第22話


 早朝にも関わらず、村の外へと続いていくと思われる街道の入り口は、村中の人で溢れていた。まるで祭りのような雰囲気で、戦争志願者たちの見送りや、その勇姿を一目見ようと訪れた人たちが集まっていた。

それもそうだろう。今日という日を境に、二度と会うことができなくなってしまう可能性を含んでいるのが戦争だ。


その中でも、人口密度が他と比べて圧倒的に多い場所があった。志願者たちが集まる場所だ。別れを告げにきた者たちなどの姿もあり、その場は歓喜と哀愁が漂う異質な空間であった。ユレンも志願者の一人としてその場にはいたが、端の方に立ち、語り合う村人たちを観察していた。


ユレンの目の前にいた若い男の元には女性がいて、涙を流していた。そんな女性を男性は大切そうに、慰めるように抱きしめる。横を眺めると、知り合いである老人たちの元にその家族と思われる者たちが複数人見え、老人たちの別れを惜しんでいた。

老人たちはきっと、帰って来れない。頭の中に浮かぶ自分のリアリストさが嫌になる。ユレンは顔を歪め、出発日和と言える青空を見つめる。


戦争へ志願すると言っても、村長から指名された者が三割ほどいると聞いたとき、一時は怒りに支配された。しかし、恨まれてでも村を守るのが村長の仕事だと言われ、何も言うことはなかった。この村を、人を守るため、村人たちを志願させる。村を守るためには国への協力を惜しんではいけない。それが村長の仕事だった。


涙を流しあっている者たちを眺めてる内、ユレンはレントたちのことを思う。衣服とナイフ、そして狼の毛皮のマントで身を包むユレン。売り払ったり、家族で使ってもよかったはずだ。

生きて帰ってくるかもわからないユレンのために、わざわざ森まで行って届けてくれた家族に別れを告げたいのと同時に、感謝を伝えたかった。しかし、これがユレンの望んだ選択であり、覚悟であった。


「そろそろ出発します!志願者は、荷物を持って入口前に並んでください!出発演説があります!もう一度繰り返し――――」


ミアの大きな声が辺りに響き渡り、見送りに来ていた人たちと志願者の塊は、少しずつ離れていった。ユレンはザッと周りを見渡し、家族の姿がないことを確認する。魚の骨のように刺さったようなしつこい憂いを消すように、ユレンは大きく息を吸う。そして大きく口を開き、辺りに響きわたるように声を発した。


「―――――ありがとうございます!必ず帰ってきます、行ってきます!」


その場に響くユレンの声。地を、空を駆ける。届け、届けと思いを乗せる。

ユレンの声に、周りにいた者たちも耳を抑え、視線をユレンに向け、その姿を捉えると表情を驚きで染める。


「あれって……ユレン君、だよな?レントたちの姿見えないけど……?」


「志願するのか!?まだ成人していないはずだぞ?」


「あの歳で志願する人、今も昔もこの辺じゃ出てないわ。すごいけど、ユーリさんたちのことを考えたら……」


ユレンの姿を見た者たちの反応は三者三様であった。驚きで目を見開く者もいれば、可哀想と同情の念を送る者もいた。周りの者たちから送られる視線に気づきつつも、ユレンはどこか遠くを見つめ、何かを待っていた。


しばらくは、コソコソとした囁きが辺りを飛び交っていたが、ユレンの声が皮切りになり、別れを告げる言葉がいくつも辺りを飛び交い始める。歓声響く中、悠然と現れるランドンたちの姿を捉えた。


「――――別れは済んだか!……これよりランドン中隊長による最後の演説が行われる。心して聞くように!」


村人たちの声など蹴散らすように、ミアの声が響きわたる。そして、ミアの隣に立っていたランドンの巨体が動き出す。そして、その悠々とした姿を見せつけるかのように胸を張り、大きく息を吸った。


「――――今回私が、ヴァリアン辺境伯家の領地での志願兵を指揮するランドン・ビクワイアだ。マイノ村の諸君、あなた方の勇気、決意しかと受けとった。別れを惜しみつつも、国のために命を張るその姿に、私は敬意と尊敬を送る!このような者たちの指揮が出来ることを私は光栄に思うぞ!」


ランドンの演説が始まると、周りにいた村人たちもその視線をランドンへ向ける。ランドンによる賞賛の言葉を聞くと村人たちのボルテージも上がる。ユレンもランドンの話に耳を傾けるが、演説の中に、ヴァリアン辺境伯という言葉が出てきたことと、この村の名前がマイノ村という名前ということを初めて知った。村長の名前がマイノだということも同時に思い出す。


ヴァリアン辺境伯の領地と言う名前を聞き、辺境の地だという確信もユレンは得る。いくら農村と言っても、人も来ず、文明レベルも低かったため、田舎の中のさらにド田舎であるとユレンは思っていた。予想通りで苦笑するほか何もできない。


くだらない事を考えているとランドンの視線がこちらに向き、ユレンを鋭く射抜く。


「―――――しかも中にはまだ、成人を終えていない少年の志願者もいると聞く。腕もさることながら、その志が実に見事!この国の若者の未来のため、我々が全力を尽くし、必ず勝利へと導こう」


気づくとランドンは、ユレンのことを話し始めていた。ランドンを見つめ返すとともに、胸を張る。ランドンがユレンのこともしっかりと鼓舞している事が窺え、ランドンの言葉に感激を覚えつつ、ユレンは頬を静かに吊り上げた。

長く熱い演説は周りの熱も上げていき、いよいよランドンの演説も終盤に近づく。出発が近づいてくると、周りの者たちの声も必然的に大きくなってきた。


そしてランドンは腰に着けていた直剣を抜剣し、天に向かってその剣先を掲げる。日差しに輝く白刃が向くは外。志願者たちも自らが持っていた槍や弓などを掲げ叫ぶ。村人たちも手を大きくあげ空に吠える。


「我々はリヴォニア軍!神の名のもとに勝利を手にする聖軍である。我らの勝利にはここにいる志願者、そしてマイノ村の皆の協力が必要不可欠である!勇気ある使徒となり、共に敵を打ち倒すために今、羽ばたかん!」


ランドンの宣言と共に辺りに怒号が響き渡る。まるで夏のように熱い熱気に包まれ、人たちの気持ちは高まりその限界は留まることを知らない。ユレンもその熱気に当てられ、知らず知らずのうちに声を上げていた。

これが人間の熱、そしてこれが戦争の狂気となって刃を振るう修羅の軍となる。


「―――――これよりマイノ村を出る!志願者は荷物を持ち、すぐに出発できるようにしろ!先行は俺がする、殿にはジェイク、ミアは中央に位置するように!」


「「はっ!」」


ランドンたちが行動を始めると、村人たちも動きだす。大きな歓声で祝福され、志願者たちは村を出る。

ユレンは周りにいた者たちが村の外へ向かうのを見送りつつ、今まで過ごしてきたこの村を一瞥する。前世と比べたら暮らしにくく、閉鎖的な村だったが十二年の間に愛着も湧いていた。名残惜しい気持ちもあるが、少し村を眺め、その見慣れた景色を見納める。そしてユレンは、郷愁を感じつつも感謝の念を持って十二年過ごしたこの村へ背を向けた。



「――――ユレン!」


突然背を向けた村の方から名前を呼ばれる。見ると、同世代の少年たちがこちらに向かって手を振っていた。中には涙を流す者もいた。


「必ず生きて帰ってこいよー!」


「お前ならなんでもできる!頑張れよ!」


「俺らも負けねぇぞ!じゃあな、元気でやれよ!」


いくつも言葉を投げかける少年たち。ユレンは静かに微笑むと少年たちの言葉の返事として大きく手を振り返す。少年たちもユレンの反応を見るとより激しく手を振り始めた。村での生活が心配ではあるが、少年たちに任せておけば大丈夫だろう。


ユレンは最後に前に突き出すように拳を突き出し、少年たちに背を向け歩き始める。次第に志願者たちの姿も疎らになり、村の外へ集合しつつあった。ユレンも遅れないようにと、その場から小走りで駆け出す。


「――――行ってこい、ユレン」


刹那、ユレンはどこからか耳に残る声が聞こえ、その足をその場に止める。まるでどこからともなく鎖が現れ、ユレンの体に巻き付くように。ユレンは顔を下げる。その顔に浮かぶのは嬉しさか悲しさか。


振り向き、最後の別れを告げたい。そんな思いが身体中から溢れる。


振り返ればその場にいる。ユレンの心の中にある寂しさが最後の足掻きをするかのように、その体を、心を、支配していく。このまま後ろを見てしまえばどれだけ幸せだろうか。誰も見てはいないし、露見もしない。


しかしユレンは、踏み出していた足を戻しスっと背中を正すように戻す。そして、決意を決めたように前を向き天へと届くかのように、拳を真上へ伸ばす。真っ直ぐ、力強く、曲がらないように。

そして、ユレンは絡まった鎖を引きちぎるかのように、力強く一歩、また一歩と歩き出す。そしてユレンはこの世界で生まれ過ごした村を出ていく。


ユレンの目の前に広がるのは広大で幻想的、そして残酷で醜く輝く外の世界。未知なる世界へとついに踏み出す。


「―――目標は城郭都市コリエ。村村の志願者たちと合流しつつ向かう。それでは、出発!」


村からの声援に押され、ユレンはついにマイノ村を出発する。歩き出し、一歩一歩進む志願者たちに向けられた熱い視線と歓声はその姿が見えなくなるまで続く。


思いは叫びへ、叫びは空へ。



――――――――――――



あの時、私がお兄ちゃんを泣き止めていたら何か違ったかな。


辺りに歓声が響く中、何かを吐露するように少女は思った。


みんなが笑ったり泣いたりして、まるで赤ちゃんみたい。いつだって私は泣くことしかできなかった。子供だからって言われたらそりゃそうだ。でも、泣かずにはいられなかった。


隣に立っていたお父さんは、叫ぶのをやめてなんだか寂しそうに出ていったお兄ちゃんの方を見ていた。


お母さんは地面に膝をついて泣いていた。まるでいつもの私みたいに。いつもの笑顔のお母さんじゃないのが少し辛かった。お兄ちゃんにはこの気持ちが、この姿が、見えないんだ。


お父さんも、お母さんも、泣いたり笑ったりして、よくわからない。私はお兄ちゃんがいないと寂しい、笑顔になんてなれやしない。


お兄ちゃんがいなくなってから、前まであったどこかにいっちゃった。あんなに暖かくて、眠くなっちゃうくらいだったのに、嘘みたいになくなっちゃった。多分もう、この温かさは永遠に戻ってこない。


前までは、ここにあったのに。私が一番好きで、大好きだったのに。


お父さんは私に目を合わせ、まるで消えちゃいそうに笑う。お兄ちゃんがいなくなったらわたしたちはどうしたらいいの?


お母さんは私を見ながら頭を撫でてくれて、ゆっくりと何かを話し出す。お兄ちゃんもいつもこうやって頭を優しく撫でてくれたな。


お父さんとお母さんは、わたしの手を引いて歩き出した。三人で、あの家に。お兄ちゃんがいなくなって、広く、冷たくなってしまったあの家に向かって。


家族は四人みんなだった。……なんで一人で行っちゃったの?置いていかないでよ。


―――――私たちのことなんか要らなくなっちゃったの?


お父さんは左手がないし、私やお母さんは一人じゃ生きられない。みんなと一緒じゃなきゃ生きられないの。……だからお兄ちゃんは私たちを置いて一人で行っちゃったの。


お兄ちゃんが歩き出した道を振り返るように見つめる。お兄ちゃんとは別の方向に進む私たち。まるで、背中を向け合って、もう見ないように。あの日々はお兄ちゃんがいたからあったんだ。四人で繋いでいたあの空間は、わたしたち三人にとっての特別は、お兄ちゃんだった。これからの毎日に、お兄ちゃんの姿はもうどこにもない。


「バイバイ、元気でね」


ありがとう、そしてさよなら。もう振り返ることも、その必要もない。悲しさ溢れたこの顔で見つめるのは私の傍に残った二人の家族。二人の姿が少しだけ、小さくなったように感じる。いつもと変わらない日々はもう終わり、新しい明日が始まる。


もう誰もなくさない。離さない。


私の中に意思が生まれ、そして同時にわたしの中で蠢く。

もしこの時、お兄ちゃんがいたらこんなことにならなかったのかな。私はずっとこのことを悔やむんだろうな。


私はいつだって忘れない。

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