍になるのだから。周辺諸国との関係は悪いものでは無かったが、北にある小国群では話は違かった。


リヴォニアを落とせば北の覇者


小国の王たちは皆、北の統一を心のどこかで考えている。リヴォニアを滅ぼし新たなる大国を作ることさえ不可能ではない。そして今回も、そんな夢を見て戦争は始まったのだ。


小国マリオラによるリヴォニアへの宣戦布告。元々は小国同士の対立には極力口を挟まなかったリヴォニアだったが、数年前より友好国であるペーゼへ義勇兵として軍を派遣し始めた。ペーゼとの関係はさらに磐石なものとなり、小国群に対する不安も消えつつあった。しかし、それは新たなる戦火を呼ぶきっかけともなった。


数年前に勃発したリリバオラ開戦でペーゼおよび義勇兵団に敗北したマリオラはその怒りの矛先をリヴォニアへ向け、打倒リヴォニアを胸に今日まで生きてきた。そしてマリオラは、小国の中でも歴史のあるモージバオラと共同戦線を敷くと、ペーゼへ同時に宣戦布告。僅か一ヶ月という期間で戦争は始まり、ペーゼは二カ国からの攻撃に戦線は破綻、北部都市は陥落し両国は着実に首都へ近づきつつあった。リヴォニアはこれに対して軍派遣を行いそしてマリオラは、リヴォニアとの直接対決に持ち込んだのであった。


リヴォニアは両国に対し非難勧告を行い、起こるであろう戦争への準備を始めた。しかし、リヴォニアには北以外にも目を向けなくてはならない場所があった。

それは魔天領域。魔物の中でも並外れた強さを持つものや、いくつもの魔物の群れが蔓延る人外魔境である。世界には魔天領域がいくつも広がっており、その脅威度は奥に行けば行くほど未知数と言われている。四聖獣、十二天魔獣、神獣種、魔王種。他にも、歴史上登場する魔物たちはいずれも、とも呼べる力を誇った。


魔天領域への監視に力を注ぐ以上、常備軍を北に集中させるわけにはいかない。そこで取った作戦が使徒志願、志願兵の募集であった。この世界では万人が戦える素質を持つ。魔力といったものが存在するため、一般人でも訓練を行えばある程度の力を持つことができた。徴兵ではなく志願制なのも、リヴォニアという国への愛国心を顧みた結果であった。


リヴォニアは数年ぶりともなる志願兵募集によって、新たなる転換期を迎えようとしていた。



――――――――――――



どこを見ても人、周りは人だらけであった。地方の村であるここに、これだけ人が集まるのは珍しく、かつてないほどの活気がそこにはあった。しかし、その顔付きは明るさを孕んではいなかった。全ての者はみな等しく決意、自信に溢れていた。


この村の青年ジミーもそんな志願兵の一人であった。リリル村出身のジミーは平穏な暮らしに飽き飽きしていたが、そんな矢先に村で志願が始まった。ジミーは喜んで志願し、命をチップとする戦争へと身を投じることを決めた。


しかしジミーは、そんな自信に満ち溢れていた先日までの自分を殴り飛ばしたくて仕方がなかった。志願兵こ中には戦闘を生業にしていた冒険者や、魔法・技能スキル保有者もいる。そんな者たちがいる中、自分のような貧弱で魔法も持たない者が活躍できるビジョンが見えなかったのだ。


「はぁ、全員が凄く強そうに見えるわ……」


ジミーは自分の持っている武器を見てため息をつく。元々馬を育てることしかしてこなかったため、剣や槍などの武器を所持しておらず武器を買う金すらない。そのため、少し刃が長いナイフを丁度いい棒に括りつけているだけの槍もどきを持っていた。


この発想を思いついた当時は、槍を買わなくて済むと妙に得をした気分だったジミーであったが、周りを見れば全身を鎧で身にまとった者や、光沢する槍を持っている者たち。次第にジミーは自分が滑稽に見えてくるのだった。


しかし、実際ジミーのような者は少ないどころか多い。元々農民である者にとって武器を用意する金など無いし、上手く武器を扱えることが出来ないと考える者もいるため、ナイフを括りつけた槍もどきや棍棒を武器にする者は意外と多いのだ。


辺りをキョロキョロと見渡しながら移動するジミー。志願者の数は既に五百は超えていた。志願者の他にも白い軍服をきたリヴォニア軍人の姿もチラホラと見える。城塞都市までまだまだ先ではあるが、地方から志願兵たちが集合してきていた。


「……おい、Bランク冒険者のマガル・ハザ・ガルドだぜ。熱心なオリヴィア教徒だとは聞いていたが志願するとはな」


「Bランク冒険者も参加してるとは心強いな。………おぉ、Cランククランの風燕もいるぞ。中々の人数だ、力を入れてるな」


「……あのリヴォニア軍人ランドン・ビクワイアじゃねぇか。前回の戦争にもいたのを覚えてる、かなりの腕前だ」


「それより今回の戦争はどうなるんだ……」


志願者たちは情報収集やリヴォニア国の戦力を確認し合う。志願兵の中には上位冒険者や冒険者クランでの参戦をする者が多数いた。中には未だ名前は上がらずとも、隠れた実力者やこの戦争で名を売ろうと考えている者がいてもおかしくはない。


――――――しかし、中には違う意味で注目される者もいた。


「――――おい、誰だガキを連れてきたやつは!」


怒声が響き渡る。その周りにいた者たちの視線は原因の者たちに向けられ、注目を集める。ジミーもその声に反応し辺りを見渡す。すると、周りの者たちの視線の先に映る一人の男を見つけた。


「なぁおい聞いてんのか!?」


男の周りにも人相の悪い男たちが複数おり、男を含めた数人はその熱くたぎったその視線を一人のに向けていた。そう、少年だ。


「おいおい喧嘩か?ったくガキ相手に大人気ねぇな」


「……ちょっと待てよ。ここって志願兵の集まりだろ、なんであんなガキがいるんだ?」


「……確かに。迷ったのか?しかし、あの格好から見るに志願者でもおかしくないな。どこの誰が連れてきたかわかんねぇけど普通じゃねぇ」


周りの者たちもその少年の姿を確認し、不躾な視線を送る。興味深そうに、あるいは迷惑そうに。視線の種類は様々だったが、ほぼ全ての視線がこの事態を好ましく思わないものだった。


戦争ではいくつも班を分け行動する。もしその中に、未熟で力不足の少年がいたらどうだろうか。誰もが少年よりも頼もしく、筋骨隆々な大人の方が良いと誰もが思う。恐らく絡んだ男たちもそんな気持ちだったのだろう。


「……聞いてます。貴方に迷惑をかけた覚えはありませんし、これからもかけるつもりはありません。……引いてもらえませんか?」


「そうゆう問題じゃねぇんだよ。ただ単に気に食わないんだよ、てめぇの存在がよ」


「……やめましょう。同じリヴォニアの仲間じゃないですか、同じ意思を持つ者同士で喧嘩するなんて意味がないですよ」


「意味はあるな……てめぇみたいなガキがいるのが気に食わねぇからだよ!」


男の言葉は止まることはなく、少年を罵倒する。ジミーはその男に見覚えがあった。男は村の中でも有名な荒くれ者で、弱者を殴ったり、好き勝手をし度々問題を起こすなどし、村の者たちから距離を取られていた者だった。周りにいるのはその取り巻きだろう。


ジミーにとって、いや、村にとっての目の上のタンコブであった彼がどうして志願したのかは分からないが、志願してからも問題を起こしていることにジミーはため息をついた。


(あいつもいるとなると面倒になるな……。でも、あいつ位のチンピラならそこら辺にゴロゴロいる強そうな奴がなんとかしてくれるだろ……可哀想だがここは傍観させてもらうぜ)


ジミーは心の中で少年に謝罪しつつ周りに視線を送った。しかし周りの者も動く様子はなく、興味無さげに自らの武器を磨く者や、ニヤニヤと楽しげに笑う者はいても、助けに出るものはいなかった。中には男と同じ気持ちなのかもっとやれ、やっちまえと叫ぶ者も出てきた。


この世界は弱肉強食、弱い者に優しくない。それは力、権力、金、何かが秀でていなければあっという間に亡き者にされてしまう世界。無人は権力に屈し、自らより強いものにひれ伏す。魔物には無慈悲に殺され、社会には使い潰され、ゴミのように捨てられる。それが世界、逃れることはできない。


(恨むなら自分の弱さと運命を恨めよ……)


ジミーは少年の不運を思い静かにため息をつく。しかしふと、あることが頭に浮かんだ。


(……まて、何か、何かが引っかかるぞ。なんだ、なんなんだ)


ジミーは考えた。そして、気づく。そう、あれはなのだ。周りの者たちもそれには気づいていたが、本質には気づいていなかった。戦争の志願は成人済みの者からのはず。


あの少年がこの村出身でないことは確か、だとしたらなぜ。あの男のような者が他の村にいてもおかしくはない。だとすると何故あの少年はここまで来れたのか。


(しかも……!?)


ジミーは少年の首にかかっていた鈍く輝く札が見えた。


「―――――わからせてやるしかねぇなぁ!顔面が潰れて誰も呼べなくしてやるよ!」


男は我慢ができなくなったのか、その腕を大きく振りかぶり少年の顔を目掛けて振り下ろす。周りの者たちはその行動に静かに息を呑むも、時が止まることはない。


ジミーはその瞬間、少年の顔が拳によって潰されるのを予期し目を瞑る。ぐしゃり、という肉が潰れるような音が響くのを聞いて、ジミーは恐る恐る目を見開いた。


――――しかし、顔が潰れていたのは男の方だった。


「あべェ!?な、なんでこのガキ……!?」


鼻が潰れ、血を垂れるのを男は零れないように手で顔を覆った。男が驚くのも無理はない。なぜなら、男は少年よりも先に腕を振り上げそして振り下ろしたのにも関わらず、少年の拳は男よりも先に醜い顔をひどく歪ませたのだから。

周りにいた者たちもその光景に目を疑い、瞬きを繰り返す。ジミーもそのうちの一人であった。


「こいつ、俺の顔を……!」


「……技能スキルを使っていないだけ、マシだと思ってくださいね」


「な、何言って……!?」


男はユレンの言葉を聞き、目を剥きユレンを睨みつけた。その際、少年の首にある札を見て驚愕に目を剥く。


志願者の中でも魔法や技能スキルを使える者は軍から金属でできた札を渡されていた。それを首にかけることで普通の志願兵と区別し、判別しやすくしていた。そして少年の首にはその札がかかっており、少年が札持ちつまりは技能スキル・魔法保持者だということを証明するのだった。


「あの歳でスキルを使えるなんて……有名な冒険者かなんかのガキか?」


「黒髪が特徴のやつは聞いたことがねぇ。おそらく無名だ」


周りの冒険者達も少年を探るように観察しだす。少年はこの数日で慣れた視線を気にもとめず、顔を押えうずくまる男をじっと見つめる。男は顔を抑えながらその血走る目を少年へ向けた。


「やりあがったなてめぇ……!ぶっ殺してやる!」


「できれば、戦いたくはなかったんですが」


男の周りにいた取り巻き達も少年を睨みつけ敵意を剥き出し、少年の周りを囲い込む。少年も、その場で足を肩幅に開き周りに目を配ると、いつでも対応できるように力を抜く。今にも乱闘が始まる、野次馬たちがそう思った瞬間、辺りにけたたましい笛の音が鳴り響いた。


「何だこの集まりは!」


笛を吹きながら現れたのは数人のリヴォニア軍人だった。野次馬達は軍人達が現れると慌てて離れていき、無関係だと言わんばかりに指を少年達の方へ指す。

少年は静かにため息をつくと、困ったように頭を搔いた。


「この騒ぎはお前達が原因だな。目立った行動、自分勝手な行動は控えてもらおうか」


軍人は少年と男達を見てめんどうそうにそう言った。少年は軍人の言葉に謝罪をする。しかし、殴られた男は顔を抑えながら怒りを隠そうともせず叫ぶ。


「このガキが俺に怪我させやがった!こんな奴がいていいのか!」


「この人が先に仕掛けて来ました、正当防衛です。それに、この程度で怪我するようじゃ残れないと考えます」


「てめぇ舐めやがって!」


男は今にも飛びかかりそうなほど顔を真っ赤にさせる。少年も男の顔を静かに見据える。


「これ以上の騒ぎはやめろ!もし続けると言うならこのことは上に報告し罰を与えるぞ」


軍人がそう言うと、男は歯を食いしばったまま不満を隠そうともせずに去っていった。取り巻き達も慌てた様子で男について行く。軍人とユレンは男たちを見送ると顔を見合せ同時にため息をついた。


「……君もスキル持ちだというからといって調子に乗らないように。今後このようなことがないように」


「……はい、すみませんでした」


軍人の言葉に再度謝ると、少年も男たちとは反対の方向へ歩き出す。野次馬たちは少年が近づくと、目を合わせないように距離を取り離れていくのを確認する。


「ここに居る者も問題を起こさぬようするように!」


軍人達はそう言うと踵を返していった。先程までの騒ぎも無くってしばらくの沈黙の後、辺りにいた者たちは興奮を隠そうともせずに話し始めた。


(なんてやつだ。子どもなのにとんでもない強さだったぞ)


ジミーは動く事もせず、じっと少年が去っていった方向を見つめていた。自分よりも若い、そして強さもあるという事実はジミーの心に深く刻まれた。


(もし、あの子どもがこのまま成長したら……どうなっちまうんだ)


―――――――――――――


人々の喧騒も僅かにしか聞こえないような村のハズレに、その人影はあった。注目を集めた少年ユレンは、周りに人がいない事を確認すると静かに溜息をつく。


(後でランドンさんに謝らないとな)


志願兵として村を出て今日で十日。半日以上を移動に費やし、いくつもの村を渡り歩いて、ようやくこの村に着いたのが昨日。ユレンはここまで来た。初日で足は既に限界を迎えたが、自分たちも辛いはずである村の大人達やランドン達の支えがあった飲も影響し、少しずつ適応していくことができた。


人の温かさ。家族の元にあったその温もりを僅かに感じることはユレンの心を少しだけだが癒した。きっと今後も上手くいく、この時まではそう思っていた。


しかし、平穏は長くは続かなかった。歩き始めて五日目から、他の村や街からの志願兵たちと少しずつ合流し始め、大きな集団となった。これまでにないほどの人の量にユレンは驚くも、そんなことはあることが原因ですぐに忘れてしまった。


ある日から、合流した志願兵達の中からユレンを見ると嫌悪感を露わにしたり、ちょっかいをかけてくる者が現れたのだ。子供がいる、黒髪で縁起が悪いなど、そこに大きな理由はないのかほとんどが容姿などを嫌った。そして、それは次第に過激になっていき先程のような乱闘騒ぎにまで発展するほど大きくなってしまった。志願兵の中には心配してくれたり、ユレンの肩を持つ者もいたが直接助けることはほとんど無かった。ランドン達も軍人として忙しく、またユレンの能力を見たからかなにもすることはなかった。


戦場に行くのに争っている場合ではないとユレンは思うが、志願兵達からの嫌がらせや罵声が止むことはなかった。自分よりも弱い者を見つけ、攻撃する。この世界でもそんな人間はあたりまえのように存在し、それがまるで日常の何気ない姿のように振る舞い、傲慢にも生きている。


旅の疲れと共に、最近よく目の当たりするようになった人の悪意に当てられ、ユレンは少し気疲れをしていた。家族と別れた寂しさからくる精神的疲れにもようやく慣れてきたと思った矢先に、これである。人がいるところでは落ち着くことも、ゆっくり休むこともできないため、今日も村のハズレで人に見つからないように過ごす。


(今頃、何をしてるだろう)


辛い思いをすると家族に会いたくなる。旅立ってもう少しで二週間経つが、やはり寂しさに慣れても消えることはなかった。これからも忘れることは無い、忘れたくはないのだ。


「もう少しでコリエか」


翌日には城郭都市コリエへ到着する予定である。そこで武器や防具などを調達し、そこから約1ヶ月間の軍事演習が待っている。いよいよ本格的に戦争の始まりが近づいてるのをユレンは実感する。人を殺す覚悟は、出来るのだろうか。未だ想像もつかないその罪を、ユレンは受け止められるのかわからなかった。世界はユレンの心の準備を待つことはなくジワジワと、されど確かに近づいて来ていた。


この世界の命の価値は高くはない。ユレンは人を殺すという道を選んでここまで来たのだ、もう引き返すことは……出来ない。


(まだまだ力が足りない。絶対に生き残るんだ)


気づけば夕日はその世界を赤く染め、ゆっくりと沈んでいってた。夜が訪れる。ユレンはゆっくりと立ち上がると、志願兵達が寝泊まりしている場所へ向け、ゆっくりと歩み始めた。


しばらく歩いた後、目の前にはいくつか天幕が作られた場所が広がっており、煙がいくつか空へと上り夕日を白く隠そうとしていた。志願兵たちはここで寝泊まりをし、翌日にはコリエへ旅立つ予定である。


天幕へ近づくにつれ、ユレンの鼻には食欲を刺激するような匂いが広がる。同時に空腹を訴えるように腹が鳴った。ユレンが寝泊まりする場所に行くと、そこにはマイノ村の面々が穀物やスープ、漬け野菜に魚の干物など、たくさんの食べ物を配り歩いていた。


立ち止まって周りを見ていたユレンへ一人の男が近づいてくる。


「帰ったかユレン、遅かったな」


「今戻りました。お腹ぺこぺこで倒れそうだったんです」


「今日の食事は豪華だ。この村は漬け野菜が特産なんだ」


ユレンが帰ってきたのを見つけた初老の男は、嬉しそうに出迎える。マイノ村の面々はユレンの実力と人柄を十分に認めており、その存在を頼もしく思っていた。この老人もユレンを初孫のように思っており、いつもユレンが帰るのを天幕近くで待っていた。


案内されてた場所へ向かうと、既にほとんどの人が食事を始めておりユレンの場所と思われる場所には周りの人達よりも少しだけ多く食べ物が置いてあった。


「おお、ユレン君!帰ったならちょうどいい、ほれほれ冷めないうちに食べなさい」


「こんなにたくさん……。いいんですか?」


「君は食べ盛りだ、ワシら老人なんかよりたくさん食べてでかくなりなさい。これからのユレン君への投資じゃよ」


「あわよくばお零れを貰おうと近くに座ったジジイとは思えん言葉じゃ」


「……なんのことじゃ」


老人たちの会話を聞きユレンは笑う。老人たちはユレンが周りから疎まれていることを知らなかった。知らないというよりも、ユレンが老人たちに伝わらないように周りに頼んでいたのだ。ここまで思ってくれる彼らを悲しませたくない。それほどこのコミュニティを大切に思っていた。戦争が始まってもここにいる人達は生き残って欲しい、それはユレンの切実な願いであった。


残酷で悪意が蔓延るこんな世界、しかし、近くにはこんなにも優しく暖かな心を持った人達がいる。彼らの違いは、何なのだろうか。環境は、世界は、人は、異物をそう簡単には認めない。


「さ、ユレン君。食事を始めよう」


「はい、いただきます」


自分は、守れるだろうか。家族を、仲間を。そんなことを思いながらユレンは祈りを口にし、食事を始めるのであった。

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