第15話


村には月に一度から二度、近くの村を回って商売をする行商人が訪れる。品物は質がよいわけではないが、生活に必要な塩や、服を縫うための布を運んできてくれるため、村人から重宝されていた。


しかし、村ではお金を使う機会などないため、ほとんどの人がお金を持っていない。だから、行商人がきてもほとんどが物々交換でのやりとりであった。


その日は珍しく多くの品物を乗せた行商人が来ていた。村の中央に位置する広場に品物を広げると、客の呼び込みの声に連れられて、たくさんの人が集まった。興味が湧いたのか村人たちも初めて見る食べ物や、キラキラ光る貴金属に目を輝かせ、そこには活気が生まれていた。


多くの人が集まり、活気溢れる広場。そんな騒がしさが聞こえたのか、そこを通りかかった少年たちは足を止め、広場に目を向ける。その集団の中には、ユレンの姿もあった。


「なんだ?妙に騒がしくないか?」


赤い果実にかぶりつきながら少年は目を細め、騒がしさの正体を探ろうとした。


「ん?……おー!なんか行商人がきてんな……しかも、めちゃくちゃ品物ある!あんなに多く売りもん持ってきてんの初めてじゃね?」


「……確かに。なんも売るもんないし、買えんけど、覗くだけ覗いてみるか?」


少年たちは仕事を早く終え、川で遊んだ帰りだった。水浴びをしさっぱりとしたあとに、そこらにあった果実を頬張りながら帰っている途中。つまりは暇なのだ。

そんなとき、いつもとは違った様子の広場が見え今に至ったというわけだ。


「とかいってるけど、どうするユレン?」


「俺も少し気になるな。見に行ってみるか」


果実にかぶりつきながら、ユレンはそう答えた。


「おっしゃー!なんかあっかなぁ!」


「ばかやろう、めちゃくちゃすげぇのあるって!」


興奮したようにはしゃぐ友人たちの姿を見て、ユレンは笑みを浮かべた。


「あっても買えないだろが」


「ばっか、見るだけでも楽しいんだよ!」


そういって人の集まっている広場に近づき、商品に目を向ける。


「お、少年たち!何かお探しかな?」


そこへ少し小太りの気のよさような男性が話しかけてきた。


「いえ、特には……覗いて見るだけでも大丈夫ですか?」


ユレンは苦笑しながら答えた。


「あぁ、構わない、構わない!欲しいものが何か見つかるかもしれないからねぇ」


親切な商人はそういって笑うと、他の人に話しかけ始めた。少年たちは村では見ることのできない商品に目を輝かせる。


「すげぇ、なんだこれ!野菜か?果物どっちだ?」


「この置物かっけー!」


「すげぇ、剣だ!かっこいいなぁ!」


見ているだけなのに幸せそうな彼ら。少年たちに呆れながらも、ユレンは商品の数に驚いていた。食料品から武器や置物、数は少ないが書物もあった。


この時代の書物は全て手書きのため高価なもの。安いものでも最低大銀貨が数枚必要というのが当たり前だ。


ナツのために買おうと思ったが、値段を聞いてユレンはガックシと肩を落とした。


「……大銀貨五枚なんてこの村でもってるやついるかよ」


ユレンは不貞腐れながらも他の商品に目を向ける。すると、いくつか武器が置いてある場所が目に入った。近づき見てみると、ナイフがいくつかあるのを見つける。さまざまな形をし、大きさもバラバラ。その中でも、鞘に入っていて刃は見えないが、丈夫そうな作りをしてそうなナイフに興味を持った。


「おっちゃん、このナイフ抜いてみていい?」


武器を扱う商人なのか、少しガタイのいい男性に話しかける。


「ん?見るってお前、売りもんだぞ。買えるだけの金あんのかよ」


「金なら少しあるよ、いい?」


「あぁ、持ってるならいいぞ。売りもんだから大事に見ろよ」


「わかった」


そういってユレンはナイフを手に持ち鞘から抜いた。キラリと光る金属特有の光沢に目を奪われるも、刃の根本までじっくりと目を向ける。


「そんなに見て……不良品じゃねーぞ」


ムスッと顔を不満げにする商人。ユレンの長い観察が荒を探そうとしているように見えたのか少し不機嫌になっていた。ユレンは焦ってそれを否定する。


「いえ、そんなつもりは!ただ、もし買ったとしたら自分の命に関わるのでじっくり見てただけです!」


ユレンは慌てて弁解する。ユレンの言い分に納得し感心したのか、満足げに頷く男性。


「ガキのくせにわかってるな。どうする、買うか?中々見る目あるし、お前の将来を見込んで安くしとくぞ……ってお前ナイフ持ってるじゃねぇか」


そういって男性はユレンの腰についたナイフに目を向けた。


「これですか?実はこのナイフ、もう二年間も使ってるからか結構ボロボロで……見ますか?もし、それでダメそうなら買おうと思います」


「ふむ……本職よりは劣るがいっぱしの商人だ。見せてみろ」


ユレンは腰に刺したナイフを手に取り、男性に渡す。男性はナイフをスッと抜くとその刃を見て、顔をしかめさせる。


「こりゃダメだ、もう刃がボロボロだし刃がかける前に柄が抜けちまう。二年よく持った方だろう……」


「そんなにですか?」


「あぁ、しかももう少しで刃が折れるぞ」


そう言われ、ユレンは前の狼との戦闘を思いだす。あの時に壊れなくてよかった、と安堵した。


「それにしても二年か、なんか思い入れでもあるのか?」


「はい。お世話になった冒険者の人からの貰い物で……でも、もう限界ですよね、買い換えたほうがいいですよね」


「あぁ、そうしろ。そいつもお前の身を守るために渡したに決まってる。そのせいでお前が怪我したら元も子もないだろ」


「はい。確かに、あの人もそう言うと思います」


そう言って笑うユレン。今となっては懐かしくもなった思い出。しかし、しっかりとユレンの礎となっていた。


「そんじゃ商談といくか。買うのはそのナイフでいいのか?」


「はい。いくらになりますか?」


「そうだな……銀貨三枚、三千カレッジといったところだが……銀貨二枚と大銅貨五枚の二千五百カレッジでいいぞ」


その値段を聞いてユレンは顔をしかめる。そして、申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません、手持ちが足りません……。銀貨一枚が限界です」


「あぁ!?マジかよ……なんか売れるものねぇのか?」


「う、う~ん……なんかあるかな……」


ユレンは、腕を組んで考え始める。今まで倒してきた魔物、野獣のことを思い出し、何かなかったか記憶を探る。


「あぁ!?そうだ!」


ユレンは何か思いついたのか、勢いよく顔をあげ走りだす。


「ちょ、坊主!?どこ行くんだ!」


「今、売れるもの持ってくるんで!……おい、お前ら!そのナイフ取られないように見張っとけ!」


「え?ちょ、ユレン!急になんだよ、おい―――」


少年たちの引き留める声も聴かず、ユレンは駆ける。体に魔力を巡らせ、身体能力をあげる。地面を蹴ると土が舞い、その足は、一歩一歩しっかりと大地を踏みしめる。そして、その速さは十二歳が出せる速度を超えていた。


さらに、ユレンは加速するために魔力を足に集中させる。風が集まり、そしておもいっきり踏み込んだ。


加速アクセル!」


突風によって加速するユレン。風により舞う木の葉、土煙を吹き飛ばしユレンは進む。


ナツが生まれた時も、こんなことあったな。


そんなことを考えていたらいつの間にか、景色の先にユレンの家が見えた。


家に到着すると、すぐにほぼユレン専用となった納屋へ入っていく。入り口付近にあった、積み重ねられた薪の山を抜けると、少しひらけた場所に出る。


そこには、小さなテーブル、木でできた斬撃跡だらけのかかし、壁にはボロボロのマントがかかっていた。


ユレンはキョロキョロと周りを見て何かを探す。そして、床に敷かれた少し赤く染まった布を見つけ、そこに近づくと、布の上に無造作に置かれていた狼の牙と爪を、近くにあった袋に押しやる。


そしてまた、踵を返し、また魔力を纏い、走り出す。



——————————



「あいつどこいったんだろうな?」


「さぁ?」


急なお願いをされた少年たちは、しゃべりながらユレンの帰りを待っていた。商人の男性も少年たちと同じ気持ちだったため、暇潰しにユレンのことを少年たちに聞いていた。


「あの少年はいつもこんな感じか?」


「ユレンのこと?んー……たまにかな?でも、同世代の中、いや村の若いやつらの中じゃ一番あいつが優秀って言われてるな。くやしいけど」


「そうそう、でもじいさんとか、俺らにスゲー優しいし、女にモテるけど自慢とかしないからめちゃいいやつだよ!」


「それな!あいつはいいやつ!嫌いなやつはこの村にはいない!たぶん」


「へぇ~、結構好かれてるんだな。……お、噂をすれば、あの子が帰ってきたな」


そう言って、どこか見る男性。その目の先には、走ってこちらに向かってくるユレンの姿が映っていた。


「おーい、ユレーン!」


ユレンは、少年たちの声に気づいたのか、手を振りながら近づいてきた。


「はぁ……、はぁ……、ごめん、みんな……。……ふぅ、すみません、おっちゃんも待たせてごめんなさい」


「どこ行ってたんだよ、いきなりすぎてビックリしたぞ」


ユレンは肩で息をしながら笑う。


「いや、金が足んなくてさ……家まで帰って売れそうなもん持ってきた」


「うぇ!?おま、家まで帰ってたのか?」


「え、それにしては早すぎないか?嘘だろ?」


驚愕する少年たち。そんな少年たちの様子を見て首を傾げる商人。


少年たちはユレンの家がここからだいぶ離れていることを知っていたからこその反応だった。だからこその驚きであり、普通ならばこんなに早く来るなどありえないと知っている。


「そんなに驚くことかい?」


「いや、だってユレンが行って帰って来るのに大体五分くらいだったけど、普通なら二十分はかかるはずなのに……走っても十五分くらいはかかるぞ」


「そりゃ普通ならそれくらいかかるよ。でも魔法とか使ったしこれくらいは……」


「え!?坊主、その年で魔法が使えるのか!?」


男性は早さよりもユレンが魔法を使えることに驚いていた。驚くのも無理はない。なんの教育もない農村で、しかもまだ十二歳の子供が魔法を使えるとは誰も思うまい。


「しかも移動強化となると初級レベルに値してるな……お前、それは誰から教わったんだ?」


「自慢じゃないですけどほぼ独学です。たまたま発動して、それから練習しました」


「な、すごいだろ?ユレンは」


「あ、あぁ……。すごいなんてもんじゃないけどな…」


驚き、固まっている男性。自分は魔力すら感知できないのに、この少年は魔法まで使えるという事実を男性は、受け入れられずにいた。


「そんなことよりおっちゃん、これ売れるかな?」


そう言ってユレンは、家から持ってきた狼の牙と爪を男性に見せた。


「あぁ、どれどれ……。これ狼の牙と爪だな、これお前……」


「うん、俺がやったやつです。確か……三日前くらいだったはず」


「えぇ!?お前狼まで取ってきたのか!すげー超大物だぞ!」


これには少年たちも初耳だったのか、口を大きく開けて驚いていた。


狼と言えば、獣の中でも生まれながらの狩人。それを逆に狩るということのすごさに誰もが驚愕を隠せなかった。


「もう驚かんぞと思ってたが……とんでもないな。しかし、うん、牙と爪でも十分足りるが……狼ってことはお前、毛皮もあるんじゃないか?結構立派そうだし、高く買うぞ。どうだ?」


そう言われるが、ユレンは申し訳なさそう顔をして、口を開く。


「毛皮は今、村の猟師の人に頼んでマントを作ってもらってるんです。なので、すみません…」


「ぬぅ、ならしょうがない、か」


残念そうに笑う男性だったが、すぐに話を変えた。


「それじゃあ、これが約束のナイフだ。ほれ」


「はい、ありがとうございます」


ユレンは受け取ったナイフを鞘から抜き、その輝きに目を輝かせる。満足げに微笑むと、鞘に戻し腰に差す。


「いい買い物をしたな坊主。しかしまぁ、運がいいな、これからこんなにいいものは簡単には入ってこないぞ」


男性の言葉にどこか違和感を覚えるユレン。その違和感の正体を確かめるため、ユレンは男性に話しかけた。


「そういえば……どうして今回はこんなに品物を持ってきたんですか?いつもはこの半分もないのに…」


「あぁ、ここらへんにはまだ知らせが来てなかったか、戦争だよ戦争。また始まるらしくてなぁ、ほとんどの商人は今、商品を売って良質な武器や食料品に変えて戦場で商売しようとしてるのさ。まぁ俺もそのうちの一人だがな」


「戦争……どうして戦争なんかするんですか……?」


ユレンは顔を真っ青にし、男性に戦争の理由を聞き出そうとする。男性は笑いながら話しだした。


「そんなの決まってるさ、利益を求めてんのか、名誉がほしいのさ。戦争を吹っ掛けたのはリヴォニアじゃないから、他所の国のやつらに何かしら理由があんだろ。どんな戦争でも金がとてつもなく動くし、戦功で溢れてる。だから戦争は続くし、なくならないんだよ」


「そんな、命がかかってるのに……?」


「命をかけてまでやることなんだろうよ、貴族とか上のやつらにとってはな。俺らはどうせ替えの効く兵隊さ。ま、俺は一儲けさせてもらうがな!がはははは」


大きな声で笑うで笑う男性。ユレンはそこから何も言うことができなかった。しかし、少年たちは戦争という単語に反応し、興奮していた。


「戦争……戦いか!それって強いやつらがたくさんいるのか!?」


「あぁ、いるぞ。そいつらは英雄だったり、悪魔って呼ばれたりしてるくらい強いのさ」


「すげー!!!俺もなりたい、英雄に!」


英雄、少年たちの心に残るそのフレーズ。しかし、戦場の英雄という言葉の意味を、少年たちは知らないのだろう。


「はは、憧れるのはいいけど、英雄なんてろくなもんじゃないぞ」


男性はそういって笑う。


「なんでよ、かっこいいじゃん!」


「いや、それはなぁ――――」


話そうとしたその瞬間、横から村の大人数人が男性に話しかけた。


「すいませーん、商品見せてもらえますか?」


「あぁ、どうぞ。……ほらお前ら、もう買わないならどっかいってろ!」


「えぇ!?さっきの続きは~?」


「今は商売の邪魔だ、あっちいってろ!はいはい、なにかお探しですか」


そういって、手で少年たちを払うような仕草をする男性。少年たちは下をベーッと出しながら離れていった。


「なんだよ、ケチだな!……おい、ユレンいこうぜ」


「っ、あ、あぁ……」


少年たちに手を引かれユレンはその場を後にする。しかし、ユレンの頭のなかは戦争のことで頭がいっぱいだった。


前世での知識を思いだし、ユレンは嫌な予感を覚える。中性に近いこの世界、そんな中世での戦争、戦い方、そして、それを行う兵士……。その兵士がどこから補給されるのかユレンは知っている。


「どうして……どうして……俺はただ、平和に暮らしたいだけなのにっ!」


運命は急速に動き出す。ユレンを中心に動く世界、頭をよぎる最悪の予感。


ユレンの中の何かが、確実に目覚めようとしていた。

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